第15話 休日イベント

 翌日、護衛を引き連れて正門へ向かう。一番に待ち合わせ場所へ到着したと思ったのだが、そこにはすでにクリスの姿があった。考えることは同じか。子爵令嬢のクリスなら、ボクよりももっと危機感を持っていてもおかしくはないからね。


「おはよう、クリス。ずいぶんと早いね」

「おはよう、ジルくん。みんなと一緒に出かけるのが楽しみで、早く来すぎちゃった」


 小さく舌を出すクリス。さすがはヒロイン候補なだけあって、殺人的なかわいさだぞ。この場に他の二人がいなくてよかった。今のボクの顔を、汚物を見るような目で見られるところだった。そしてどうやら、ウソではないみたいだ。


 もしかして、緊張しているのはボクだけだったりする? 四人の中で唯一の男だもんね。緊張しない方がおかしい。それにお姫様もいるのだ。クリスは知らないから楽しめるのだと思う。ボクも知らなきゃよかった。でも謎の記憶がー!


「あら、お早いですわね、二人とも」

「おはよう、リーズ」

「おはようございます、リーズお姉様」


 やけにいいタイミングでリーズ様が来たな。……もしかして、隠れて門の前の様子を見ていた? ジッとリーズ様を見つめると、プイと顔をそらせた。怪しい。これは待っていたな。リーズ様が現れたのと同時に護衛の騎士たちもどこからともなくやって来た。馬車も一緒である。


「あとはフルールだけね」

「そうですね。ん? あれはガブリエラ先生では?」

「あら、本当ですわね」

「隣にフルールお姉様もいますわ」


 向こうからやって来たのはフルール様とガブリエラ先生だ。もしかして引率のつもりなのかな? 確かにお姫様一人を朝早くから門前まで行かせるのはよくないな。手を振るフルール様に三人で手を降った。


「……ひょっとして、ガブリエラ先生も一緒に来るつもりなのかしら?」

「あり得そうだね」

「ガブリエラ先生もリフレッシュしたかったのでしょうか?」


 うーん、と悩む純粋むくなクリス。事情を知っているのでなんとも言えないボク。そしてちょっとあきれた様子のリーズ様。そうだよね。ガブリエラ先生も一緒に来るのなら、昨日の特別授業のときにそう言えばいいだけだし、そうすれば護衛の数も減らせたはずである。


「お待たせしましたわ」

「待たせたわね。フルールには話しているけど、私もご一緒させてもらうわ。生徒の休日の行動を知ることも、教師にとっては重要なことだもの。もちろん、お昼ご飯はごちそうさせてもらうわよ」


 腕を組むガブリエラ先生。大きな胸が強調されて目のやり場に困る。私服のガブリエラ先生、すごく、色っぽいです。

 お世話になっている先生に”嫌です”なんて口が裂けても言えない。不可能を悟ったリーズ様は笑顔で許可を出した。クリスも喜んでいるみたいだし、これでいいことにしよう。


 さいわいなことに、リーズ様が用意してくれた馬車は六人乗りだった。なので、ガブリエラ先生が増えても問題ない。ボクたちの他に一人の使用人を乗せて馬車が王都へと進んだ。


「この馬車はどこに向かっているのかな?」

「お店が開くまでにはもう少し時間がありますわ。それまで、丘の森広場へ行くのはどうかと思いまして」

「いい考えだと思う。あそこは朝早くに行くと、風が冷たくて気持ちいいんだよね」

「あら、ジル様はよく知っておりますわね」

「これでも王都暮らしは長いからね」


 お父様は王城で働いている。その関係でボクたち家族は王都でずっと暮らしているのだ。マルモンテル伯爵領はおじい様が今も現役で領地を治めている。そのため、まだしばらくの間は王都で暮らすことができそうだ。


「そのような場所があるのですね。知りませんでしたわ」

「私も初めて行きます」

「あそこからは王都を見下ろすことができるのよ。景色もなかなかのものだから、期待していいと思うわ」


 ガブリエラ先生は先生モードから、お姉さんモードへと変身しているようである。普段よりも、ちょっとだけ声の調子が穏やかだ。いつもその声の調子ならおびえる子も減ると思うのに。残念だな。


「あ、見えて来ましたよ。あそこですよね?」

「あそこなのね。確かに見覚えがあるわ」


 きっとフルール様はお城から見た景色を言っているのだろう。遠くから丘の森広場を見ることができるのは王城くらいである。王城の尖塔からなら、あの丘を一望できるはずである。他では王都の建物が邪魔で見えないはずだ。


「あの場所にはかつて強力な魔物が封印されたという伝説が残っているわ。みんなは知っているかしら?」


 ガブリエラ先生の唐突な発言を聞いた途端、頭の中にいつかどこかの記憶がよみがえった。それはあの丘には聖竜が眠っており、狩り大会後のイベントで、聖竜が主人公のエリクに力を貸すことになる光景だった。


 どうやら今回は先に思い出させてくれたらしい。

 助かった。夏休みはまでにはまだ時間がある。聖竜絡みのイベントは起こらないだろう。

 そんな安心からなのか、つい、ポロッと口から出てしまった。


「魔物? 聖竜の間違いですよね?」


 みんなの顔が”え”みたいになった。……しまった。この情報は王家の中でも限られた人しか知らないんだった。そして当然のことながら、ヒロイン候補であるフルール様はそのことを知っている。というか、そのイベントにガッツリ絡んでいるのだ。


 キーとなるのはフルール様との好感度。この数値が一定以上あれば、聖竜イベントが起こり、最終決戦で力を貸してくれることになるのだ。


「ジル、どこでそのお話を聞いたのかしら?」

「えっと、どこだったかな~? このくらい小さいときに聞いた話だから、聞き間違いかもしれないや」


 ボクは床から五十センチくらいの高さを手で示し、”小さい子供の聞き間違いですアピール”をした。ガブリエラ先生はほほを拳でトントンとしており、何も知らないと思われるリーズ様とクリスは首をかしげている。


 ガブリエラ先生は……何か思うところがあるのかな? ちょっと怖いぞ。怖いと言えば、先ほどからこちらを半眼でにらんでいるフルール様も怖い。小さい子供の聞き間違いだって! そういうことにしてくれたらよかったのに。


「なるほど、聖竜が眠っている。あり得そうな話だわ。おかしいと思ったのよね。王都に魔物が封印されているだなんて。危険だと思わない?」


 ガブリエラ先生に見つめられて、あからさまに目をそむけるフルール様。いいのかな、王族にそんな態度をとっても。でも、そのことを事実と認めるわけにはいかないフルール様は黙って聞かなかったことにしておくしかないのか。


 ごめんね、フルール様。ボクが余計なことを言ってしまったせいで、困る状況にさせてしまって。ギロチンだけは勘弁して下さい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る