第5話 採取依頼

 最初の依頼は定番の採取依頼にした。

 理由は、僕はそんなに戦闘が好きじゃないことと、生産職を極めた通り生産に付随する材料採取がしたいこと。

 【ヴェルギオン・オンライン】とヴェルギオンでの行動……つまり、採取アクションやスキルの出方、体の動かし方の違いを確認することも目的だ。

 あと、自分のインベントリの中身が怖くてまだ見れていないので……時間ができたらそれも確認したい。


 簡便な物ならいいけど、貴重素材とか、それで生産したものとか、ランクも値段もとびぬけているものが記憶の通りなら、ある。

 もし……もしも……この世界にそれも反映されていたら、僕もメープル・ヒルに屋敷を構えた方がいいかもしれない。

 所持金はないけれど、売ったら確実にお金になるものが山ほどある。

 でも、インベントリに制限がないから僕は持ち歩けばいいのかな? それなら別に、メープル・ヒルに屋敷は要らないか。


 制作物はアイテムランクと数値で評価される。伝説級とか神話級とかいうあれ。

 生産スキルで作ったものはゲーム中でも美しい出来だった。特に古代級が出来た時にはアイテムが光り輝いていたものだ。こっちでもそうだったらどうしよう、目立つな。


 本当の名品は人に欲しがらせる力がある、という話は、ムー様と別の師匠に教えてもらったことがある。

 あまりそういうものに巻き込まれたくない。というか、今は自分の日常でいっぱいいっぱいだ。


 つらつら詮無いことを考えながら冒険者ギルドで受注を済ませ、昨日街に入った南門に向かう。

 朝ご飯は師匠と食べたし、少し様子見ということで、薬草採取に近くにある【碧玉の森】に向かうところだ。

 門に近づくと、昨日僕を担当してくれた兵士が立っていた。


「あ、えーと……」

「ヴェーゲだ。よう、ワタル。なぁ、この街で見たことないよな? お前さんはムー様の弟子なのか?」

「ヴェーゲさん、こんにちは! はい、ムー様は僕の師匠です。前に縁があって、それ以来弟子にしてもらってます」

「たいそうなお人に師事してんだなぁ」

「僕も、まさかメープル・ヒルにお屋敷がある程お金持ちの人だとは思いませんでした」


 すごいですよねぇ、と師匠を自慢に思いながら頷いていると、ヴェーゲさんが珍妙な顔をした。

 そして少し考えてから、あ~、と唸り、何か言葉を飲み込んで、何事か頷いて、それから僕の肩をぽんぽんと叩く。

 一体何だろう。師匠関連だというのは分かるのだけれど。


「ま、それはそれとして。身分証は?」

「はい! 冒険者ギルドに登録しました!」

「おー、よかったな。担当は誰だったんだ?」

「マリンさんです」

「マリンちゃんはいい子だぜ、当たりだったな。……ここ数年、低級冒険者の依頼失敗が多いんだよ。怪我もな。産業ギルドと連携してマニュアルも作ってるらしいんだが、まぁ真面目に読む奴も少なくてな」

「あぁ……あの圧は、そういう」


 納得して頷いた。思わぬ情報がここで聞けたが、なんで依頼の失敗が多いなんてことになるのかは分からない。

 それに、別にそれは僕に課せられた問題ではない気がするし。僕がいきなり何も知らずに口や手を出すのは余計なお世話、というやつだ。今は考えなくてもいいだろう。


 僕にできるのは、まずはマニュアルに目を通して理解をすることと、無事に依頼をこなして堅実に信用と実績を積み重ねること。

 これもまた別の師匠が、ゲームの中で生産ギルドの依頼を受ける時に教えてくれたこと。こっちの世界の冒険者としても大事にしていこう。


「じゃあ、僕はしっかり成功させて帰ってきますね! いってきます!」

「おう、気をつけてな!」


 アガサタウンを出て街道沿いに暫く進み、糸杉が一本生えている丘が見えてきたら、左手に森に入る道がある、とマニュアルには書いてある。

 アガサタウン近くの地図も載っているし、マニュアルは便利だな。


『ワタル、おはようございます。昨日はお楽しみでしたね』

「ナヴィ! まって、それ前世のRPGで勇者が言われるやつでしょ」

『はい。ワタルの記憶にあったので、引用してみました。何か違いましたか?』


 どうしよう。違う理由を説明すると、かえって僕と師匠が昨夜“お楽しみ”だったことになってしまう。これは……スルーしかない。


「そんなことより、ナヴィって街中だと喋れないの?」

『いえ、そんなことはありません。ですが、ワタルにとって指針が2つあるというのは混乱を招くかと思い、他にワタルに対して敵意がない、導くことが出来る人物がいる時には出現を控えています』

