第19話 そんなものなかった
サンドイッチがすっかりと消えたところで移動を開始した。次は教会に向かうようである。この世界の宗教と政治は完全に切り離されている。そのため教会は人々の心を救済するための大事な場所なのだ。
もちろんボクも信者である。だけど、昔の記憶がよみがえってからはちょっと信仰心が薄くなったような気がする。せっかく教会に行くことだし、しっかりとお祈りしておこう。
「さすがはトリスタン王国で一番大きな教会なだけはあるね。何度見ても圧倒されるよ。王城に行くことがあれば同じような気持ちになるのかな?」
「そうね、きっとそうなると思うわよ。もしかすると、王城の方がすごいと思うかもしれないわね」
王城のことについては突っ込まないことにしよう。なんだかよく行くみたいな言い方ですね? なんてことを言おうものなら、フルール様から完全にロックオンされることだろう。君子は危うきに近寄らずである。
『ずいぶんと立派になっているでち。昔はもっと小さかったでち』
「ボクはこの大きさの教会しか知らないけど、そんな時代もあったんだね。そうなると、王都も大きくなってるんじゃないの?」
『大きくなっていると思うでち。空から見てみないと分からないでち』
シロちゃんはずいぶんと長い時間を生きているようだな。まだこの国が小さかった時代から生きているのは間違いない。それにしても、どうして小竜の姿になってしまったのだろうか。封印を解くのが早すぎたからなのかな? 卒業式までには大きくなるよね? ちょっと心配だ。
「さあ、中に入りますわよ。分かっているとは思いますが、騒いではいけませんわよ」
「そうだね。お祈りしている人の邪魔をしちゃいけないからね」
みんなに、というよりかはシロちゃんに言い聞かせるようにリーズ様が言った。だが、当の本人がそのことに気がついているかどうかは別問題だ。そんな人もいるんでちね、と言っている時点ですでに怪しい。自分は関係ないと思っているようだ。
厳かな雰囲気のある礼拝堂を進んで行く。もしかすると神様からのおつげがあったりするかなと思っていたのだが、そんなことはなかった。普通にお祈りして、普通に教会から出た。
「静かにできて偉いわね、シロちゃん」
『エヘン! でち』
フルール様がシロちゃんを褒めている。どうやら褒めて伸ばすことにしたようだ。石頭なので強制するのは無理だと思ったのかもしれない。それならボクもその波に乗るべきだろう。
何か褒めるところは、と考えていると会いたくない人物と出会ってしまった。そう、エリクだ。どうしてエリクがこんな場所にいるのか。
そんなことを思っていると、頭の中に再びいつかどこかの記憶がよみがえった。どうやらここでイベントが起こるようだ。
そのイベントによると、ここで神様からおつげを聞いて、丘の森広場に聖竜が封印されていることを知ることになるらしい。そしてこのイベントを見ることによって、次に続く”聖竜との出会い”イベントにつながるようだ。
ただし、そのためにはフルール様と仲良くならなければならない。
集団の中にボクがいることに気がついたエリクが”なんでお前がここにいるんだ”みたいな表情をしてにらみつけて来た。
それはボクが聞きたい。どうしてボクはヒロイン候補たちを引き連れて、朝から集団デートをしているのだろうか。そしてなぜ、聖竜の子供を抱いているのだろうか。
エリクがボクをにらみつけるということは、そのライン上にいる聖竜をにらみつけることにもなる。腕の中でシロちゃんが身をよじった。逃げ出さないようにそれを押さえる。ここで聖竜がエリクに一言物申すようなことがあれば、もうむちゃくちゃである。
「フルール様、リーズ様、クリスティーナ様、ガブリエラ先生、おはようございます。もしかしてみなさんもお祈りですか? このような場所で会うとは奇遇ですね」
あえてボクの名前を出さないところがいやらしい。そんなあからさまな態度を取るからヒロインたちから嫌われるんだぞ。みんながあいさつをすると、ボクがあいさつをする暇もなくエリクが言った。
「これから女神の像に祈りに行くところなのですよ。よかったら一緒に行きませんか?」
エリクはボクたちがちょっと前に教会から出て来たところを見ていなかったのかな? 進んでいる方向も出口へと向かっているのだ。祈りをささげた後だということは分かると思うんだけど。
もしかして、ゲーム内イベントなのでみんながエリクについて来るとでも思っているのかな?
それとも、ゲーム内補正による”何かの見えない力”によって、みんながエリクについて行くことになったりするのだろうか。そしてボクは一人ここに残されて……いや、シロちゃんがいるから残されるのは二人か。ちょっと安心した。
「せっかくのお誘いですが、お祈りは先ほど終わらせて来ましたわ」
「そうなのですか。残念です」
ゲーム内補正なんてなかった。
エリクの誘いをスッパリと断るフルール様。その目がなんだか据わっているような気がする。どうやらボクが仲間外れにされたことにお怒りのようである。
リーズ様も同じような表情をしているが、その理由はなんとなく分かる。身に余ることではあるが、ボクに好意を寄せているような気がするからね。
でもなんで、クリスとガブリエラ先生も同じような顔をしてエリクを見ているのだろうか。そんなことってある? まさか二人ともボクに好意を寄せている可能性が……そんなバカな。ウソだそんなこと。特に何もしてないのに。
そんなみんなの表情には全く気がついていないのか、そのまま笑顔で立ち去るエリク。かなりの強メンタルを持っているようだ。そのメンタルの強さを見習いたい。ボクと言えば、こうして美女四人と一緒にいるだけで胃が痛くなっているのに。
『なんでちかアイツ。パパを無視するなんて感じ悪いでち。それににらまれたでち! あっかんべーでち!』
シロちゃんの怒りのボルテージが上がった。攻撃力が上がってそうだな。心なしか、爪がボクの腕に食い込んでいるような気がする。それをなだめるべく、頭と背中をナデナデしてあげる。子供ならきっと喜ぶはずである。
『パパもパパでち。なんでガツンと言わないのでちか!』
おっと、怒りの矛先がこちらへ向いたぞ。ナデナデ具合が足りなかったか。しかしどうやらそう思ったのはシロちゃんだけではないようで、四人がこちらを無言で見つめている。
いや、そんな目で見つめられても、ガツンと言うのは無理だからね?
相手は主人公、対してこちらはチュートリアルで退場する予定だったモブなのだ。せっかく追放フラグをへし折ったのに、変なところで争って話がこじれるだなんてごめんだ。
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