第4話 冒険者ギルド

 食事を終えて店を出ると、外はすでに暗くなっていた。とはいえ、街中は炎でも電球でもない明かりに照らされている。あたたかなオレンジ色の魔導具の外灯の他に、店や家から白い光が漏れているため、歩きにくいこともない。


 転生最初の食事、実は途中から記憶がない。

 お腹いっぱい食べたし、何を食べたかは覚えているし、美味しかったという事は分かる。けれど、一つ一つの味を詳細に思い出そうとすると脳が拒否するのだ。

 たぶん、これは僕がまだ香り、味、食感、それらによってもたらされる感動に思考がついていっていないのだと思う。

 好き嫌い、というのも特になく、美味しく食べられた。やはりゲームの食事はゲームの食事。いくらこの世界のミラーリングされたパラレルワールドが舞台だったとしても、現実ではなかった。


「ワタル、今日はもう遅いので、僕の家に帰りましょう。明日いろいろと手続きから始めませんか?」

「師匠……! はい、お願いします!」

「よろしい。家でお話しもしましょうね」


 勢いよく頷く。師匠は本当に、見た目も言葉も美しいし、行動にも無駄がない。食事量は凄まじいけれど。

 食事もカトラリーを使い、手づかみもすることなく、綺麗に食べていた。骨から身をあそこまで綺麗にこそげ落としておきながら、師匠は派手な音をたてたりもしなかった。僕はそこまで完璧なテーブルマナーはないので、割と悪戦苦闘もしたけれど。


 中央広場を超えて、東側に曲がって進む。

 ゲーム中だと街の東は住宅街だ。メープル・ヒルと呼ばれる、壁に囲まれ立派な門がある、高級住宅街が中心部にあったはず。

 師匠? ……師匠、気のせいですか? 今そのメープル・ヒルに顔パスで入りましたか?


「僕、それなりに長く生きてきたので、インベントリに入れておくと場所を圧迫する感じの盗まれてはいけないもの、結構あるんです。なので治安を考えてこちらに居を構えています」

「ゲーム中でもここは依頼がないと入れないので、知りませんでした……! 師匠ってやっぱりすごいんですね」

「ふふ、こちらですワタル。くつろいでくださいね」


 機嫌よく僕を屋敷に招いた師匠は、自ら門を開き、両開きの屋敷の扉を開いて中に僕を入れてくれた。


「お、お邪魔します」


 中に入るとき、何か薄い膜を潜るような感覚があった。不思議に思って扉を振り返るものの、何もない。前庭が見えるだけだ。

 聞きたいこと、話したいことが山のようにあるので、今は一旦保留にしておく。

 焦ることはない。


(ナヴィがずっと沈黙しているのも気になる……、ナヴィ?)


 答えはない。もしかして、街中とかだと起動しないのかもしれない。

 ナヴィにも聞きたいことは山ほどあるが、こちらも、焦る必要もない。


 師匠とまずは話をしよう、と思ったのに、浴室に案内され客間に通され温かいお茶を貰って、僕はあっけなく眠ってしまった。

 まぁ、焦ることは、ない。ぐぅ。


   ◇◇◇


「冒険者ギルドへようこそ! ご登録ですか?」

「あ、はい。お願いします」


 カウンターを隔てて綺麗なお姉さんが笑顔で話しかけてくれた。

 茶色のロングヘアに、ギルド職員である証の帽子を被り、前世でいうところの軍服風の見慣れた制服に身を包んでいる。


 明るいミントグリーンの制服はなかなか凝っていて、女性職員はひざ丈のスカート、男性職員はズボンという違いはあれど、この制服を着ているのは冒険者ギルド職員、と一発で分かるので助かる。

 この辺は、ゲームにもNPCがいたので知っている通り。でも職員さんに知っている人はいない。本当にNPCの場合と、師匠のような現地の人がいるみたいだ。


 当の師匠は僕を冒険者ギルド前に置き去りにして、仕事に行った。ナヴィも応えないので異世界2日目、いきなり放り出されたけれど、異世界なのが問題なのではなく社会に出たことがないというのが問題だと思う。

 とはいえ、僕はそんなに物おじしない性質らしい。仕事に行く師匠の邪魔をするのもどうかと思うし、素直に冒険者ギルドに入った。


「冒険者ギルド自体は初めてですか?」

「はい! この街にも昨日着いたところです」

「そうですか。ようこそ、アガサタウンへ! 最初に冒険者ギルドのシステムをご説明しますね」

「お願いします」


 冒険者ギルドは国境を超えた冒険者の互助組織。設立運営の全てに他の国家、宗教、そのほか団体の介入は避けている独立組織だそう。

 もちろん、国によっては冒険者ギルドを圧迫しているところもあるらしいが、このアガサタウンがある自由国家・ボレアスは、比較的冒険者の地位が高いらしい。


 身分制度と切り離して考えられるものではあるけれど、各国の決まりには従うようになっている。どこかの国民である前に冒険者という事が優先されるので、問題を起こしたら冒険者ギルドが責任を負うそうだ。

