葉山理緒と九重美咲 15

 日曜日、デート当日。

 行先はケーキバイキングとした。悩んでいたところに香澄が割引券をくれたのだ。なんだかんだ世話になり続けているのは少し気にかかったが、くれるものを断る理由もなかった。代わりにデートの詳細を聞かせるようにと言われてしまったが。

 美咲の家に行った時にケーキを美味しそうに食べていたのできっと受け入れてくれるだろうと思ったのだが、ちゃんと快諾してくれたので安心した。理緒もケーキを食べられるのは楽しみだった。

 美咲と会ってどうするのか。いや、理緒の方に明確な目的があるとはいえない。前に進むとか言ったところで、どうすれば前に進んだことになるのかわからないのだ。


『じゃあ、理緒も美咲ちゃんと仲良くしたいってことなんだね』


 仲良く、というのも抽象的な言葉だ。休日に食事に行くぐらいなら、十分に仲が良いのではないかと思う。理緒にそういう用事で誘える友人はほんの数人しかいない。

 待ち合わせ場所に向かいながら、理緒はだんだんと緊張していく自分を自覚していた。理由はいろいろあるような気がしたが、一番大きいのは間違いなくこれだった。


「落ち着かないなぁ……」


 スカートの裾を掴んでうめく。

 今日着ているのは、沙耶と一緒に選んだものだ。黒のひらひらしたスカート(なんとかスカートと言っていたが、忘れてしまった)に、ベージュのニットを上に着ている。ニットはやや裾が長いような気がして、収まりが悪く落ち着かない。

 普段着慣れないものなので、良いのか悪いのかさっぱりだ。家で鏡を見ていても、やはり似合っているのかどうかもわからない。

 お召かししているというのは多分伝わるだろう。というか伝わって欲しい。美咲のために用意したといってもいいものなのだ。

 待ち合わせ場所は、前回の時と同じ札幌駅南口だ。日曜日なのでやはり人が多くて早くも疲れてきていた。香澄にもらった割引券で場所を決めたのでどうしようもなかったが、次はもう少し違うところにした方が良いかもしれない。


(次……)


 自然に浮かんだ言葉に、軽く顔をしかめる。

 友人なら変なことではないのだが、どうにも妙なニュアンスがこもっているような気がしてしまう。香澄や沙耶もそういう方向で話をしてくるので、理緒自身が意識しすぎてしまっているのかもしれない。


(そうだよ、意識しすぎ。前回はあたしも悪かったから、今回はちゃんと話して……)


 待ち合わせ場所には、美咲が先に来ていた。

 美咲も同時に理緒に気付いて、満面の笑みで胸元で小さく手を振ってくる。

 理緒は苦笑しながら、軽く手を振り返して近づいていく。


「おはよ、遅かった?」

「私も来たばっかりですよ」


 穏やかに微笑む美咲の全身を眺める。前回とはまた違う白いリボンが頭の両側を彩っている。青のロングフレアスカートに白シャツというシンプルな服装なのに、美咲をとてもかわいらしく見せていた。なにがどう働いてそうなるのか、理緒には見当もつかない。

 要は、とてもキレイだった。


「あの時買ってた服って、それですか?」

「うん……どう、かな」


 訊きながら頬が熱を持つを感じた。何を訊いてるんだと自分を引っ叩きたいぐらいだった。


「すっごく似合ってます、見とれちゃうぐらい可愛いです!」

「あ、ありがと……」


 迷いなく断言されて、余計に照れてしまった。これを香澄あたりが言ったのなら適当に何か言い返せるのだが。


「美咲も……」


 可愛いよ、と言おうとして言葉が出てこなかった。照れを引きずって、上手く言える気がしなかった。

 美咲はきょとんと小首を傾げている。

 その眼差しを見返すことができず、諦めて別のことを口にした。


「んと……行こうか」

「はい」


 にこやかに頷く美咲と、駅構内を出る。

 スマートフォンで地図アプリを呼び出し、場所を確認しながら歩く。初めて行く場所なのでよくわからず、何度もスマートフォンと前とを視線を移していく。


「ごめん、一回確認するね」


 スマートフォンを手にしたまま、人通りの邪魔にならないところに移動する。地図アプリも使ったのは昨日が初めてなので、どう操作するのかよくわからない。

 苦戦していると、美咲が画面をのぞき込んできた。


「どこなんですか?」

「なんとかホテルで……なんだっけな。ちょっと待ってアプリ再起動するから」


 操作しながらふと横目を向けると、美咲の顔が近くにあった。近くで見ると、ますますキレイだなと思わされる顔立ちをしている。美咲は理緒の視線には気づかず、画面を見つめている。

