第6話 追放フラグ

「う……」

「ジル!」

「ジルベール様!」


 うっすらとした視界の中に映り込んだのは知らない天井……ではなく、かわいい女の子と、美しい女の子の二人だった。なぜだか分からないけど、ボクをのぞき込んでいるようだ。しかも距離が近い。


 美しい女の子には見覚えがあった。確かリーズ・フォルタン侯爵令嬢。フルール様をのぞけばクラスで一番身分の高い人物である。そして、ヒロイン候補の一人でもある。それがどうしてこんなところに……というか、ここどこ?


「えっとあの……ここはどこですか?」

「ここは医務室よ。気を失ったジルをガブリエラ先生がここへ運んでくれたのよ」

「そうだったんだ。先生には迷惑をかけちゃったね。フルールとリーズ様にも心配をさせてしまったみたいで、申し訳ありません」


 とにかく謝っておかなければ。この場で一番身分が低いのはボクだ。ここで不手際があれば伯爵家追放まっしぐらだ。あ、でも、エリクとのチュートリアルで負けたから、もうおしまいなのかもしれないけどね。


「ジル、傷が痛むの?」

「いや、そんなことはないよ。フルールとリーズ様はとても仲がいいみたいだね。リーズ様はフルールが心配でこちらへいらしたのでしょう?」

「違いますわ。私はジルベール様が心配でここへ来たのですわ」

「そ、そうだったのですね。ありがとうございます」


 先ほどボクの名前を呼んでいたリーズ様の声は幻聴じゃなかったのか。確認しておいてよかった。危うく勘違いするところだった。リーズ様がボクのことが心配でここに来て、ボクのことを”ジルベール様”と呼んでいるということは、そういうことだよね?


 最終確認のためにフルール様の顔を見ると……見事にお餅のように膨らんでいた。いつもは垂れ下がっている眉がつりあがっている。

 怒ってらっしゃる! まさか、嫉妬してる?


 これはまずい。モテ期が、唐突としてボクにモテ期が来てしまった。しかもどちらも身分がボクよりも高い。邪険に扱うとこの国にいられなくなるぞ。どうしよう。


「フルールもありがとう。ボクが情けないばっかりに……」

「そんなことない!」

「そんなことありませんわ!」


 二人が同時に叫んだ。どういうことだってばよ。来てる、完全にモテ期が来てる。その後二人は代わる代わる先ほどのチュートリアルについて話してくれた。どうやらボクがエリクに攻撃することをためらったことがバレていたようである。ガブリエラ先生も含めて。


「それでも負けたことには変わりはないよ。こんなんじゃ、大事な人を守ることもできやしない」

「ジル……」

「ジルベール様……」


 心の弱さはこれから何とかするとして、問題は今、このときだ。フルール様とリーズ様をどう扱えばいいのだろか。十五年の間、ボクにモテ期は来なかった。よって女性とお付き合いした経験はないのだ。


 どうしようかと悩んでいると医務室の扉が開く音がした。こちらへとやって来た見覚えのある人物に、思わず飛び起きた。


「お、お父様、どうしてここに!」


 フルール様とリーズ様がいるのを見て、ちょっと目を大きくさせたお父様が二人に軽く会釈した。二人も同じように軽く会釈する。まさか、こんなに早く伯爵家追放フラグを回収することになるだなんて。しかも二人の前で。


「ガブリエラ先生に聞いたのだよ。ちょうど学園の視察に来ていたところだったからね。……どうした、顔色が悪いぞ。まだ体調が悪いのなら寝ていなさい」

「えっと、それは……」


 全力で土下座すれば許してもらえるかな? いやでも謝ったところで、もうどうにもならないだろう。

 もうダメだ、おしまいだ。せっかくフルール様と仲良くなれたのに。リーズ様とも仲良くなれそうだったのに。

 そのとき、そっとボクの手をフルール様とリーズ様が握った。


「マルモンテル伯爵、ジルベールさんは勇敢に戦いましたわ。だれにも恥じることない戦いでした」

「そうですわ。ジルベール様はだれよりも勤勉で、努力家ですわ。それに、どんな方にも思いやりを持って接することができる、素敵な心を持った方ですわ」


 何だろう、リーズ様のボク推しが強い。そしてフルール様、どうして”ぐぬぬ”みたいな顔をしていらっしゃるんですかね? 勝ち負けとかないですからね。

 それを聞いたお父様の笑顔が深くなった。声に出して笑うのを堪えているようだ。


「お二人とも何か勘違いしておられるようですね。私はジルベールを叱りに来たわけではありませんよ」

「……それでは?」

「ジルベールの戦いはガブリエラ先生から詳しく聞いた。何でもファイヤーボールまで使えるようになっているそうだな。正直、驚いたよ。そして、お前が最後に彼を攻撃することをためらったことも聞いた」


 お父様がベッドに近づき、ボクの頭に手を乗せた。その顔は笑みを浮かべたままである。もしかして、追放フラグを回避することができた?


「お前の優しさは母親譲りのようだ。この話を聞けば、きっと喜ぶぞ」


 そう言うと、お父様は帰って行った。どうやらそれをボクに言いたかっただけのようである。チュートリアルでエリクに負けたのに、追放フラグを回避することができたようだ。でもなんで……あ、もしかして、”無様な戦い”をしなかったからだろうか? そうだ、きっとそう!


「いいお父様ですわね。私はてっきり……」

「私も悪いお話をされると思ってましたわ」


 二人がお互いに顔を見合わせて苦笑いしてる。フルール様とリーズ様は本当に仲がいいみたいだ。これならフルール様が身分を明かしても、お友達のままでいられるだろう。王女殿下という身分を隠しているからこそできたつながりだろう。


「ボクもだよ。伯爵家を追放されるかと思ったよ」

「だからあんなに青い顔をしていたのね。ジル、考えすぎよ。そんなこと、簡単にできるはずがないわ」

「フルールさんの言う通りですわ。でも、そうですわね。ジルベール様が追放されることになったら、フォルタン侯爵家に来ればいいのですわ」

「ちょっとリーズさん、抜け駆けはよくありませんわよ!」

「二人とも落ち着いて。ボクはまだ追放されていないからね!」

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