第22話 聖竜の能力

 少しずつ傷を大きくしながら訓練を続けていたある日の朝、ちょっとしたトラブルがボクに襲いかかった。


「シロちゃん、授業中はなるべく話さないようにね。話すときは小声で話してね」

『任せるでち!』


 肩に乗るシロちゃんが元気よく答えた。

 不安だ。とても不安だ。朝からボクの部屋に来るのはいいとしよう。だけど、一緒に授業を受けたいだなんて、無理だよね?


 でも断り切れなかった。木箱に入れられて、橋の下に捨てられた子犬のような目をされたら、ダメとは言えなかったのだ。同じことをされれば、きっとみんなもダメとは言えないと思う。


「今日は少しレベルの高い魔法を教えるわ。ふざけて魔法を使わない限り安全だから安心して使いなさい」


 その日の授業の始まりに、ガブリエラ先生がそう言った。それを聞いたクラスメイトがザワザワと騒ぎ始める。

 ついに次の段階へ進むようだ。ここまで基礎練習ばっかりだったので、みんなうれしそうである。


 だが、ガブリエラ先生の言葉が引っかかった。それは、裏を返せばふざけて魔法を使えば危険だということである。まあ魔法を使っている限り、安全ではないのだけどね。いつだって魔法が暴走する危険はあり得ることなのだ。


「ジル、一緒に練習しましょう」

「ジル様、私も一緒に練習したいですわ」

「ジルくん、私も。何かあったらジルくんが魔法で治してくれるから安心だもんね」


 最後は小声でクリスがそう言った。確かにそうだ。このクラスで治癒魔法が使えるのは、ボクとフルール様、そしてガブリエラ先生だけなのだ。他の生徒が治癒魔法を使えるという話は聞いたことがない。


 もっとも、フルール様が治癒魔法を使えることを知っている生徒はボクだけなんだろうけどね。

 授業が始まった。ガブリエラ先生の宣言通り、初級魔法ではなく、初級と中級の間くらいの魔法を練習するようだ。


 初めて使う魔法に、クラスメイトたちはやや興奮気味だった。なんだか嫌な予感がするな。こんなときにこそ、事故が起こりそうな気がするんだよね。


『パパ、なんか変な魔力が渦巻いているでち』

「変な魔力?」


 肩に乗っているシロちゃんが耳に息を吹きかけるようにささやいてきた。ちょっとくすぐったいが、内容が内容なだけに笑っている場合ではない。

 すぐに周りを見渡したが、特に変わった様子はない。どうやら聖竜はボクたちが見えない魔力の流れを見ることができるようだ。


「どっちの方角?」

『あっちでち』


 一瞬だけ目の前にシロちゃんの腕が見えた。その方向には三人の男子生徒が何やら頭を寄せ合っている。何をしているのかと近づこうとしたそのとき、三人のいる場所で炎が上がった。


「ギャアア!」

「あっつ! 何やってるんだよお前!」

「腕が、腕があぁああ!」


 悲鳴が上がった。どうやら魔法が暴発したようである。急いでその場所へと向かう。すぐにガブリエラ先生もやって来た。どうやら火属性魔法が暴発したらしい。三人が何をしていたのかは分からないが、とにかく治療だ!


「ジル……?」

「こっちへ来ない方がいい。やけどがひどい!」


 心配そうに声をかけて来たフルール様に待ったをかける。こちらへ来て、光属性の治癒魔法を使うことになると非常に困る。フルール様は優しいからね。やりかねないのだ。

 シロちゃんにフルール様のところへ行くように言うと、ユサユサと肩が揺れた。どうやら首を振ったようである。


『パパのお手伝いをするでち』

「え?」

「ジルベール、その子をお願いできるかしら?」

「任せて下さい」


 ガブリエラ先生はやけどが重い生徒を、ボクは比較的、軽い方を担当する。ボクに頼んだということは、それだけ余裕がないということなのだろう。すでにガブリエラ先生が受け持った方はすでに意識がない。

 今のボクの治癒魔法では完全に治すことはできないかもしれないけど、応急処置くらいにはなるはずだ。


「え?」


 そう思っていたのだが、水属性の治癒魔法が水で洗い流すかのように、みるみるうちにやけどの傷を再生させる。


「一体、何がどうなって……」

『パパの魔法の効果を高めたでち。今のパパはすごい魔法使いでち』


 知らなかった。聖竜にそんな能力があるだなんて。そんなこと、ゲームの攻略本にも、設定資料集にも書かれていなかった。


「ねえ、何あれ……?」

「もしかして治癒魔法を使っているのか? でも、ジルベールは火属性魔法を使っていたよな?」

「ジルベールくんは二属性の魔法が使えるんだわ。すごい!」


 周りがざわついている。集中、集中。今できることをやらなければ。ボクの秘密がバレたくらい、フルール様の秘密がバレることに比べれば大したことはない。


 治療を続け、やけどの傷をほとんど治療することができた。まだショックで言葉をうまく発することができないようだが、こちらはもう大丈夫そうだ。ガブリエラ先生は……額に汗を浮かべて治療を続けている。すぐにボクも手伝いに入る。


「ジルベール」

「ボクの方はもう大丈夫です」


 ボクの使う治癒魔法がやけどの傷を治していく。やはりこちらの方がひどい。それでも、今ならなんとかなる。まだ気を失ったままではあるが、だんだんと呼吸が落ち着いてきているような気がする。


「いつの間にこんなに治癒魔法が上手になったのかしら?」

「えっと、それは……」


 ガブリエラ先生に顔をよせて、耳元でコソコソとシロちゃんのことを話す。先生の目が大きく見開かれ、こちらを凝視している。まずい、これが終わったらガブリエラ先生の部屋に呼び出されそうだ。


「詳しい話はあとでゆっくりと聞かせてもらうわ」

「……はい」

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