第5話 それぞれの思い

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 急いでジルベールの元へと駆け寄った。まずは混乱しているフルール様を何とかしなければならないわね。フルール様が王女殿下であることは秘中の秘。他の生徒と同じように扱わなければならないのがもどかしい。


「場所を譲りなさい」

「ガブリエラ先生! どうして……」

「話はあとよ。今はジルベールの傷を治療しないといけないわ。ほら、そんな顔をしないで。初級魔法が当たったくらいでは死なないわ。今日の授業はここまでよ! 各自、解散しなさい」


 騒然としながらも魔法訓練場から立ち去る生徒を横目に、急いで水属性の治癒魔法を使う。服は裂けているが傷は浅い。これくらいの傷なら跡も残らずに治すことができる。まあ、予想の範囲内の傷ね。


 ただ、予想外だったのはジルベールが負けたこと。この子は毎日、夜遅くまで魔法の練習をしていた。そしてファイヤーボールを習得した。本来ならファイヤーボールは後期授業で教える魔法よ。入学してから、わずか一週間で習得できるような魔法じゃないわ。


「ジル……目を覚まして……」

「見なさい。ジルベールの傷は跡形もなく治療したわ」


 そう言いながらジルベールの服を胸元までたくしあげた。きゃ、とフルール様が小さな声をあげる。治療と同時に水魔法で洗い流したので、血は残っていないはずだけど……フルール様が両手で顔を隠している。それでも気になるのか、指の間からのぞいていたけど。あら、耳まで真っ赤ね。


 ……なるほど、そっちの悲鳴ね。時々、ジルベールと一緒に魔法の練習をしていたみたいだけど、二人の関係はどうなっているのかしら? 事と次第によっては国王陛下に報告しなければならないわ。


 ジルベールは伯爵家の嫡男だし、王女殿下が降嫁するにしても問題ない。止める必要はないわね。しばらくは注意して見守る必要がありそうだわ。


「どうしてジルがこんな目に遭わないといけないのですか」


 ジルベールの傷口がなくなって少しは安心したのだろう。キッとこちらをにらんだ。その目はいつものどこかのほほんとした雰囲気とは明らかに違った。間違いなく怒っている。返答次第では私の首が飛ぶわね。


「エリクはクラスの中でも上位の実力を持っていました。それも、特に魔法の練習をしていなかったにもかかわらずです」

「では、あの練習をしていたというのはウソ?」

「ええそうです。魔法訓練場で姿を見かけたのはフルール様とジルベール、それからリーズの三人だけです」


 フルール様が驚いたかのように目を大きくした。そして不愉快そうに顔をしかめた。恐らくエリクの言動を不快に思っているのだろう。もちろん私も好ましいとは思っていない。


「エリクは魔法を甘く見ているようでした。そこで、そうではないことを教える必要があると思いました。だれかがエリクと戦って勝つ」

「それでジルベールを?」

「はい。現状、私のクラスでエリクに確実に勝てるのはフルール様とジルベールの二人。リーズは五分五分だと判断しました。当然、フルール様を戦わせるわけにはいきません」


 口元に両手を当て、ジルベールを見つめるフルール様。その背中が悲しげに小さく見えた。見方によればフルール様のために犠牲になったようなものである。でもそんなつもりは全くなかった。


「誤算だったのが、ジルベールが私の予想をはるかに超えるほどの優しい子だったことです」

「優しい?」

「はい。フルール様は気がつきませんでしたか? ジルベールがファイヤーボールを使ってうまくエリクを追い込んだあと、次の魔法を使うのをためらったことに」

「確かにそう言われてみれば……」


 思い当たる節があったのか、あごに手を当てて思いを巡らせているようだった。これで私の首の皮はつながったかしら?

 あそこで魔法を使っていれば、間違いなくジルベールが勝っていた。でも使わなかった。いや、使えなかった。あれだけ挑発されたのに、エリクが傷つくことを恐れたのだ。


「ジル……」

「フルール様、ジルベールは私が責任を持って医務室へ連れて行きます。ですからフルール様も部屋にお戻り下さい」

「私も一緒について行きます」

「……分かりました。それでは行きましょう」



 ****


 ベッドに横たわるジルは一向に目を覚ます気配がない。ガブリエラ先生は”これくらいの傷で気絶するなんて”とおっしゃっていたけど、初めて魔法を体に受けて、服と皮膚を切り裂かれたら、私だって気を失うと思う。ジルは何も悪くないわ。

 同じことが二度と起こらないように、ジルのために特注の”魔法耐性付与済み学生服”を準備しなきゃ。


「フルールさん……こちらにいらしたのね」

「リーズさん! ど、どうしてここに?」

「あ、えっと、フルールさんが寮に戻って来ないので心配になって探していたのですわ」

「そうだったのですね。ご心配をおかけして申し訳ありません」


 お友達のリーズ・フォルタンさんが私を心配して探してくれていたみたい。だけど、なんだかばつが悪そうな顔をしている。気のせいよね? リーズさんが隣のイスに座る。どうやら何か話があるようだ。


「フルールさんは先ほどの戦いをどう思われましたか?」

「……ジルが負けるとは思いませんでしたわ」

「私も同じ意見です。あれだけ毎日練習していたのですもの。負けるはずはないと思っていましたわ。情けなく逃げ回る姿を見て、最初はガッカリしましたわ」

「それは……」


 ジルが逃げ回っていたのは相手に攻撃することをためらっていたからだ。今なら分かる。それをリーズさんにも教えてあげないと。ジルは情けなくなんてない。とっても優しいだけだ。そう言おうと思ったのだけれど、先に口を開いたのはリーズさんだった。


「でも、相手の方の表情を見て、怒りが沸々と湧いてきましたわ。あの目。あれは獣が獲物を狩るのと同じ目でしたわ。いえ、もっと悪い。弱い者をいたぶるような目でしたわ」


 リーズさんの口元に力が入り、小刻みに体が震えている。よっぽど怒っているみたい。フォルタン侯爵家と言えば、文武両道をよしとし、正義を重んじる家系だものね。きっと許せなかったのだわ。


「あの目を見たとき、気づいたのですわ。もしかしてジルベール様は攻撃するのをためらっているのではないかと。そして、やはりそうでしたわ。あれほど見事なファイヤーボールで相手を追い詰めたのに、最後の最後で攻撃をためらった」


 リーズさんはよく見ているわ。ガブリエラ先生と同じものが見えていたのね。

 ……素晴らしい着眼点だけどそれは置いておいて、ジルベール、様? それってどういう――ジルを見つめるリーズさんを見て心臓が飛び出そうになった。

 どうしてそんないとおしそうな目でジルを見ているの? まさかリーズさん……!

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