第3話 フルール様とボク
誘ったのはボクなんだけど、どうしてこうなった。お姫様と一緒に魔法の練習をすることになるだなんて。万が一のことがあってはいけない。絶対にフルール様の方へ、杖を向けてはいけない。
正直に言わせてもらえるなら、ものすごく練習がやりにくくなった。
フルール様が魔法的に向かってウインドアローの魔法を使う。流れるようなキレイな動きから放たれる魔法に思わず見とれてしまった。
確かフルール様は風と光の属性が得意だったはずだ。きっと王族としての教育の一つとして、その属性を集中的に練習していたのだろう。それならこの美しい所作にも納得ができる。
「素晴らしいですね。フルールさんに比べると、ボクなんてブリキの人形が動いているようなものですよ」
「ありがとう。ジルベールも繰り返し練習をすれば、すぐにこのくらいできるようになるわよ」
「そうだといいんですけど……」
なれるかなぁ? 何だか自信がなくなってきたぞ。
ボクはまだ、初級魔法すらマスターできていないことが判明したばかりなのだ。それなのに、その上のファイヤーボールを使おうとしているのは、むちゃな挑戦なのかもしれない。
再びフルール様がウインドアローを使う。
あれ? 光属性の魔法の練習はしないのかな。上位属性と呼ばれている光属性を使える人はほんの一握りしかおらず、とても珍しい。一度でいいから見てみたい、という人も多くいる。もちろんボクもその一人だ。
「フルールさん、光属性の魔法は練習しないのですか?」
ボクがそう尋ねた次の瞬間、グワッと見開かれた瞳がこちらを向いた。先ほどまでのおっとり具合が、まるで大嵐の魔法ですべてキレイサッパリと吹き飛ばされたかのようである。
無表情になったフルール様がこちらへと無言で近づいて来た。怖い!
まずい、逃げなきゃ。だがしかし、一足遅かったようである。両肩をガッシリとつかまれた。見た目によらず力強い! 知らずに体が震えていた。ちびりそうだ。
「ジルベール、どこでそれを?」
まずい、まずい、まずい、話したらいけないやつだった! でも口に出してしまったからにはもう遅い。何とか、何とかごまかさなくちゃ。考えろ、考えるんだ。じゃないと、チュートリアル前に脱落することになっちゃう!
「え、えっと、フルールさんなら光属性の魔法を使えそうだなと思って……?」
どうだ、行けるか? 苦しい言い訳か? 頼む、通ってくれ。
視線を合わせないようにしながらも、やっぱり気になるのでチラチラとフルール様の表情を確認する。ボクの肩をつかんでいる両手がワナワナと震えている。
「……わたくしを
「ヒッ! いや、違う……」
フルール様の色を失った瞳にタジタジになっていると、再び頭の中に記憶がよみがえった。それはエリクがフルール様が使う光属性の魔法に気がつき、指摘している場面だった。観念したフルール様はそれを白状し、それ以降はエリクと一緒に魔法の練習をしたり、一緒に勉強したりして仲良くなっていくのだ。
……遅い、遅いから。思い出すのが遅いから! ちくしょう何だよこの記憶。終わってから後出しされても、もうどうにもならないよ。
「そうですわ。私は光属性の魔法を使えます。でもこのことは、だれにも知られてはいけないことになっているのですわ」
「だれにも言いませんから、どうか命だけは……」
「命……まさかそのようなことをするつもりはありませんわ。私を何だと思っているのですか」
あ、フルール様がプンプンしている。もしかしてボク、あの怒ることなどなさそうな、おっとりとしたお姫様を怒らせちゃった? 一難去ってまた一難。どうにかしてご機嫌を取らなくちゃ。
「フルールさんが許して下さるのなら、ボク、何だってやります。それこそ、魔法の練習だけじゃなくて、勉強だって一緒にやります!」
これならどうだ? フルール様がこの場に一人でいらしたと言うことは、ボクと同じボッチ。それならボクと同じく、一緒に行動する友達が欲しいはずだ。
一瞬だけ真顔になったフルール様の表情が、大輪のバラが咲いたかのような、バラ色のほほ笑みに変わる。
許された!
「分かりました。その言葉を信じるわ」
「ホッ」
「それじゃ、これからは私のことを呼び捨てにしてね。それから、普段使っている言葉で話して欲しいかな」
「わ、分かったよ、フルール。これでいい?」
フルール様の目尻が垂れ下がり、ゆっくりとうなずいた。そこからすごく柔らかい空気が流れ始める。ものすごくうれしそう。そしてものすごくかわいい。思わず”ほれてしまうやろー!”って叫びそうになった。危ない危ない。
ああ、でも、エリクに立つはずのフラグがボクに立ってるような気がする。大丈夫だよね? フラグの一本や二本、折れたぐらいで怒ったりしないよね?
それからの魔法練習はフルール様と一緒にすることになった。魔法の練習だけではない。毎回、大量に出される宿題も一緒にやっている。二人でやると、かなり時間が短縮できるな。これはうれしい誤算だ。
ボクらの周りにも、少しずつ人が増えて来た。フルール様が言うには、ボクが普通に接してくれたおかげなのだそうである。そんなつもりはなかったのだが、どうやらボクが、フルール様と他の人との間にあった高い壁を壊したことになっているらしい。
あっという間にチュートリアルが行われる前日になった。
そしてその日、ようやく練習の成果が現れた。
「念願のファイヤーボールを使えるようになったぞ!」
「頑張ったかいがあったわね」
「フルールがいつも応援してくれたおかげだよ」
「そんなことはないわ。ジルの努力が実ったんだわ」
そう。ボクは今、名前が長いからと言う理由でフルール様から”ジル”と呼ばれている。
いいのかな、お姫様からそんな風に呼んでもらっても。まあそれは置いておいて。これでチュートリアルのときに無様な戦いをしなくてすむぞ。
ボクは勝つ。勝って追放フラグをへし折るんだ!
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