第18話 聖竜の特技

 王都のお店が開くまでのちょっとした暇つぶしのつもりだったのに、とんでもないことになってしまったな。それもこれも、ゲームのヒロイン候補が四人もこの場にいるのが問題なのだと思う。


 あとはボクの存在か。本来なら伯爵家を追放されてこの場にいないはずのボクがこの場にいるのが原因で、どうやら深刻なバグが発生しているようだ。

 このままではまずい。でも追放されたくない。ボクは一体どうすればいいんだ。


『どうしたんでち? パパが深刻な顔をしているでち。おなかが痛いでち?』

「おなかじゃなくて胃が痛い……心配してくれてありがとう、シロ」

『……シロちゃんでち』

「……」


 やはりか。確認しておいてよかった。そのことに気がついたのか、四人が目と口を大きく開けている。今から訂正することができるかな~? なんとなく、この聖竜は頑固そうな気がするんだけど。


 そして俺の予想通り、訂正することはできなかった。最終的にはだだっ子のように手足尻尾をバタバタさせたところでみんなの心が折れた。しょうがないね。見た目は聖竜の子供だもの。きっと中身も子供なのだろう。やれやれだぜ。


「このまま連れて行くと大騒ぎになるんじゃないかな? 今すぐ学園に戻るべきだと思うけど」

「まだ丘の森広場からの景色しか見ていないわ。それで終わりだなんてあんまりよ」

「そんなこと言われても」


 フルール様に反論されたので、助けを求めてガブリエラ先生を見た。この中で一番の常識人はガブリエラ先生のはずである。間違いなく合理的な判断をしてくれるはずだ。ガブリエラ先生に注目が集まった。固唾を飲んで見守る四人プラス一匹。ガブリエラ先生がほほをトントンしている。


「そうね。このままだと問題になるわね。シロちゃんの姿をどうにかすることができればいいんだけど……」

『シロちゃんは姿を消すことができるでち!』


 そう言うと、スッと聖竜の姿が消えた。これはすごい。フルール様の腕の中にいたはずなのに。これは女風呂をのぞきたい放題だな。大丈夫かな? これはこれで問題があるような気がする。


「すごいわ。感触は間違いなくあるのに」

『くすぐったいでち』


 フルール様が見えない何かを触っているようだ。他のみんなも触って確かめている。姿は消えるが、存在自体が消えるわけではないようだ。そうなると、物理的に干渉してしまうのか。移動には気をつけないといけないな。


「これなら大丈夫そうね。それでも迷子にならないように、だれかに持ってもらう必要がありそうだけど」


 そう言ってガブリエラ先生がボクを見た。女性陣に持たせるわけにはいかないよね。当然、二つ返事で引き受けた。ちょっと残念そうな顔をしたフルール様たちだったが、ボクが適任だと思ったようである。何も言うことはなかった。


『それじゃパパ、よろしく頼むでち』

「そのパパ呼びはなんとかならないかな? ジルって呼んでよ」

『なんででち? パパはパパでち。ママもママでち』


 ダメだこりゃ。相当な石頭だ。強い衝撃を与えたら忘れてくれないかな? 姿が見えない状態ならたたいても……いや、無理だな。頭を触った感じだと、鱗の固さが半端ない。さすが石頭。


 結局そのままシロちゃんを連れて行くことになった。ガブリエラ先生もついているし、まあ大丈夫だろう。丘の森広場では色々あったのでそれなりに時間が経過していた。王都のお店もそろそろ開店していると思う。

 ここからはどうするつもりなのかな? リーズ様に頼ってもいい感じなのだろうか。


「それでは改めて、どこから行く?」

『おなかがすいたでち!』

「ああ、そうか。ボクたちは朝食を食べてるけど、シロちゃんはそうでもなかったね。それじゃ、屋台で何か食べ物を買おう。屋台に行くことなんてあまりないでしょう?」

「そうね、あまり行ったことはないわね」


 フルール様が”あまり”の部分をちょっと強調気味に言った。恐らく初めて行くのだろう。もしかすると見たこともないのかもしれない。フルール様の目が一瞬キラリと光ったような気がした。


「食べ物が並んでいるのを見たことはありますが、行くのは初めてですわ」

「私はよく行きますよ。店先に並んでいる食べ物を見ると、ちょっとワクワクするんですよね」

「あ、分かる~」

「確かにそうね。私も小さい頃はよくお世話になってたわ。魔導爵を叙爵してからはめっきり行かなくなってしまったけど」


 ガブリエラ先生はプレハーチョヴァー魔導爵という爵位を持っている。魔導爵は伯爵と侯爵の間くらいの地位である。魔法の分野において、きわだった成果を収めた者のみが得ることができる、魔導師の最高位である。魔法使いの多くが憧れる爵位なのだ。

 生まれた子供が優秀であれば引き継ぐことができるという特徴があるのも人気の理由だ。


 ボクの提案によってまずは屋台へとむかった。まだ午前中ということもあり、店先には朝食のような料理が並んでいる。

 串焼きにサンドイッチ、骨付き肉、黒パンなど。どれも片手で簡単に食べられるものばかりである。


「シロちゃんはどれが食べたい?」

『全部食べたいでち!』

「一つにしなさい」

『ショボーン』


 どこで習った。いや、一体だれが教えたんだ? 聖竜と共に旅をしたという、伝説の勇者かな? その人も前世の記憶があったのだろうか。もしそうだとすると、前世の記憶がわずかながらに残っているボクには何かしらの使命が……いや、ないな。ない。そんなものなんて、初めからなかった。


「このサンドイッチなんてどうかしら? とってもおいしそうよ」

『ママがそう言うならそれにするでち。パパはケチでち』

「ハイハイ、どうせボクはケチですよ」

「まあまあ、そんなこと言わずに。ここでおなかがいっぱいになったら、一緒に昼食を食べられなくなっちゃうわ。ジルはそれを心配しているのよ」


 ちょっといじけ気味になったボクを見て、フルール様が助け船を出してくれた。クリスのこともそうだけど、フルール様はずいぶんと面倒見がいいようである。母性本能なのかな? そうなると、ボクのことは手のかかる子供と思われているのかもしれない。


『そうだったのでちか。ごめんなさいでち』


 キューンと鳴くシロちゃん。別に最初から怒っているわけではないのだが、なんだか胸が締め付けられるような気がする。優しくなでてあげると、手にすり寄ってくるような感触があった。ちょっとかわいいかも?


 店主からサンドイッチを受け取り、シロちゃんに渡す。やはりというか、当然というか、サンドイッチは消えなかった。だが、端から消えているので、体内に取り込まれれば問題なく消えるようである。

 よかった、胃の中にあるものが丸出しにならなくて。消化される過程なんてあまり見たくないからね。

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