第21話 まさかこんなに早く
「もしかしてジルベールはエリクから刺されることを想定しているのかしら?」
う、さすがに鋭いな、ガブリエラ先生は。あのエリクからの刺すような視線を毎日受けていると、いつか本当に刺されそうで怖いのだ。
そんなときに治癒魔法があれば、そう簡単には死なないはずだ。それにみんながケガしたときにも対処することができる。フルール様が使う光属性の魔法に頼らなくても済むという点もポイントが高い。
「ええ、まあ、一応……本当はこんな考えをするのはよくないのでしょうけど」
「あら、とても合理的な考えだと思うわよ? 私たち貴族は身分による違いを重視しているわ。それだけに、口では悪く言っても、実際の行動に移すことはまずないと言えるわね」
確かにそうだ。相手をおとしめようと思えば、まずは言葉から始まる。実力行使をする貴族はめったにいない。いたとしても、その貴族はあとがなかったり、自滅前提だったりする。家を潰したいと思う貴族はいないだろう。
「だけど平民は違うわ。相手が気に入らなければ平気で行動を起こしてくる。そのあとどうなるのか、きっと想像がつかないのね」
ガブリエラ先生が言うように、そのあと身内がどうなるかなんて考えないのかもしれないな。自分だけが破滅すると思っているのではないだろうか。だが実際はその人の周囲にいる人たちにも大きな被害が及ぶことになるのだ。
「ガブリエラ先生、教室に刃物を持ち込むのは禁止されておりますわ」
「その通りよ。だけど、外では違うわ。後ろからつけられて……なんてことはありうるわよ」
怖い! エリクと二人っきりになることがないようにしておかないと。学園内なら大丈夫だと思うけど、もしかして男子寮の中やトイレに行くときも気をつけないといけないのかな?
「護身術の授業もしっかりと受けておいた方がよさそうですね」
「そうしてちょうだい。もっとも、これはジルベールに限った話ではないわ。当然、あなたたちもよ」
ガブリエラ先生が三人に目を向ける。みんな顔色がよくない。ボクと同じく、どこか楽観的に考えていたのだろう。先生のおかげで今そこにある危険性を認識することができた。
厳しい話ではあるが、これから貴族社会に加わることになるボクたちにとっては、どれも必要なものだと思う。いつまでも何も知らない子供のままではいられないのだ。
その日から治癒魔法を習い始めたが、さすがに初日はなんの成果も得られなかった。治癒魔法を覚えるにはかなりの練習が必要なのかもしれないな。
そう思っていたのだが、次の日の特別授業であっさりと使えるようになった。
どうやら、昔の記憶を引っ張り出して思い出したイメージがよかったようである。細胞が分裂して傷を埋めて、くっついて――などとイメージしていると、人差し指にナイフでつけた傷が、水の流れと共にキレイサッパリと消えたのだ。
「ガブリエラ先生、見ましたか? できるようになりました!」
「ええ、見たわ。まさかこんなに早く治癒魔法が使えるようになるだなんて……」
ガブリエラ先生がぼう然としている。何その反応。
さっきまで”できるできる、ジルベールなら絶対できる”って励ましてくれていたよね?
あう、フルール様とリーズ様、クリスも無言でこっちを見てる。これ、何かやっちゃったパターンだ!
「えっと、その、そんなに早かったのですか?」
「そうね、早かったわ。魔導爵を持つ私でさえ、習得するのに三ヶ月はかかったわ。それでも当時は騒がれるくらいに早かった。普通は使えるようになるまでに三年以上はかかるわね。もっとも、ジルベールの才能なら三ヶ月くらいでできるようになるとは思っていたけど……でもこれは予想外だわ」
あの、そんな少女のようなキラキラした目で見つめられると困るんですけど……。それを聞いた三人娘も集まってきた。
「本当に使えるようになったの? 疑ってるわけじゃないけど、見せてもらってもいいかしら? えっと……」
「フルール! ボクの指を切るから変なことしないで」
「そう?」
キョロキョロと何かを探し始めたフルール様を全力で止める。あれは絶対、ナイフを探してる! 自分の指を切ろうだなんて、一体何を考えているんだ。お姫様を傷つけたりしたら、それこそシャレにならない。
ガブリエラ先生もギョッとした表情をして、慌ててナイフを後ろに隠していた。内心、冷や汗ダラダラだろうな。
リーズ様とクリスが変なことをしないように、早々に治癒魔法をみんなにおひろめすることにした。魔法を使えば傷はキレイに消えるけど、それはそれ、これはこれである。女性の肌を傷つけるべきではない。
ちょっとだけ指先を切り、血をにじませた。それをみんなに確認してもらい水属性で治癒する。あっという間に傷がなくなり、キレイになった。
「すごいわ! 水属性の治癒魔法は難しいって言われているのに」
「そうなんだ。そういえば、治癒魔法と言えば光属性が得意だったね。それなら光属性の治癒魔法にしておけば……いや、ダメだな。余計に目立つことになっちゃう」
「そうですわね。ジル様の特異体質はなるべく他の人に知られない方がよさそうですからね」
みんながうなずいている。やはりボクが全属性を使えることはまだ秘密にしておいた方がいいみたいだ。実家に帰ったときは両親に話すつもりだったけど、それ以外ではしばらく黙っておこう。
国王陛下にはもう伝わっているのかな? フルール様かガブリエラ先生のどちらかが報告していると思うんだけど、今のところ音沙汰がないんだよね。よかったような、そうでもないような、複雑な気持ちだ。裏で何か動いているのかな?
それからの日々は治癒魔法の練習に時間を使った。どのくらいの回復量があるのかは分からないが、いざというときに役に立つ程度には鍛えておかなければならない。
本当は自分の腕を切って確かめたいところなんだけど、痛いんだよね。痛みに耐えながらも魔法を使えるようにしないといけないとは思うんだけど、それがなかなか難しいのだ。
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