第2話 秘密の特訓
授業も終わり、今日も昨日と同じ作戦で行くことにした。部屋に戻るとすぐに宿題に取りかかった。相変わらず量が多い!
何とか宿題を終わらせると、すぐに夕食を食べる。食堂が開いている時間は決まっているものの、食事が提供される時間にはかなりのゆとりがあった。もっとも、時間が遅くなると選べる食事の種類が減るみたいだけどね。
昨日と同じ場所に行くと、そこにはすでに人影はなかった。運がいいぞ。これなら昨日よりも長く練習することができる。
まずは基本の魔法を使う。何度かファイヤーアローを放っていると視界の端に人影が見えた。手を止めてそちらを振り向くと、そこには知っている顔があった。
「フルール様!」
「あら、私の名前を覚えて下さったのですね」
黄色い満月を連想させる、輝くブロンドの髪が揺れ、その青い瞳がうれしそうに細くなる。ドキリと胸が高鳴った。これが恋……いや、そんなわけがない。ないんだよ。
今はフルール・ヴァロー伯爵令嬢と名乗ってはいるが、実は由緒正しきトリスタン王国のお姫様なのだ。そりゃ緊張で心臓が飛び出そうにもなるよね。
「あの、どうしてこのような場所に? あ、それよりも、一人で出歩くなど危険ですよ!」
「大丈夫よ。魔法学園は安全だって、お兄様が言っておりましたもの」
おっとりと笑うフルール様。兄、とは皇太子殿下のことで間違いない。そうなると、皇太子殿下も今のフルール様みたいに一人で出歩いていたのだろう。きっと先生たちも頭を抱えていたはずだ。ボクも今すぐ頭を抱えたい。
「どうしてこのような場所に、と尋ねられましたわね?」
「え? ええ、そうですけど……」
「それはあなたがこちらへ向かっている姿が見えたからですわ。こんな時間にどこへ行くのかと気になってしまって。まさかこんな場所で魔法の練習をしていたとは思いませんでしたわ」
まさかだれかに見られていたとは思わなかった。しかもこの国のお姫様に。でも普通、追いかけて来たりはしないよね? おっとりとした見た目だけど、思ったよりも好奇心旺盛なのかな。
どうしよう。ボクは一体、これからどうすればいいんだ?
「それはそうとして、ジルベールさんでしたわよね?」
まさかボクの名前を覚えてくれていただなんて驚きだ。ただのモブのはずなのに。
ボクなんて、あの古い記憶にあった人物の名前しか覚えていないぞ。なんて記憶力がいいんだ。何だか胸がじんと熱くなってきた。これが忠誠心……!
「マルモンテル伯爵家の長男、ジルベールです」
「そうでしたわね。私と同じ伯爵家でしたわね。それなら、フルールと呼んで下さらないかしら?」
「え?」
思わず素の声が出た。外に出してはならない声色だった。ボクの裏返った声に、フルール様の眉がピクリと動く。
フルール様がお姫様であることはごく一部の人をのぞいて秘密である。その秘密を知れば消されることになるだろう。なんとしてでも知らない振りをしなければならない。
……あれ? なんでフルール様の顔が近づいて来てるんですかね?
「もしかしてジルベールは、私がどこのだれなのか知っているのかしら?」
「いえ、知りません。フルールさんがどこのだれなのか、ボクは知りません!」
背筋を伸ばしてそう答えた。相変わらずおっとりとした笑顔をしているのだが、どこか圧があるような気がする。これが王族の覇気か。恐ろしい。なるべく関わらないようにしないと、ボクの胃が持たないな。
「それじゃ、さっきはなぜ驚いたのかしら?」
「それはえっと……フルールさんのようなかわいらしい女の子とお友達になれるとは思っていなかったからです!」
フルール様の目が大きく見開かれた。その表情は十五歳の少女よりもずっと幼く見えた。こっちが本来のフルール様のお顔なのかな? 日頃は威厳を保つように気を張っているのかもしれない。王族も大変そうだ。それなら魔法学園に通っている間くらいは自由に羽を伸ばして過ごしたいと思っていても、何も不思議じゃないかな。
「かわいらしい? 私が?」
「はい。とってもかわいらしいですよ?」
ほほに両手を当て、顔が赤くなっているフルール様。あれれ、間違ったかな? かわいらしいとか、たくさんの人に言われていると思うんだけど。最後にはその場でうずくまってしまった。
「ふ、フルールさん! もしかして、ボク、変なこと言っちゃいましたか?」
「い、いえ、気にしないで。その、初めて言われたから動揺しちゃって……」
そのとき、ボクの頭の中に、はるか昔のどこかの記憶がよみがえった。この場面は……フルール様がかわいいって言われている場面だ!
どうやらフルール様は会う人会う人、”美しい”とか”キレイだ”とかばかり言われていたようだ。でも肝心のフルール様は、それよりも”かわいい”って言って欲しかったようである。
フルール様の回想シーンで部屋の様子が描かれる。……これってボクが見てもいいのかな? あ、部屋にはかわいいぬいぐるみがいっぱい置いてある。それを抱き枕にして、寝間着姿のフルール様が幸せそうに眠っている。
これ、見たらダメなやつだ!
記憶をかき消そうと頭をブンブンと振る。よし、飛んで行ったぞ。フルール様がフリルがたくさんついた、ピンク色のネグリジェを着ていた記憶はキレイに吹き飛んだ。
つまりフルール様は、自分もぬいぐるみのように”かわいい”って言われたかったということである。
そしてどうやらその願いを、ボクがかなえてしまったようだ。なんでこうなるの。
どうしてもっと早くこの記憶がよみがえらなかったんだ。そしたらこの状況を回避できたのに。
端から見ると、ボクがフルール様を泣かせているように見えるはずだ。これはまずい。
「ふ、フルールさんも一緒に魔法の練習をしませんか? ほら、もうすぐ実力テストがあるでしょう?」
「やっぱりそれに向けての練習をするためにここへ来ていたのね。ジルベールは頑張り屋さんなのね」
立ち上がったフルール様の顔は赤いままだった。もしかして、変なフラグが立っちゃった? そんなことないよね? アハハ……ないよね?
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