第4話 チュートリアル

 ついにその日がやって来た。ボクは朝から杖を磨き、万全の体勢を整えた。一週間続けた、あの地獄のような特訓を絶対に無駄にはしない。

 念願のファイヤーボールを使えるようになったんだ。これがあれば、エリクにだって勝てるはずだ。


 そう思っていたときが、正直、ボクにもありました。

 授業は進む。そしてついにボクらの実力をガブリエラ先生に見せるときがやって来た。


「それじゃ、一週間前に言った通り、あなたたちの実力を見せてもらうわ。名前を呼んだ順番に、あの魔法的に魔法を使ってちょうだい。もちろん、自分の中で一番自信のある魔法を使うのよ」


 あれれ~、おかしいぞ~? 確かチュートリアルは対人戦だったよね? どうして魔法の的当てにすり替わっているのかな。

 ハッ! もしかして、ボクとフルール様が仲良くなったから運命が変わってしまったのか? これならボクが追放されることもないぞ。やったー!


 クラスメイトが次々と魔法的に魔法をぶつけていく。それを見たガブリエラ先生が何やら手元のノートに書いている。ガブリエラ先生には何かが見えているのかな? よく分からないけど、ボクも流れるような所作でファイヤーアローを使った。


 なんだか分からないけど”おおお”と声が聞こえたような気がした。そういえば、フルール様が魔法を使ったときにも同じような声があがっていたな。

 最後の人が打ち終わり、これで授業が終わる。そう思ったとき、声があがった。


「ガブリエラ先生、これじゃ実力なんて分からないですよ。初級魔法を使っただけじゃないですか」


 声をあげたのはエリクだ。その整った顔は自信に満ちあふれており、さわやかな笑顔を浮かべている。エリクの赤い髪が風に揺れた。その赤茶色の瞳が一瞬だけこちらを向いたように見えた。一抹の不安が頭をよぎる。


「あら、あなたにはそう見えたのね。私には全く別の物が見えたわ。あなたたちの実力を見るのはそれで十分よ」

「そんなことってないですよ。俺、この日のために練習してきたんですから」

「ガブリエラ先生、私たちにも分かる形でみんなの実力が見たいです」

「私も」


 エリクに続いて声をあげたのは、よく見るとゲームのヒロイン候補たちだった。いつの間にかエリクと仲良くなっていたようだ。まさか一週間で攻略されつつあるとは思わなかった。


 エリクがだれと仲良くなろうと関係ないけど、ピンポイントでヒロイン候補だけを狙っていることに違和感を覚えた。


「練習……ねえ? 本当かしら」


 ガブリエラ先生ににらまれたエリクの笑顔が硬くなった。これはもしや蛇ににらまれた蛙というやつなのでは? それとも、練習したと言うのは真っ赤なウソなのだろうか。ガブリエラ先生が腕を組み、右手でトントンとほほをたたいている。考えるときの癖なのだろう。


「いいわ。それじゃやってみなさい。相手はジルベールでいいかしら?」

「え! 何でボクが?」

「もちろん構いませんよ」


 エリクがニヤリと笑った。人を見下したような、実に嫌な笑い方だ。とてもではないが、好きになれそうなタイプじゃないな。

 結局、断ることができなかったボクはエリクと戦うことになってしまった。これが因果律なのか。


「相手に魔法を当てた方の勝ちよ。使っていいのは初級魔法まで。ケガをしても大丈夫よ。すぐに私が治療してあげるから」

「えええ! ケガするんですか?」

「当然よ。魔法を使うというのはそう言うことよ」


 確かにゲームではダメージが入っていた。まさか現実でも同じだなんて。当たり所が悪くて死んだりしたらどうするのかな? あ、使っていいのが初級魔法までだから、よほどのことがない限り死んだりしないのか。でもなぁ。


「どうした? ビビってるのか?」

「そりゃそうだよ。キミは怖くないの?」

「当たり前だろう。お前が俺にかなうはずがないからな」


 まるで勝ちを確信しているかのような余裕である。見てろよ、そのキレイな顔を焦り顔にしてやるからな。お互いに数メートル離れて立つ。さすがにほかのみんなにも緊張感が伝わっているのか、魔法訓練場は静まり返っていた。


「それでは始め」


 よし、まずは小手調べにエリクがかわせるくらいの場所を狙って魔法を……。


「ウインドアロー!」


 エリクの使った魔法が顔を目掛けて一直線に飛んでくる。それを慌てて回避する。体勢を崩しながらもファイヤーアローを使ったが、エリクの足下から遠く離れた場所に着弾した。息つく暇もなく、エリクが魔法を使った。

 だんだんと追い詰められていく。今のボクは獣に追いかけられる子羊だ。


 だがボクにはまだ切り札が残されている。それをいつ使うか。今しかない。ウインドアローをよけながらエリクの場所を確認する。あの場所に魔法を撃ち込めばエリクの動きを制限することができる。そこ!


「ファイヤーボール!」

「な、何だと? くっ!」


 狙い通り、エリクの左側に着弾する。炎がまき散らされた。その熱をよけるようにエリクが移動する。ここだ! 完璧なタイミング。エリクはボクが使うファイヤーアローを回避することはできない。勝った、勝ったぞー!


「ファイヤーア……」


 いや待てよ。ここでファイヤーアローを使ったらどうなる? 間違いなくエリクに当たる。それじゃ、魔法が当たったエリクはどうなる? 当然、ケガする。初級魔法とはいえ、当たり所が悪ければ一生傷が残るかもしれない。どうする? うまくコントロールして、ちょっとだけ当たるようにすれば……。


「ウインドアロー!」

「? ぐええ!」


 脇腹に猛烈な痛みが走った。エリクの使った魔法がおなかに刺さったのだ。これは痛い。痛くて痛くて、意識が飛びそうだ。その視界の端にフルール様が見えた。


「ジル! すぐに傷を」

「ダメだフルール、魔法を使うな」

「っ」


 最後の気力を振り絞ってそうつぶやいた。フルール様は光属性の魔法を使うつもりだった。それはだれにも知られてはいけない。約束したんだ。だれにも言わないって。だから、だれにも見せるわけにはいかないんだ……。

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