第8話 ワンテンポ遅いから!

 特別授業か。ボクの記憶にある限りではこんなイベントなかったと思う。フルール様もリーズ様もどうしようか悩んでいる様子だ。時々こちらを気にしているので、ボクの判断を待っているのだろう。


 いやちょっと待って。おかしくない? この中で一番身分の低いボクに決断を迫るだなんて。個人的にはこの中で一番身分の高いフルール様に決めてもらいたいんだけど……でもここは男を見せるべきなのかもしれないな。


 せっかくのガブリエラ先生からのお誘いだ。ここは特別授業を受けるべきだと思う。でもその一方で、ボクたちも損をしないようにするべきだろう。それならば。


「ガブリエラ先生の特別授業がどのようなものなのかよく分からないので、まずは一ヶ月だけ受けさせてもらえませんか?」

「あら、あなたたちをガッカリさせない自信はあるのだけれど……でもそうね。あなたたちにも選ぶ権利があるわね。分かったわ。それではまずは一ヶ月だけ、特別授業を受けてみないかしら?」


 フルール様とリーズ様の方を見ると、納得したようにうなずいた。これでよし。めちゃくちゃ厳しい特別授業だったとしても、一ヶ月で辞退することができるぞ。それならあまりリスクはないはずだ。


「ガブリエラ先生、よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますわ。ガブリエラ先生」

「よろしくお願いします」


 三人で頭を下げる。これでひとまずは大丈夫だろう。その後は一週間の学園生活がどうだったかなどの話をして、楽しい夕食の時間は過ぎていった。授業のときとは違い、表情豊かに笑うガブリエラ先生が印象的だった。その結果、ちょっとだけガブリエラ先生と仲良くなれたような気がした。


 実は隠しヒロインはガブリエラ先生なんだよね。他のヒロインとは違い、大人の魅力で攻めてくるのだ。しかもロックオンされると、どんどん積極的になってくる。確か担任という地位を利用して、主人公の部屋に夜ばいに来るんだよね。


 ……大丈夫なの、その設定。まあ今のところ、ガブリエラ先生はエリクにはあんまり興味がなさそうだけどね。むしろそれよりかはボクに興味がありそうな気がする。まさかね。


 そのときボクの頭の中に、再びいつかどこかの記憶がよみがえった。

 これは……ガブリエラ先生と一緒に食事をしている光景? しかもガブリエラ先生が、先ほどの食事のときと同じような笑顔を浮かべている!

 遅いから、記憶がよみがえるのがワンテンポ遅いから! なんでこうなるのっ!


「ジル、どうかしたのかしら?」

「なんだか頭を抱えているけど、何か忘れ物でもしたの?」

「だ、大丈夫だよ。どちらかと言うと、忘れていたものを思い出したと言うか……」


 二人から怪訝けげんそうな顔をされたが、今は許して欲しい。これはあれか。ガブリエラ先生とのフラグも立ってしまったというわけか。しかも、これから少なくとも一ヶ月は特別授業を受けることが決まった直後に。そしてなんとなくだけど、そのままズルズルと受けることになりそうな気がする。




 翌日、いつものように教室に向かうとエリクに絡まれた。朝からとても嫌な気分になった。ゲームの主人公ってこんなんだったっけ? 昨日、フルール様とリーズ様とガブリエラ先生から、散々、エリクのことを聞かされたんで、もうおなかいっぱいなんだけど。

 今もなんだか人を見下すような顔をしてボクの方を見ている。いやらしい。


「おかしいな。お前、伯爵家から追放されたんじゃなかったのか? ああ、これから追放されるのか」

「なんでそのことを知ってるの?」


 どうしてそのことをエリクが知っているんだ? 実際に追放されたわけじゃないし、あれはボクが勝手にそう思い込んでいただけの話で終わったはずなのに。お父様が学園に来ていたことを知っているのかな? でもエリクがボクのお父様を知っているはずはない。


「今から追放されて学園を去るやつに話す必要はないだろう?」

「な……!」

「あらあなた、何を言っておりますの? ジル様は伯爵家を追放されたりなんか致しませんわ。そのような根も葉もないウワサを流すのであれば、私が黙ってはおりませんわよ」


 そこへ颯爽さっそうと現れたのはリーズ様だ。やだ、かっこいい。周辺にいた女子生徒たちから黄色い歓声が上がる。リーズ様は女性からも人気が高いからね。これはもしかすると、後ろから刺されることになるかもしれない。背後にも気をつけないと。


「リーズ……様」


 呼び捨てにすることを許されていないエリクがつぶやく。なんだか分からないけど、胸に突っかかっていたものがスッと取れたような気がした。これが優越感というやつか。悪くない気がする。リーズ様の後ろからフルール様もやって来た。


 教室の入り口付近が混雑してきた。これは早めに席に着いた方がいいな。こんな場面をガブリエラ先生に見られたら、宿題が倍になるかもしれない。ボクたちは何とかなるけど、ボッチの子が大変なことになってしまう。


「おはよう、ジル。何かあったの?」

「おはよう、フルール。リーズもおはよう。なんでもないよ。ほら、入り口で止まっていると、みんなの邪魔になっちゃうよ」

「あら、ごめんなさい」


 そう言ってリーズ様が教室の中へと入る。クラスメイトもそれに続いた。リーズ様はボクの考えに気がついたのだろう。これ以上の問答は無用と思ってくれたようだ。エリクの前を通りすぎて自分の席へと座った。


 エリクはその場から動かなかった。その表情は見えないが、一体何を考えているのだろうか。そしてどうしてボクの追放フラグを知っているのだろうか。もしかすると、エリクも前世の記憶が残っているのかもしれない。


 そう考えると納得できるところもある。まずはピンポイントでヒロイン候補の三人と仲良くなっていることだ。狙ったとしか思えない。そして模擬戦を提案したこと。エリクはチュートリアルが始まらなかったことに危機感を覚えたのだろう。だからあんな提案をした。

 そして、無事にボクが相手に選ばれたことで喜んだ。


 あり得るのか? ここに一人、前世の記憶を思い出した人物がいる。同じような人が他にいてもおかしくはないだろう。それが今後、どのような影響を与えることになるのか。

 エリクの動向を見ながら、慎重に行動しないといけないな。そして、ボクが前世の記憶を持っていることはだれにも知られてはならない。

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