第3話 行動する!

 強くなる、と決意を固めたはいいが神崎琢磨の生い立ちについて整理したい。


 この世界『ソードマジックラブリー』本編では語られることはなかったが、神崎琢磨の家族は父、母、妹を含めた四人家族らしかった。


 妹が部屋に訪れてから、朝食の時間ということで俺は神崎琢磨の家族をそこで初めて見たわけだ。

 さすがギャルゲというべきだろう。父も母も美男美女だった。

 俺の振る舞いに家族全員は首を傾げていたが、たぶん乗り切れたと信じたい……。

 今は父も母も仕事で家を後にし……ただいま絶賛春休み中の神崎琢磨とその妹だけは暇を持て余し家に残されているといった状況だ。


「……今朝からずっと上の空だよね。お兄ちゃん」

「ああ、ごめんな……ちょっと魔法を極めたいって思ってさ」

「ふ~ん。真面目になったねえ」


 妹――神崎真矢はポテトチップスを頬張りながら口にした。

 ちなみに妹の名前は朝食時に親からそう呼ばれていたため把握することができた。

 自堕落に床で寝そべっている妹とはそれなりに打ち解けたため、俺は咳払いをしてから尋ねる。


「……魔法の会得って原理や仕組みを分かってないとできなかったりするのか?」


 それはずっと気になっていることの一つだった。

 ゲーム知識があるとはいっても、俺はこの世界の住人ではない。

 そのため、一番打ち解けられたと思う人物にわからないことは尋ねるほかなかった。魔法を使ってみたくて今は衝動が抑えられそうにない。

 真矢は俺の発言を聞くと、呆れた視線を向けてきた。


「そりゃ、そうでしょ……当たり前のこと聞いてなに……」

「おっけ。ありがと……ちょっと外いってくる!」

「……え、う……うん」


 目を丸くさせる妹を後にし俺は家を飛び出した。


 さて、魔法の会得に際して知識が必要と分かった今なら向かうべき場所は決まっている。


 ソードマジックラブリーの世界で知識を身に着けようと思うなら―――魔導図書館。


 行くとしたらそこしかないだろう。


 ゲームでも魔導図書館は"知の宝庫"と名付けられていた。

 知りたいことがあればそこへ行けばどうにかなる、と言われているほどに名高い場所。

 それが魔導図書館である。


 そしてこの世界は都合が良く、端末――現代日本でいうところのスマホみたいなものが普及している。


 そのため、土地勘がまるでない俺でもマップ機能を使えば迷子になる心配もなく真っ先に魔導図書館の方へと向かうことができた。


(あそこに行けば――もしかしたら、彼女にも会えるかもしれなしな……!)


 『ソードマジックラブリー』のメインヒロインの一人に会えるかもしれない。

 俺の気持ちは今や最高に昂っていた。



 走ること数十分。

 俺は魔導図書館へと無事に到着することができた。

 館内に入ると、人数は落ち着きを見せている。

 図書館特有の静けさが肌に馴染んでくれない気がした。

 俺は広い館内の中から、基本的な魔法書を探して、一冊を手に取る。


『超基本! 魔法の基の字』


 いかにも、小さい子むけな本だろう。

 俺は一度見栄を張り他の基礎的な魔法書を手に取って中をのぞいてみたが、理解が全くもって不能だった。


 ありゃ、怪文書だ。


 今の自分は基本すらままならない現状だということを理解し、超基本書を恥ずかしながら手に取る。


 ……パッケージが幼児向けなのが恥ずかしいところなんだよな。


 そう思いながら席を探してあたりを見回すと、一人だけ存在感が違う女子がちょこんと目立たない席に座っていた。

 やはり彼女はいた。この魔導図書館に……。


 正直なところ、魔法の会得よりも彼女に会いたい、出会いたいといった気持ちの方が強くてこの図書館へときたのだ。


(……推しが目の前にいる。す、すげえ)


 辞書と見間違えそうなほど厚い書物を手に彼女は目を通している。


 自分以外の図書館利用者は彼女の存在に気づきもせず、彼女のことをこうやって熱い目で見つめているのは俺くらいなものだろう。


 彼女は俺の視線に気づくことなく難しそうな本を読んでいた。

 胸の高鳴り、動悸が収まってくれそうもない。いや抑えられるはずがない。


 彼女は俺が一番ゲームでは頼りにしていたキャラで、同時に俺の最推しのキャラクターだった。

 何かとグッズが販売されれば買っていたし、PCやスマホの待ち受け画面も彼女にしていたほど、俺は彼女を気に入っていたのだ。


 【才女の黙姫】


 そんな異名がつけられる彼女――雪雨雫ゆきあめしずくが実体として存在している事実に俺は興奮を隠せない。


 思わず飛びついて抱き着きたい衝動を抑えながら、俺は彼女の席近くに腰をかける。

 きっと雫には神崎琢磨の姿など気にも止まっていないだろう。


 だが、俺の心臓は間違いなく熱くなっていた。


 専門的な魔導書を読んでいる彼女の側で、俺は超基本的な幼児が読む魔法書を読む。

 その対比構造には思わず羞恥が募るが、彼女は確かに存在している。


 ―――推しに認知してもらいたい。彼女に追いつけるようになりたい。


 そんな望みで、俺はこの日から魔法書を彼女の席近くで読むといった日課を送ることになる。


(ぜったい、俺は入学時までには強くなってみせる!)

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