「僕のためだったんだ。ありがとう、ナヴィ。でも頭の中でちょっとしたことを聞くのには、できれば答えて欲しい。前世のゲームと比べてどう、って話とか」

『わかりました。では、その手の質問には応答することにします。ワタル、そろそろ碧玉の森です』

「本当だ! 採取ポイントを確認してから入るよ」

『では、その間私は索敵しておきます』


 森の入り口でマニュアルを確認し、マリンさんに教わった採取ポイントへのルートを見る。

 それから、無属性魔法の【地図生成】に仮の地図としてマニュアルの地図をコピー&ペースト。これで、分厚いマニュアルを片手に抱えながら進まなくていい。


 【地図生成】は歩いた所、自分で認識したところが地図として追加される魔法。

 ダンジョンにしかない素材を取りに行くとなった時、師匠にまずはこの魔法を覚えるようにと無属性魔法をレベル3まであげさせられたのだ。

 おかげで迷う事はなくなったし、何に注意を払えばいいのか、という点も教えてもらえた。罠や植生なんかは自分が認識しなければ反映されないものだから。


「よし、準備できた。行くよ、ナヴィ」

『はい、ワタル。敵意ある魔物は確認できていませんので、まずは進みましょう』


 危ない場所や隠れている敵がいないか、鑑定スキルと地図ウインドウを併用しながら森を進む。今のところ不審なものはないし、地図も順調に埋まっていく。

 鑑定のおかげで歩いたところから半径10メートル程度は綺麗にマッピングできたと思う。

 そうして採取ポイントに到着した。魔物との接敵がなかったのはナヴィのおかげだろう。


「さて、依頼は【メディス草】【魔素草】【陽光花】……初級ポーションの材料? 店売りで栽培種って聞いたんだけど、ゲームとこっちじゃやっぱり違うのかな?」

『回答。ヴェルギオンでここから南に位置する3国が現在魔族と長期戦争中のため、冒険者や錬金術師が招集されています。5年以上にわたり、魔族とそれ以外の友好種族により、土地を争っている状態です』

「あぁ、だから……そっか。じゃあ栽培したものは薬になって出荷されてる、って、ことだ?」

『はい。そのため、戦地意外の医療機関で扱うもの、冒険者に持たせるための薬とその材料はどこも現地調達となります。多ければ多い程喜ばれるでしょう。しかし、終戦の見込みが立たないため、長期的に採取できるような採取方法を推奨します』


 ナヴィは本当に有能だ。何者なんだろうなぁ、ナヴィって。

 でも、その話をして押し問答になるのも困る。陽光花は太陽が出ている間しか採取できないし。

 今はとりあえず薬草を採取してしまおう。


「よし、じゃあまずは【範囲指定】!」


 採取ポイントは森の中にある野原だ。師匠の屋敷よりも広い敷地……ゲーム中に見た街のマップでいうなら、メープル・ヒル全部くらいの大きさがある。

 そこをすべて範囲指定し、薬草を【検索】する。さっきの三種類が生えている所に、それぞれ色分けされたマーカーが乱立した。僕にしか見えないけれど、割と異様な光景だな……。


 鑑定スキルがカンストしてからは、この方法であらゆる場所で採取してきた。現実でもうまくいくとは思わなかったから、嬉しい誤算だ。


 マーカーがついた薬草類に素材収集スキルを使う。

 あらゆる素材を好きな状態で採取できるから便利だ。今回の採取条件は、【3日後にはもう一度採取できるように】にしておこう。


「条件設定完了! 【素材収集】スキルで状態優良となるように採取!」


 マーカーのついた場所からどんどん薬草が空を飛んで僕の目の前に集まってくる。

 調合に使うのは、メディス草なら上から3番目の葉までの柔らかいところまで、魔素草は茎は要らずこれも柔らかい一番上の若い葉のみ、陽光花は一番てっぺんに咲いている花だけ。

 それ以外の部分は、調合する時に混ぜると品質を低下させる。店売りの初級ポーションの品質が大抵悪いのは、ゲーム中の世界観だとあまり研究してる人がいなかったんだろうなぁと思う。ある程度お金が溜まったら、プレイヤーの生産職から買った方がよかったし。

 僕は売る側だったけど。


 目の前にそれぞれの必要部分が山と積まれていく。

 採取時に生物の体温で直接触ってしまうと、それも原因で薬草類は枯れたり、採取部分の復活が遅くなったりもする。

 採取ポイントのマーカーはどんどん数を減らし、僕の目の前は素材が僕の膝までの高さに積まれた。

 すべてのマーカーが消えたので、一度鑑定スキルで混ざりものがないか検索をかけ、素材の山をインベントリに収納した。ちゃんと、インベントリに入るとアイテム名で揃えられて数は纏められるので助かる。


「うん、依頼分は採取できた。でもこれ、ちゃんと薬草として数えてもらえると思う?」

『冒険者ギルドでは、納品時に鑑定スキルで品質確認、または魔導具を使った鑑定とカウントを行います。問題無く受理されるでしょう』

「そっか、それならよかった。数が必要なら、この方法が広まるといいな」

『栽培はできませんからね』


 栽培したものは前線に全て送られる。まだこちらの世界では確認していないけれど、必要部分以外も引っこ抜いたりしているのなら、材料の栽培もおいついていないかもしれない。

 ……とはいえ、それに口と手を出すのは余計なお世話、になるはず。うん。師匠は、手伝うのならば見極めが大事、って言ってた。


「さてじゃあ、あとは……あっちに川がある。そこで休憩と……インベントリの確認をしようかな」

『索敵を行います。……問題ありません、進みましょう』

「うん! あと、ナヴィのことも聞きたいな」

『川についてから回答します。ここは非安全区域です、警戒を』

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