葉山理緒と九重美咲 12
あれ以来、理緒のことばかり考えている。
この言い方は正確ではない。理緒のことというより、理緒と喫茶店に行った時のことばかりというのが実際のところだ。
言ってしまえば、
(なにをやってたんだわたしは……)
という後悔だ。
踏み込みすぎて理緒を不愉快にさせて、あげく変に追いかけてまた会いたいと駄々をこねた。理緒が承諾してくれたから良いものの、そうでなければ目も当てられないところだった。
理緒を追いかけたあの時はまったく自分のことをコントロールできていなかった。衝動のまま行動し、訳の分からないまま理緒に求めた。
思い返すたびに恥ずかしさに顔が真っ赤になる。思い出そうとしなくても、勝手に脳裏に浮かんできては顔が赤くなってしまう。
こんな風になるのは初めてで、どう振舞えばいいのかがわからない。
理緒と出かけた当日から、そんなことばかりを繰り返し考えている。少しは時間が経ったというのに、回復する兆しすら感じられない。
「美咲」
「え?」
夢から覚めたような心地で、間の抜けた返事を返す。
学校の教室だ。授業を受けていたはずだが、昼休みになっていたようだ。クラスメイトたちがそれぞれ集まって昼食を食べ始めている。
声をかけてきたのは、友人の綾乃だった。呆れたような眼差しを座ったままの美咲に落としている。
「授業終わったよ。いつまでぼーっとしてるの?」
「ぼーっとなんてしてないよ」
「へえ」
口を尖らせて言い返すのだが、綾乃は取り合わずに持ってきた椅子に腰かけた。美咲と向かい合わせになり、机に菓子パンとお茶のペットボトルを並べていく。
美咲も鞄から弁当を出して蓋を開ける。端っこの苺はいつもならテンションが上がるものなのだが、今日は――というか最近は上がりきりはしない。
黙々と食べ始める綾乃にならって、美咲も箸をとる。
綾乃はあっという間に菓子パンを食べ終わってしまい、お茶を飲みながら所在なげにしている。これ自体はいつものことなのだが。
「あのさ、綾乃」
「うん」
遠慮がちに声をかける。綾乃は普通に反応して、美咲の言葉を促すように小首を傾げた。
「……なんでもない」
話すことをやめて、視線を机に落として食事を続ける。
明確な悩み事といえるものでもなく、うまく言葉にできないものを話されても綾乃も困ってしまうのだろうと思ったのだが。
綾乃ははっきりと不機嫌そうに眉根を寄せて苦言を述べた。
「美咲さ、話があるなら聞くけど、話さないなら普通にしててくんない?」
「……ごめん」
「誰が謝ってって言ったの。話聞いてた?」
「うぐ……」
容赦のない当たりに、思わずうめく。綾乃の容赦のなさはわかっている。ずばずば言える彼女だからこそ、美咲も自分の態度に問題があったことを認めるしかなかった。なにしろ気にしないでとすら言ってなかった。
はーっと大きく息を吐いて、観念する。
「聞いてもらっていい?」
「話があるなら聞くって言ったでしょ」
ぶっきらぼうな言い方がおかしくて、くすりと笑うことができた。
☆☆☆
さすがに教室で話すのも微妙かもと移動することにした。
かといってあてもない美咲だったが、綾乃は迷いなくある部屋まで移動した。表示の札を疑問に読み上げる。
「演劇部?」
「道具置き場らしいけど、結構広いんだよ。ホコリもそんなにないし」
綾乃は迷いなくドアを開けて中に入っていった。美咲を手つきで誘ってくるので、おっかなびっくり入っていく。
中はそれなりにキレイだった。確かに演劇の大道具らしいものが秩序なく並んでいる。
きょろきょろと部屋を見回して、不安そうに訊ねる。
「綾乃って演劇部だったっけ?」
「そんなわけないでしょ」
言下に否定する綾乃に、さらに不安を覚えて問いを重ねる。
「ここ、入って大丈夫?」
「誰も来ないし、鍵も開いてるんだから問題ないでしょ。あたしは何度も来てるし」
「たまに授業サボってると思ったらここに来てたの?」
綾乃はそれには答えずに、部屋のある場所に導いた。
大道具の陰に隠れるように、カーペットが敷いてあった。綾乃は普通に腰かけて、美咲を促すようにじっと見上げてきた。