 他にも、怪我や病気の治療、生活補助金制度など、色々便利な制度があるらしい。詳しくはこちらのパンフレット21ページから記載されています、と分厚い本を渡された。


 次に、冒険者のランクについて。

 青銅級、赤銅級、淡紅銀級、濃紅銀級、白銀級、金級、金剛級が定められている。

 最初は青銅から初めて、依頼達成率によって級があがる。一般的な冒険者は淡紅銀級か濃紅銀級、街に一人いればすごいのが白銀級、というのも教えてもらった。

 依頼を受けないようならば半年で休業とみなされて、冒険者証が身分証として機能しなくなる。一年で登録抹消、もう一度最初から、だそう。


 なるほど~、と頷いていたら、詳しくはパンフレットの43ページからを参照ください、と案内された。この調子で相当詳しく書いてあるなら、パンフレットが分厚いのも当然だと思う。


 お姉さんがカウンターの机の下から何か道具を取り出す。

 カウンターに置かれたのは、門の所で手をかざした石板に水晶が嵌った装置の、もっと大きいものだ。サイドにカードスロットがあり、今は何も記載されていない厚手のカードが射し込まれている。サイズは名刺くらいで、真っ白。紙じゃなく石っぽい。

 水晶の横には針がついている。血でも垂らすんだろうか。


「では、こちらの水晶に血液を一滴お願いします」

「わかりました」

「冒険者のステータスなどは開示の必要はありませんが、血液による登録を済ませておくことでお金の出し入れを行えたり、騙りを防ぎます。他にもいろんな機能はあるのですが、詳しくはパンフレット5ページ目に記載されています」


 当たった。採血は慣れっこではあるが、実は得意ではない。採血した日は必ず貧血で他になにもできなくなる、という刷り込みがある。

 この体は違うんだ、と自分に言い聞かせながら、ドキドキしつつ指を針に押し付けた。

 痛痒い感覚のあと、ぷっくりと血の球が浮かんで、それを水晶に落とす。


 水晶に血液が血管が走るように広がって、一度白く光る。

 すると、カードに文字が浮かんできた。ちなみに文字はヴェルギオン共通語。

 僕はなぜかゲーム時代に師匠に教えられている。謎解きに必要なのかな? と思って覚えたのだが、ついぞその手のクエストはなかった。どうやら、転生後に繋がっていたらしい。


 ローマ字と似た感じの文字を使い、日本語と同じように記述するので、そんなに苦労はしなかった。聞く、喋るは当たり前にできているけれど、これも日本語ではなさそうなんだよな。自動翻訳的なものが働いてくれているならそれでいいけれど。


「はい、ご登録ありがとうございます。こちら、ワタルさんの冒険者カードになります。青銅級からですね!」


 手渡されたカードには、名前、ランク、どの支部で登録したのか、などが記されている。冒険者ギルドの象徴である槍の紋様も入っていた。なかなかお洒落だ。


「ありがとうございます。えっと……受付のお姉さん」

「あ、これは大変失礼しました。受付嬢のマリンと申します。登録、受注、報告窓口担当なので、今後お仕事される際にはどうぞよろしくお願いします!」


 にこやかに挨拶と握手を済ませ、冒険者ギルドの使い方を簡単に教わった。


 ギルドに入って右手の壁一面を使った掲示板にはランクごとの依頼があり、毎朝8時に新規依頼が張り出される。低ランクは入り口側、高ランクはカウンター側にあるらしい。


 左手側は購買、食堂カウンター、素材買い取りカウンターがある。真ん中には半円形のカウンターに受付窓口が5つ並んだ、今僕がいるところ。

 ギルド内は広々としているが、そこに丸机と簡易な椅子が沢山並んでいる。

 食堂メニューを食べるのも、作戦会議をするのも使えるように、という事らしい。


「ありがとうございます。じゃあ、さっそく依頼を見てきてもいいですか?」

「はい。ワタルさんが受けたい依頼書をはがしてこちらのカウンターにお持ちください。ギルドカードと一緒に出してもらえれば、こちらで受注の処理をします」

「わかりました。ありがとうマリンさん」


 軽く会釈してからカウンターを離れる。


「ワタルさん!」

「えっ、はい!」


 背中を向けたとたん、マリンさんに大きな声で呼び止められた。

 慌ててカウンターに戻ると、分厚いパンフレットをぐい、と押し付けられる。


「こちら、どうぞ。どうぞお持ちに。お持ちになってください」

「えっ……あの、……はい」


 こわ、こわい。圧がつよい。美人の真顔怖い。

 すごい真顔で押し付けられた。もちろん、その気迫に対して断るという選択肢はなく、僕はインベントリにそれを収納した。

 一体、何が彼女にそうさせたのだろう。


 ひとまず、僕は依頼掲示板の入り口近くから初仕事を選ぶことにした。

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