CoC「PYX」幕間

6/24ワンライ。お題「雨の日/ジューンブライド」

遅ればせながら!

ネタバレはありません!



●●●○


「ありがとうございました。また来月、はい、お待ちしてます」

あじさいと水滴のネイルで指先を彩ったお客様の対応が終わる。来月はひまわりを小さなキャンバスに詰め込むことで一致し、約一ヶ月後にまた会う事となった。

私は、都心の一等地にある、美容室併設サロンで働くただのしがないネイリストだ。腕が良いと評判も良く、それなりに指名でカレンダーが埋まる毎日を送っている。

「ライラ先輩〜、あたしの予約も入れてくださいよぉ。自分でやるより先輩にやってもらったほうが解釈一致なんです」

「えー、まあ良いけど、もう予約埋まり気味だからなぁ……朝イチとかならまだ開いてるよ、この日とか」

「えーっと……あ! ごめんなさい、その日はヒラク先輩に朝イチでカラーしてもらうんです。うぅ〜予定合わない〜」

「あはは、アイツも人気あるからねぇ。また今度誘ってよ……ご飯行ってきまーす」

可愛い後輩のおねだりを無下に出来るわけもない。なんとか予定捩じ込んであげるからと宥めつつ、席を立った。きちんと休憩を取らなければやっていけない。身体が資本なのはどの仕事も変わらないので、昼食を取りに行くのだ。

ある男に、席の確保は任せてある。


***


空の機嫌が少し悪い。傘無いし店戻るまで持ってくれよ……と願ってはみるが、時間の問題だろう。少し急ぎ足で定食屋へ向かう。

「いらっしゃ……あ、ライラちゃん! ヒラくんはあっち。日替わり定食ふたつ、いま持っていきますからね」

女将さんに礼を言ってから、示されたテーブルへと視線を向ける。スマホを持って項垂れている男がいた。

「ごめん、お待たせ。……またフラれたの?」

「おう、お疲れ。フラれたのではない。想いを伝える前だからな」

「牽制されたのねー、お疲れ」

「しかしだなぁ……彼氏がいるのにナンパしてきたあの子にも非があるんじゃないか」

「まーね。でもハタチなりたてなんだったっけ? そんなのにマジになってたら捕まるよ、歳の差すぎて」

「俺らだってまだ25だろ……つーかこの子の彼氏32らしい、そっちの方が事案だろ……」

テーブルに置かれていた麦茶へ口をつける。目の前でうーだのあーだの嘆いている男は、これが平常運転だ。

少し軟派な所があって、彼女がなかなか出来ない。顔は良いのに、お友達止まりになってしまう私の幼馴染。同じ店で、美容師として働いているヒラクという男は、後輩がカラーを予約したあの男は、何を隠そう目の前に座っている男だ。

ヒラクも美容師としての腕が良く、それなりに指名をもらっている。髪質を見るのが上手だと店長は言っていたが、施術後の女の子たちはみんな垢抜けたように華やいで見えるのだからそうなのだと思う。私の髪も彼に任せっきりだ。


奥から女将さんがくすくすと笑いながら定食を配膳してくれる。ヒラクと私のいつもの様子に、変わりなくて安心するわと微笑んでくれる優しい人だ。

「まあいい、悔やむより次の子だ……ありがとう女将さん。今日の日替わり定食も美味そうだね、肉豆腐?」

「ふふふ、ヒラくんはいつまで経っても彼女募集中なのねぇ。そうよ、肉豆腐食べて元気出しなさいな」

「だいじょーぶ、コイツすぐ女見つけるから。そういう才能だけはある……いただきまーす」

「そんな才能あったらこんなに悔やんでないな。いただきます」

どちらからともなく漏れる、美味しいの言葉。口の中でほろほろと崩れる豆腐と、豚肉のわずかな甘み。しっかり味の染みた玉ねぎが白米を進ませる。

ご飯が来るまで叩き合っていた軽口も、すっかり食事に夢中で出てこない。彼と二人で、無言で食べるご飯が、意外にも一番美味しいのだ。


***


「げえ……」

案の定、空が泣いている。昼食後に少しのおやつ(今日はみかんゼリーだった)まで頂いてしまい、上機嫌で外に出たはいいものの、天気がこれだと気分が下がる。

小走りで横断歩道を走る女子大生の集団。ヒールで軽やかに濡れたアスファルトを走る姿が若さの象徴に見えて、眩しさに目を細めた。

「おし、行くか」

「ごちそーさま。傘持ってる?」

「当たり前だろ、美容師が髪濡らしたまま帰れるかっての」

傘を片手にヒラクが定食屋から出てきた。今回は彼の奢りだ。週替わりでお互いの昼食代を肩代わりしている。

ヒラクはビニール傘を開き、雨の街へ一歩踏み出した。

「傘持ってないのか。あんなに雨降りそうな天気だったのに」

「この短時間ならいけるかなと思って」

「予想が甘いな〜、肩濡れても文句は受け付けませんので〜」

「そんくらいで文句言いませーん」

スペースを開けてもらい傘の右側へ身を寄せる。ビニールに当たり弾ける雨音が心地良い。傘を差していること以外はいつもと同じように、職場へと二人で戻る。


「戻りましたー」

「うい、お疲れー。今日の日替わりなんだった……ってヒラク! 髪と左肩ずぶ濡れ! 美容師が何やってんの! 早く乾かしてきて!」

職場に戻るや否や、店長が目を丸くして私の隣の男へ声をかける。ヒラクも気付いていなかったようだが、彼の左側が雨で濡れてしまっていたらしい。


私はどこも濡れていないのに。



○●●●



最後駆け足になってしまった〜

CoCの探索者とそのNPCでした。

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