第16話 呼んでないから
気まずい沈黙のまま、馬車は丘の森広場へと到着した。休日とはいえ、それなりに早い時間帯だ。人影はまばらである。家族連れの人たちが楽しそうに歩いているのが見えた。
それに対してこちらは、いまだに妙な緊張感が漂っている。
ガブリエラ先生はこの丘に聖竜が眠っていると確信しているようで、まるでどこかの何かへ神経を集中させるかのように、ときどき両目をつぶったりしていた。フルール様はガブリエラ先生のそんな様子を見ながら、どこか不安そうな顔をしている。
大丈夫だって。聖竜イベントはまだ三ヶ月以上も先だからさ。それにフルール様はエリクと仲がよくないので、イベント自体が起こらない可能性も十分にあり得るのだ。
「フルール、あの丘の上から見る景色がすごいんだよ。一緒に見に行こう」
「そ、そうですわね」
「私も一緒に行きますわ」
「私もお姉様たちとご一緒します」
結局、ガブリエラ先生をのぞいた四人で一番見晴らしがいい場所へと向かった。
そこからの景色は王都を一望できる。王都の中心から少し北寄りに位置する王城が、朝の光を受けて神々しく輝いていた。
「すごいでしょ?」
「……ええ、すごいわ。こんなにお城がキレイだなんて思わなかったわ。遠くから見るとこんな風に見えるのね」
「トリスタン王国で最大級の大きさを誇る建物ですもの。当然ですわ」
「すごいです! あのお城の中には王様もお姫様もいるのですよね。なんだか不思議な気分です」
ピュアなクリスが目を輝かせている。
まあそのお姫様はクリスのすぐ隣にいるんですけどね。不思議でもなければ、雲の上の存在でもないのだ。
それを聞いたフルール様はどこか気まずそうな表情をしている。素直で優しいフルール様だからね。友達をだましているようで、モヤッとしているのだろう。ここは助け船を出すべきかな?
「そこまで不思議な存在じゃないんじゃないかな? 案外、すぐ近くにいるかもしれないよ。会えばきっとクリスにも優しくしてくれるはずだし、友達にだってなれるんじゃないかな」
「そうかな? お姫様とお友達になれたらどんな感じなのかな。一緒にお買い物に行ったり、おいしい物を食べたりできるかしら?」
「きっとできるわよ。そして楽しい思い出をたくさん作れるはずだわ」
「フルールお姉様もそう思いますか? 私もそう思います!」
フルール様の顔がうれしそうにほころんでいる。よしよし、クリスの本心を聞くことができたぞ。これでフルール様が素性を明らかにしても、戸惑うことはあっても距離を置かれることはないはずだ。
よくやったぞ、ボク。と思っていると、スススッとフルール様が近寄ってきた。ギョッとしていると、今度は顔を近づけてきた。なんだか甘い香りがする。とてもおいしそうだ。
「前から怪しいと思っていたのだけど、ジルは私がどこのだれなのか、気がついているわよね?」
「な、なんのことかな? ボクニハサッパリワカラナイヨー」
「ジル?」
ボクの瞳をのぞきこむフルール様。ほれてしまうやろー! 思わず目をそらせた。危ない、危ない。ずっと前から好きでしたって言いそうになったじゃないか。
ドキドキしながらフルール様の顔をチラ見すると、フルール様の顔が真っ赤になっていた。もしかして、フルール様もドキドキしてる? それじゃあ、ボクたち、もしかして。
ドキドキ感が伝わったのか、足下の地面もドキドキしているような気がしてきた。それはドンドンと大きくなっているような気がする。ちょっと自意識過剰になってしまっているようだ。鎮めなきゃ。
「ねえ、なんだか地面が揺れてませんこと?」
「リーズお姉様も気がつきました? 私もそんな気がします」
「え、地面が本当に揺れてる?」
「おかしいですわね」
首をひねっていると、ガブリエラ先生がこちらへと走り込んで来た。その慌てた様子に何かが起こったのだと直感した。
「あなたたち、早く避難しなさい。この丘で何かが起こっているわ! もしかしたら、封印された魔物が復活しようとしているのか……も?」
『ひどいでち。ボクはそんなことしないでち』
なんだこの子供がしゃべるような声は。フルール様と顔を見合わせる。フルール様にも聞こえたようである。ガブリエラ先生は……ボクたちの後ろを見て口をパクパクさせている。リーズ様とクリスもそれに気がついたようで、ガブリエラ先生と同じ方向を見た。ボクたちも振り返った。
「ままま、まさか聖竜様なのかしら?」
最初に声を上げたのはガブリエラ先生だ。そこには白く輝く鱗をもった小さな竜がいた。子犬くらいの大きさで、小さな羽をパタパタさせて浮かんでいる。
小さい。ボクが知っている聖竜よりも、ずっと小さい。
だが、白い鱗にブルーの瞳。二本のとがった金色の角。どう見ても聖竜です。間違いありません。……もしかして、聖竜イベントが起きちゃった? そんな話、聞いてないよ。
『そうでち。パパとママのラブラブの波動を感知したでち』
「は?」
『パパー!』
「だれがパパやねん!」
胸に飛び込んで来た聖竜に思わずツッコミを入れてしまった。まずい、このままでは聖竜のペースに乗せられてしまう。引きはがそうとしたが、手と足の爪でガッチリとつかんでいる。このまま無理やり引きはがせば、ボクの肉ごと持っていかれてしまう。
「ちょっとジル、聖竜様に失礼ですよ」
『ママー!』
そう言って今度はフルール様にしがみついた。その頭はスッポリとフルール様の豊かな胸に納まっている。けしからん。実にけしからん。だが無理やり引きはがそうとすれば、フルール様の服ごと持っていくことになりかねない。これは手が出せないぞ。ぐぬぬ。
どうしてこんな早い段階で聖竜が復活するんだ。呼んでないからね? せっかく今回は早めに記憶がよみがえったのに、意味ないじゃん! 今回は大丈夫だと思っていたのに。聖竜なんて、別に呼んでないんだからね!
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