第5話 武器強化

『ソードマジックラブリー』の世界で強さを決めるのは‘魂の武器‘の熟練度といっても過言ではない。


 強さの基準として魔法も、もちろん重要な要素の一つだが、魂の武器あってこその魔法なのだ。

 魔法はあくまで補助的なもので主戦力では魂の武器を使用していくのが通例である。


 少なくともゲームではそうだったため、その仕組みは踏襲されているに違いない。


 つまり、ソードマジックラブリ―の世界で強くなるには自分の身に宿る――"魂の武器"を使いこなす他ないのだ。


 魔導図書館で最推し——雫の側で魔法の知見を深めてから、俺は"魂の武器"の強化を行うことにした。


 神崎琢磨——独自の武器は大鎌。


 威力は絶大で見た目のルックスは禍々しく、廚二心をくすぐるが、何と言ってもこの武器は使いずらいのが欠点だ。


 ゲームではほぼ飾り同然だった気がする。


 振り切れれば一撃必殺に近い技をだせるが、魔力を大量に消費することと単純に重いことから振り切れないのが特徴だ。


 主人公や最推しの雫、他のメインヒロインをはじめとした‘チートキャラ‘がこの大鎌を持っていればさぞ、底無しのチートになっていたことだろう。


 神崎琢磨は使いこなせないのに、あろうことか、この大鎌が魂の武器として設定されたのだ。


 要は宝の持ち腐れ、というやつである。


 ゲームでは大鎌を振ることを諦め、神崎琢磨は「かっこいいだろ! 俺の武器」と見せびらかすだけにしており、あとは風魔法だけで戦っていたが、ゲーム知識のある俺から言わせれば大鎌を使わない手はなかった。


 それこそが、強くなるための……主人公やヒロイン達に追いつくための条件だ。


「……そうとなれば、鍛えるしかないよな」


 右手に顕現させた大鎌を握りつつ、俺は鎌に魔力を流し込む。


 最終目標は自由自在に鎌を振り回せるようにすることだが、今の目標としては大鎌に魔力を流し込むことで、鎌を宙に浮かばせる様にすることだ。


 それくらいはできるようにしておかないと、入学時点で詰んでしまう。


 ゲーム開始時点である程度の力はつけておかねば、主人公達に追いつこうなどというのは不可能なのだ。


 入学時でのイベントでぼろ負けたくないしな……。


 そのためには、とにかく鍛錬を積むことが重要だ。


 魔法の知見を深めて、魔力量を増やし、鎌を宙に浮かせられるように特訓する。


 ……その他にも、スキルの獲得も欠かせないし、ダンジョンで隠しアイテムも見つけておきたい。

 ゲーム開始時点までに、やらなければならないことは山積みだ。


 めっちゃ、きついけど頑張るって決めたしな……!


 俺は瞳を輝かしながら今、目の前のことに集中した。


「お兄ちゃん、頑張りすぎだって……だら~ってしてる私がバカみたいじゃん」


 魔力切れを起こして庭にぶっ倒れている俺を見て、妹の真矢は俺をのぞき込んでそう言った。


「……悪い。いつの間にか身体がふら~っとしてな」

「いやいや、いつの間にかってずっと練習してたじゃん!?」

「……あれそうだっけか」


 確かに言われてみれば、大鎌に魔力を流し込む練習をしてから、日が暮れてしまっている。


 長いこと集中していたらしい。


 それだけこの世界のすべてが新鮮で……また目標がはっきりと明確にあるから俺は頑張れているのかもしれない。


「はあ~なんかお兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなったみたいで私は心配かな」

「入学まであまり時間がないなって思うと余計に頑張らないとなって目覚めた感じだ。その……心配かけてごめんな」

「ううん、別に」


 兄妹だから当然なのだが、こうして真矢がフレンドリーに話してくれるおかげで今では自然と話すことができている。

 真矢は呆れ顔を浮かべながら、俺に手を差し出した。


「ほら、手をかしてあげるから」

「ん、助かる」

「……はい。でもお兄ちゃん。私を置いてかないでよ?」


 むっと頬を膨らませてきた真矢が妙に可愛く映って俺は思わず口角を緩めた。


 家族に心配をかけるのは申し訳ないが、多少無理をしなければ俺は強くなれないからな……。


 真矢はそんな兄の執念に燃える瞳を見て思わず目を見開く。


「……っ。その様子だとこれからも、無茶しそうだね」

「あはは……ま、まあ」

「何がそこまでお兄ちゃんを炊きつかせたのかは分からないけど……まあいいや」


 真矢はふっとどこか自嘲じみた笑みを浮かべてみせた。


♦♢♦


 そこは無気質な空間だった。

 あらゆる生物が故意に干渉できない絶対的な無の空間。

 文字通り何も感じられないその異質な場所で不愉快そうに女神はモニターの画面を見つめていた。

 モニターの画面に映るのは鍛錬に励む神崎琢磨の姿だ。

 彼は汗を流しながら、堕落することなく、鍛錬を重ね、瞳に光を宿らせている。


「……つまらないわ。こんなキラキラしたものが見たいんじゃない」


 女神は心の中では頑張る、といいつつ堕落を辿る神崎琢磨の姿を見下し悦楽に浸りたかった。


 憧れの世界なら自分は頑張れる!


 そう言って瞳を輝かせる転生者は山の様にいる。

 だが、そういう者に限って大して頑張れずすぐに落ちぶれていく。


 当然だ。

 ゲームの世界といっても、自分が当事者になればそれは現実と化す。


 ゲームでは寝そべりながらボタンをポチポチすれば勝手に成長できるが、現実となればそれに並々ならない労力が課せられるのだ。


 だから頑張れない。

 頑張ろうとしても堕落する。


 そんな転生者の末路を見て肴としてその光景を女神は見て楽しむのだが……。


「アンタは転生者の中でも、一番目を輝かせてたから………落ちぶれていくさまは、最高の餌になると思ったのに……なかなか粘ってるみたいね」


 だが、まだそこまで日は経っていない。

 これが長期的に続くとは女神には考えられなかった。またそうでなければ面白くない。


「まあ、いいわ。今度は落ちぶれたときに見に来てあげる。そしてその目が絶望に変わる……現実を知って堕落していく様を見せなさい?」


 クスクスと邪悪な笑みを浮かべる女神。

 いつもであれば麗しいその顔も今では酷く歪んでしまっている。

 楽しみはとっておこう。

 そう胸にとどめて女神は別のモニターに切り替えた。


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