第11話 はわわ
「もう一つの理由は、生徒の可能性を狭めないためよ。得意な属性の魔法だけを練習すればいいというわけではないわ。相性によっては、得意ではない属性の方が使いこなせる場合もあるのよ」
「例えば、火が嫌いなのに火属性が得意だった場合とかですか?」
「その通り。だれにだって苦手なものはあるわ。それなのに得意属性だからといってそれに捕らわれていたら、若木の芽を潰してしまうことになるわ」
なるほど。さすがはトリスタン王国で一番格式が高い学園なだけはあるな。生徒の可能性を重要視する姿勢は素晴らしいことだと思う。ボクだけじゃない。他の三人もフンフンとうなずいている。
「それじゃ、ジルベールとクリスティーナに”聖水見式”をやってもらおうかしら。念のために聞くけど、苦手な属性はあるかしら?」
「特にありません」
「私もありません」
ガブリエラ先生がうなずいた。そして”エリスの聖水”をボクに渡そうと差し出した。
ちょっと待って欲しい。それって、つい今さっきまで、ガブリエラ先生の胸の谷間に挟んであったものだよね? 何というか、触ってもいいのかな? ほんのりと暖かそう。
「あ、あの、クリスからお先にどうぞ!」
一瞬、キョトンとした表情になったクリスだったが、恐る恐るそれを手に取った。落としたら大変なことになるからね。気をつけないと。クリスの手の中で小さな小瓶に入った聖水が揺らめいている。
「杖で魔法を使うように、その小瓶に魔力を集めなさい。すぐに色が変わるはずよ」
「わ、分かりました」
クリスの声が震えた。その手にみんなの注目が集まった。そしてすぐに変化が訪れる。聖水が赤い色の光を放ち始めたのだ。確か、ゲーム内でのクリスの得意属性は俺と同じ火属性。つまり赤い色は火属性の色ということになる。
「クリスティーナの得意属性は火属性ね。火属性魔法は攻撃に偏っているけど、その分、強力な魔法が多いわ。使いこなせれば大きな戦力になるわね。次はジルベールよ」
クリスから小瓶を渡された。小瓶はすでに色を失い、透明な水が穏やかな波を立てている。
ボクの得意属性は火属性。分かっているけど緊張するな。実は隠された才能があったりしたらどうしよう。
って、そんなことないか。ボクはゲーム開始直後に退場するチュートリアルのモブだからね。そんなものなんてないに決まっている。
ボクは先ほどガブリエラ先生が言っていたように、小瓶に魔力を集中した。
「……あれ?」
魔力を小瓶に集中したのだが、聖水は無色透明のままである。どういうことなの? まさか、無職? もしかしてボクって、なんの才能もないの? 三人が心配そうにこちらを見ている。唯一、ガブリエラ先生だけは目と口が大きくなっていた。
何この反応。もしかしてボク、何かやっちゃいましたかね? まさか、壊しちゃった!?
「ジルベール、落ち着いて聞いてちょうだい」
「はい」
「今、魔力を流しているわよね?」
「……はい」
フウウ……と大きく息を吐くガブリエラ先生。何か尋常じゃないことが起きているらしい。何度も深呼吸している。ようやく落ち着いたのか、こちらに目を向けた。だがその目は真剣そのものだった。
「それじゃ、ファイヤーアローを使う要領で魔力を集中させてちょうだい」
「わ、分かりました」
ガブリエラ先生に言われた通りに魔力を集中させる。すると、なんということでしょう。聖水が赤い色の光を放ち始めた。その変化に驚いて魔力を集中させるのが途切れてしまった。すぐに聖水の色が無色になる。
これってもしかして……そう思ったのはボクだけじゃないようだ。フルール様とリーズ様とクリスの目が、先ほどガブリエラ先生のように大きく見開かれている。
「次はウインドアローを使う要領でやってちょうだい」
「あの、ウインドアローは使ったことないんですけど……」
「なんとなくでいいわ。お手本は何度も見ていたはずよ」
そう言ってガブリエラ先生はフルール様を見た。確かにフルール様と一緒に練習しているときに、何度もあの美しい所作から繰り出されるウインドアローを見てたっけ。あのときの様子をイメージしながら魔力を集中させる。
「これって……!」
今度は聖水が緑の色の光を放ち始めた。これは恐らく風属性の色。つまりボクはフルール様と同じ二属性の魔法が得意ということになる、のかな? いや、でも、それならフルール様が驚いた顔をする意味が分からない。
フルール様も同じ状況になったはずだからね。それほど驚かないはずだ。演技でなければ。
「ジルベール、次はウォーターアローよ」
「え?」
「よく見ていなさい」
ガブリエラ先生が水が流れるようなよどみのない動きでウォーターアローを使う。魔法的に当たると同時にシュンと消えた。そうやって何度も魔法を見せてくれた。
ボクは先ほど見せてもらった揺れるおっぱい……じゃなくて、魔法をイメージしながら魔力を込める。
「えええ!」
「これって……」
「やっぱりそうなのね」
今度は聖水が青い色の光を放ち始めた。そしてすぐに色が消えた。まさか、三属性? いや、違う、三属性じゃない。たぶんイメージ次第で全属性が使えるはずだ。これってもしかしなくてもチートじゃん!
「はわわ」
「ジルベールは全属性を操ることができるみたいね」
「ガブリエラ先生、それはジルが大賢者シリウス様と同じってことですか?」
「そうなるわね。さすがの私も驚いたわ」
大賢者シリウス。それはこの国を作った人物の一人だ。生涯独身だったので、子供はいない。よってボクがその血を引いているという事実はないはずだ。
まさかチュートリアルで消えるはずのモブにそんなすごい裏設定があるだなんて思わなかった。
……いや、たぶん違うぞ。どうせチュートリアルで退場するんだから、細かい設定とかなくてもいいんじゃね? ってゲームの制作者が処理したに違いない。その結果、得意属性が設定されなかった。ありえそうだ。そしてその結果がこれだよ。
四人の注目が集まった。その目はどれも美しい輝きを放っている。そしてそのうちの一人は両手をワキワキとさせている。ガブリエラ先生だ。ボクを実験台にするつもりだな? そうはいかないぞ。
「と、ところでガブリエラ先生。どうして先生が高価な”エリスの聖水”を持っているのですか? 属性を知るためだけに持っているのだとしたら、もったいないような気がするんですけど」
「あら、いいところに気がついたわね。実はね、”エリスの聖水”には他にも秘密があるのよ」
「他にも秘密がある? そのようなお話は聞いたことがありませんわね」
リーズ様が首をかしげている。
よし、うまい具合に話をそらすことができたぞ。あとは気持ちよくガブリエラ先生が話すように仕向けてから、特別授業を始めてもらおう。
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