第9話 隠しダンジョン攻略後のこと

 身体が粉砕されたゴートキングは灰へと還り、その巨体は消滅した。


 力を使い切ったのか、神崎琢磨と来栖愛奈はその場で腰をつく。


 お互い満身創痍でとても動ける状態ではなかった。


 しばらくの間、神崎琢磨と来栖愛奈はゴートキングを貫いた紅黒の大鎌を眺める。


 神崎琢磨の武器、デスサイズはモンスターの

胴体を貫通させた後、ダンジョン内部の壁に突き刺さったのだ。


「……や、やったのね」


 歓喜というよりは安堵の声が側から聞こえた。


 顔も身体も煤まみれでボロボロの愛奈はほっと安堵の息をついている。

 その姿を認めると、思わず俺も深呼吸を繰り返した。


 どうやら呼吸をするのも忘れてしまっていたらしい。

 それほどまでに、緊迫した闘いだったということだろう。


 愛奈と共闘し、モンスターを打ち破ったことの歓びを共有しようと考えたところで―――機械音が辺りに響く。


『モンスターの討伐を確認。ダンジョン攻略を記録しました。プレイヤーは二名。戦闘での貢献度で相応の経験値を付与します。身体の損傷は転移後に回復とします』


 その声に合わせてモニター画面が表示された。

 画面が示すのは転移するまでの時間。

 時間が3分と表示されている。


 さて、隠しダンジョンは冒険者にとっての罠であるからか、攻略後には報酬が与えられる仕組みとなっていた。


 それは原作と同じ仕様であるらしい。


 この機械音は何度も聞いてきたからな……。

 ふと原作をプレイしていた時の懐かしい気持ちに浸っていると、愛奈が困惑の声をあげた。


「……よく分からない文言が多いし、なによ。このモニターの表記は」

「セーブポイントまでの転移時間だろうな。攻略された隠しダンジョンは崩壊するのが通説だし」


 きっとセーブポイントは直近でプレイヤーが寝た場所で設定されていることだろう。

 つまり俺の場合は自宅のベッド。そこに転移する可能性が非常に高い。

 なにせ原作でもそれは同じだったからな。


 そう内心で思いながら、答えると愛奈は首を傾げてこちらを見やった。


「セーブポイント? 崩壊?」


 知らない言葉が多いのか、愛奈は困惑を深める。

 そして、顎に手をやって思案し始めると疑惑の眼をこちらに向けてきた。


「あなたの武器といい……ダンジョンの、私の知らない知見があるといい……あなたは一体……」

「……あぁ、なんかそういう本を見た覚えがあってだな」

「まあ、事情は誰にもあるだろうし……詮索はしない」


 それに、と付け加えて愛奈はぶっきらぼうに答えた。


「……ありがと。おかげで助かった」

「いや、それは俺の方こそ」


 そう答えると彼女はふと身体をこちらに向ける。


「転移まで時間がないみたいだから答えて。あなたの名前は?」

「俺は―――」


 と、そこで自信満々の表情で自己紹介を始めた。


 メインヒロインに向けて。

 いずれ最強に、チートになる彼女と俺は肩を並べられる存在だということを宣言するために。


「俺の名前は神崎琢磨。魔法学園の期待の新入生となる男――!」

「……神崎ね。あなたも新入生なんだ。実は私もで」


 共通点を見つけられた喜びからか、ぐっと身を乗り出して答える愛奈。


 そこで俺はあることに気づき思わず息をのんだ。


 愛奈……そういえば胸がでてるじゃないか。


 冷静になったところで、彼女の肌を視認してしまうと、途端に目のやり場に困った。


 おのれ、ゴートキングめ……よくも鎧を砕きやがったな。


 しかし、男の性なのかそれに、気づいてしまうと吸い寄せられるかのように、チラリと肌を見てしまうもので……。


 俺の視線に気づいたのか、愛奈は顔をほんのりと赤らめて答える。


「……少し心を開きそうになった私がバカだった……ヘンタイ」


 肩を震わせ、どこか嗜虐的でゴミを見るかの様な目つきで彼女は詠唱をし始めた。


 え、待て待て。待ってくれ……!


「………【炎の精霊にこたえし――】」

「じょ、上級魔法っ! いや死んじゃうから。ごめん、目のやり場に困って……」

「知るか、そんなこと」


 ……ひっ! ご、ご容赦を………。


 と、生きた心地がしない時間が少し経つとそのタイミングで転移が始まった。


 一瞬でワープし、ダンジョンから俺と愛奈の姿は忽然と姿を消すことになる。


(……た、助かった。いや待てよ? 自己紹介したし入学後には……)


 先の未来を想像すると俺は顔を真っ青にさせる。

 そこで、不安をかき消すためにも他のことを俺は考えた。


(そういえば……俺が介入しなかったら、いや本当は原作だと……この隠しダンジョンイベントはどうなってたんだろ)


 愛奈が覚醒した? はたまた誰か他に助けが?


 結局、そのあとしばらく考えてみたが、答えは謎のままだった。


♦♢♦


「……隠しダンジョンが突破されたとはな。これはびっくりだ」


 エルバスタ魔法学園、生徒会書記。

 序列三位の女性は静かにダンジョン内で呟く。


 本来であればギリギリまで追い詰められた愛奈を助けるのはこの女性なのだ。


 そして、助けられた愛奈は生徒会に憧れ学園入学後は生徒会に入るべく奔走する。


 それが原作での定められた流れであった。


「……下位ダンジョンで出ていいモンスターではなかったはずだが……。一体、どうやって攻略したというんだ?」


 興味深い、と言わんばかりにその女性は口角を緩ませる。


「いずれ大物になりそうだな。このダンジョンを攻略した新人冒険者は……」


 いつかの未来。

 手合わせできる未来を想像しその女性は恍惚の表情を浮かべるのであった。

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