第7話 特別授業

 時刻を見ると、夕食の時間に差しかかろうとしていた。どうやら三時間くらい気を失っていたようだ。痛みはないみたいだけど、傷口はどうなっているのかな? 恐る恐る服をまくりあげて確認してみると、そこには跡形もなかった。手で触ってみたけど、やはり何もない。


「ねえ、傷口がなくなってるよね?」

「え、ええ、ないですわ」

「な、ないですわ」


 二人が両手で顔を隠しながら、それでも少しだけ指を開いてチラチラと見ていた。……もしかして、いやらしいことをしてたりする? 慌てて服を下ろした。女の子に見せるものじゃなかったね。こんなことになるのなら、もっと体を鍛えておくべきだった。


 最近は魔法ばかりに気を取られていたからね。追放フラグを回避したからには、今度はもっと先を見据えて動かないとダメだな。次の学園での大きなイベントは……狩り大会か。うん、体力がいるね。頑張ろう。


「えっと、二人とも夕食はまだですよね。よかったら一緒に食べませんか?」

「もちろんいいわよ」

「もちろん構いませんわ」


 二人の声がそろった。その声色はちょっと高く、うれしそうである。そういえば、フルール様と一緒に食事をしたことはなかったな。ん? ちょっと待った。高貴な女性二人と一緒に食事を食べることになるじゃない!


 しまったな。でも今さら”やっぱり今のはナシ”とは言えない。だってあんなにうれしそうなんだもん。

 二人に連れて行かれたのは普段は足を踏み入れることのない場所。高位貴族向けの食堂だった。


「ジルもここを利用すればいいのに。伯爵家以上の家柄なら使っていいのよ」

「ここにはなかなかの料理がそろっておりますわ」


 高級料理を”なかなか”というところはさすがの侯爵令嬢だな。利用できることは知っていたけど、ちょっと行きにくかったんだよね。でもせっかくだし、これからは利用させてもらおうかな。


 テーブルに座ると給仕が注文を取りに来た。いつも使っている食堂は食券を渡すタイプだったので、ちょっと挙動不審になってしまった。どれがいいのか分からなかったので、シェフのおすすめにしておいた。フルール様とリーズ様も同じ物を注文していたので間違いないだろう。


「二人はよくここで一緒に食事をしてるのかな?」

「ええ、そうよ。リーズさんに声をかけたのがここなのよ」

「みなさん侯爵家という肩書きを気にするのか、話しかけても会話が全然続かなくて。でもフルールさんはそのようなことがなくて、こうして楽しく、一緒に食事までして下さるのよ」

「それはお互い様よ」


 顔を見合わせて笑っている。さすがはゲームのヒロイン。仲がよろしいことで。そういえばエリクがヒロインの三人と仲がよかったな。ゲームのヒロインは隠しヒロインを合わせて全部で七人。そのうち三人がエリク、二人がボクに好意を寄せているようだ。


 いいのかな? ボクはゲームの主人公じゃないんだけど。しかも、ヒロインの中でも身分が高い二人とこうやって食事を囲んでいる。ボクの知らない何かのフラグが立っているのかもしれない。


 そうこうしている間に料理が運ばれて来た。これはすごい。一つ一つの量は少ないが、色んな種類の料理が並んでいる。これは子羊のステーキかな? 肉汁が滴ってとてもおいしそうだ。ケガをしたからなのか、お肉が食べたい。


「フルールさんはジルベール様のことを”ジル”と呼んでいるのね」

「ええ、そうよ。同じ伯爵家だし、遠慮なくお互いを呼び合うことにしたのよ」

「あの、その輪に私も加わることはできませんか?」


 遠慮がちに上目遣いでこちらを見るリーズ様。なんだろう、今までなつかなかったネコが心を開きそうになっているようなこの感じ。

 リーズ様はまだ知らないみたいだけど、フルール様は王族なんだよね。お姫様とは遠慮なく呼び合っているのに、侯爵令嬢と遠慮なく呼び合えないのは何か違う気がする。


「ボクは構わないよ。フルールはどうかな?」

「そうしましょう! リーズも私の名前を遠慮なく呼んでちょうだい」

「わ、分かったわ。ジル様、フルール」


 フルール様がパチンと手をたたき、リーズ様がはにかみながらボクたちの名前を呼んだ。だがしかし、ボクの名前には様がついたままだった。訂正するべきかなぁ。どうしよう。ここで正しておかないと、このままズルズルと行きそうだぞ。


「あの……」

「あらあなたたち、医務室にいないと思ったら、ここにいたのね」

「ガブリエラ先生! すみません、伝言も頼まずに移動しちゃって……」

「別に怒ってはいないわ。ジルベール、随分と顔色がよくなっているみたいね。しっかり食べるのよ」


 ガブリエラ先生はボクたちに何か話があるのか、同じテーブルに座った。注文が終わると腕を組んでボクたちをグルリと見た。フルール様とリーズ様の手が止まった。ボクも手を止める。


「あなたたち、私の特別授業を受ける気はないかしら?」

「特別授業、ですか?」

「ええ、そうよ。実力試験までの一週間、授業以外で魔法の訓練をしていたのはあなたたちだけよ。それも、あれだけの宿題が出ているにもかかわらず、ね」

「あの宿題の量はわざとだったのですね! やけに多いと思った」

「いいえ、違うわ。あれはいつもの量よ」

「……」


 違った。わざとであって欲しかった。フルール様とリーズ様を見ると、二人も絶句している。ですよね。そんなボクたちの表情に気がついたのか、ほほ笑みを浮かべるガブリエラ先生。う、なんか怖い。


「あら、そんな顔をするだなんて心外ね。学園にいる間にたくさんの知識を身につけてもらおうと思っているだけなのに」


 先生の志は素晴らしいと思う。でも学園生活を楽しみたいという思いも、ボクたちにはあるのだ。救いがあるとすれば、友達と一緒に宿題をやっても怒られない点だ。リーズ様も加われば、宿題の量は三分の一になる。


 ハッ! もしかして、最初から何人かで手分けして宿題をすることを想定しているのかな? 一人で宿題をするようにと言われたこともないからね。そして三人で宿題をするようになれば、当然、そのあとの時間も増えることになる。


「話がそれたわね。それで、他の人よりも学習意欲の高いあなたたちなら、特別授業を受ける権利があると思ったのよ。どうかしら?」

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