色々と諦めて、同じくカーペットに座り込む。見た目よりも柔らかくて、座りやすかった。
「で、話って?」
「えっと……」
少し本気で忘れかけていた。綾乃を見つめて、あのねと語りだす。
「前に話した理緒さんのことなんだけど……」
理緒とのことをかいつまんで話す。どこかでオブラートに包もうと思ったのだが、うまくいかずに結局すべてをそのままに話した。
聞き終えた綾乃は、間髪入れずに質問を口にした。
「なんでその人をそんなに気にするの?」
「……わたしにもわからないよ」
拗ねた調子で答えを返す。それがわからないから、こうして話をしているのだ。
理緒のあの傷ついたような顔が、仕方ないことと諦めたような嫌な笑みが、頭にちらつく。
「そりゃ不躾だったかもしれないけど、どうしても気になっちゃって……」
「会ってすぐなのにそんなに踏み込んだら怒るのも当然だと思うけど」
あっさりと正論を返されて、頭を抱えていやいやするようにかぶりを振る。
綾乃はあぐらをかいて、だらけた姿勢でぼんやりとつぶやいた。
「美咲っぽいっていえばそうかもしれないけど」
「え、わたしってそんなイメージ?」
「何言ってんの。あたしの時のこと覚えてないの?」
「そうだけど……」
綾乃と友達になった時、美咲は今よりもっと変な意味で積極的だった。
その主義は捨てたはずで、実際にそうしてきたのだが。
「気になっちゃうんだよ。どうしても、理緒さんのこと」
「好きなんじゃん」
「え?」
何を言われたのかわからずに聞き返す。綾乃は「だからさ」と若干イラついたように、
「好きなんじゃないの、その人のこと」
「好きって……そりゃ嫌いなら会おうなんて思わないけど」
「そうじゃなくて……恋愛として」
「恋愛って……女の人だって言わなかったっけ」
焦って手を振りながら否定するが、綾乃の反応は冷ややかだった。
「だから何?」
「いや……」
何かを言おうとするのだが、言葉が出てこない。
綾乃の目はひどく真剣で、下手な言葉は返せないと思わされる。
恋愛として理緒のことが好きなのか、正直美咲としては考えたことすらなかった。
ただでさえ理緒とのことがわかっていなかったのに、そんなこと言われたってわかるわけがなかった。
「ごめん、よくわからない。わたし初恋もまだだし……理緒さんのこと好きかっていうと……うう、混乱してきた……!」
訳が分からなくなって、弱音を吐露する。
初恋もまだの美咲にとって、恋愛とはどういうものなのかすらわからない。どんな感じなのかも、想像もつかない。
「じゃあ、美咲はその人にどうしてほしいの?」
「…………」
「何もしてほしくない?」
綾乃の言いざまは極端で、つい反感を抱え正面から見据える。
綾乃は笑っていた。おかしい笑みではない。まるで、理緒と同じような普段の綾乃のそれとはまるで違う笑み。
あ、と気づくものがあった。そのまま言葉として口にする。
「笑ってほしい」
「……どういうこと?」
「理緒さん、笑うは笑うんだけどなんか無理してる感じで、それがすごく嫌なんだよ。だから……理緒さんがちゃんと笑ってるところみたい。そうしたら……安心できる気がする」
安心できる、というのも意味が分からないが、思ったのはそういうことだった。
綾乃はまた同じような笑みで言った。
「そ。いいんじゃない? 美咲がやりたいようにやれば」
「……綾乃は、何もない? 話すこと」
「は? まずは自分のこと考えなよ」
美咲の額を小突く綾乃の笑みは、いつものものと同じものに戻っていた。
そうされると何も訊くことができない。それに、自分のことをちゃんとさせるということは間違っていない。
理緒のちゃんとした笑顔を見たい。
言葉にされたそれは、美咲にとってとてもしっくりするものだった。
そのためにどうするのかはまったくわからないままだったけども。
けれど、そのために何かできないかと思い始めていた。
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