 ゆっくりと視線を戻す。ちょうどアプリの再起動が終わり、現在地が表示された。目的地を入力していると、美咲が「あ」と声を上げた。


「そこならわかりますよ? ほらこっちの……」


 美咲が画面を指さして説明しようとする。とん、と二人の肩が触れ合い、美咲は驚いたように顔を向けてきた。


「あ、す、すいません!」


 美咲は大げさなぐらい飛びのいて、あたふたと頭を下げた。

 理緒は困ったように苦笑いして、スマートフォンをポケットにしまった。


「場所わかるんだね。教えてもらっていい?」

「は、はい……」


 顔を上げた美咲の顔はわずかに紅潮しているように見えた。それを誤魔化すようにあははと笑って、こっちですと道を示した。

 目的地を目指しながら、今の反応はどう受け止めればいいのかを頭の片隅で考えていた。


(あんな風に離れるって……)


 どこか釈然としない思いで美咲をちらりと見る。隣を歩く美咲は、さきほどまでと距離が変わっているわけではない。

 まあいいかと考えるのを止めにする。どの道、理緒の目にももう目的地が見え始めていた。


「あそこですね」

「うん。美咲は知ってたんだ? あのホテル」

「はい。コーヒーを飲みに行ったことがあったので」

「ほんとに好きなんだね」


 感心してつぶやくと、美咲は照れたように笑った。

 ホテルに入ってからも理緒はどこに行けばよいのかわからず、結局美咲の案内で会場まで行くこととなった。自分の段取りの悪さに嫌気が差すのだが、美咲は見る限りは気にしている風ではなさそうだった。

 会場に入ると、慣れなさからか気後れを強く感じた。さすがに受付までも美咲にやってもらうのははばかられたので、理緒がちゃんと受付を済ませた。

 席に移動しながら、全体を見回す。


「バイキングだね……」


 そんな感想が口から漏れると、美咲はおかしそうに微笑んで、


「だってケーキバイキングですよ?」

「そうなんだけどさ、あたしこういうの初めてだから」

「わたしもケーキバイキング自体は初めてです。なんか楽しくなってきました」

「早くない?」


 言いながらも、理緒も同じような感情を抱いていた。理緒は思い切り出不精で、外で食事をすることも多くはない。大げさに言えば未知の場所であり、それにわくわくを感じていることが自分でも意外だった。

 美咲は端から見ても楽しそうな雰囲気を溢れさせていた。面白がって、後ろから美咲を見ながらバイキングへ向かう。

 理緒が選び終わっても、美咲のトレイにはまだケーキは一つも載っていなかった。真剣な眼差しでケーキを見つめ、どれにするか悩んでいるようだ。


「どれでも食べられるんだから、最初のは気軽に選んだら?」

「そうなんですけど……」


 曖昧に応じながら、美咲の視線はケーキに固定したままだ。

 理緒は一分ほど待って、美咲が見ているケーキをトングで掴んでトレイに載せてやった。


「これじゃダメ?」

「す、すいません。待たせてますね」

「ううん、あたしはいいんだけど。時間制限もあるしさ」

「はい。ですね」


 美咲は思い切ったように残りのケーキを一気に選んだ。選んだというより悩んでいたものを全部取ったという状態で、トレイには所狭しとケーキが並んでいるという有様だった。理緒の方はみっつほどをちょこんと載せているだけだ。

 席に戻ると、美咲は手を合わせていただきますと礼をした。理緒も慌てて合わせる。

 美咲は、今度はどれから食べ始めるかを悩んでいるようだった。おかしくて、くすりと笑う。

 美咲がケーキから理緒に視線を移した。


「理緒さん……今、笑いました?」

「え? うん、悩んでる美咲が面白くて。いやバカにしてるわけじゃなくてね」


 とっさにフォローをつけ足すが、美咲は微妙な表情でケーキに視線を戻した。

 印象悪かったかなと内心で嘆息する。下手に笑ったりはしないようにした方がいいのかもしれない。


(今日は、雰囲気悪くならないように)


 目標を再確認して、ケーキにフォークをさくりと刺した。

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