第16話 宴会


近年まれに見る大物のクラーケンを仕留め、レイヤーズ辺境伯家の皆は浮かれていた。

クラーケンを仕留めたというよりも、あの固い表皮に覆われたクラーケンの足を一刀両断できる素晴らしい嫁を迎えることができた(予定)ということと、次期領主のシモンが魔獣討伐を成し遂げたことへの喜びによるものだ。


その日は、飲めや歌えやの大宴会となった。

皆が浮かれて大騒ぎをしている中で、マチルダだけが暗い顔をしていた。


レイヤーズ辺境伯家の皆は、マチルダの容姿をなじらない。それどころか、誉めそやすのだ。

こんなにゴツイ身体に厳つい顔をしているのに、美人とまで言われ、聞いた瞬間は驚きすぎて、倒れそうになってしまった。


それに皆、親切だし優しい。

内向的で、返事一つまともにできないマチルダに、気さくに声をかけ、思いやってくれる。

とてもいい人たちだ。こんな所に嫁入りすることができたら、どれほど幸せだろう。

そう考えると、マチルダはなおのこと落ち込んでしまうのだ。


今までシモンと婚約することができていたが、傷物になってしまった今、マチルダはもうシモンの婚約者でいることはできない。

マチルダの身体に傷跡があることを、レイヤーズ辺境伯家の皆は知らないのだろう。

もしかしたら、悪しざまに罵られるかもしれない自分のことを慮って、シモンが伝えていないのかもしれない。

マチルダが、この領地から発つまでは、黙っていてくれるのかもしれない。


「マチルダ、暗い顔をしてどうしたの」

一人隅っこへと、徐々に移動しているマチルダにシモンが気づき、また中央へと連れて行こうとする。

マチルダとシモンは今日の主役なのだから。


「いえ、あの私なんかが、皆さんの前にいるのは、おこがましいといいますか……」

「何を言っているんだ。マチルダは主役じゃないか。皆、僕の婚約者と近づきになりたいと思っているよ」

皆さんと仲良くなっても、すぐに追い出されるのに。シモンの言葉にマチルダは涙が零れそうになってしまう。


「どうしたんだい。シモンが何かしでかしたのかい?」

「そうではないのです……」

主役二人が部屋の隅で、なにやら話し込んでいることにエーリアが気づいて近づいてくる。


マチルダは、自分は偽の婚約者だということを隠しているのが辛くなった。良くしてくれる人たちを、これ以上、騙していたくなかったのだ。


「私はシモン様の婚約者では、いられないのです……」

「な、何を言うんだマチルダっ」

「シモン、何をやらかしたんだいっ。結婚する前から嫁に逃げられるなんてっ」

とうとう泣き出してしまったマチルダを、慌てた二人は別室へと連れて行く。

宴会中の者達は、ほとんどが酔っ払いで、マチルダ達のことには気づいてはいないようだ。




「はぁ?! 背中の傷痕。そんな物の為に、何で結婚できないんだい。魔獣から付けられた傷なら、勲章にこそなれ、恥になんかなるわけないだろうっ」

「マチルダっ、まだそんなことを言っているのか。傷痕なんかのために結婚できないなんて、僕は納得できないっ。それに、その傷跡は、僕のために付けられたものじゃないか。僕にとっては、その傷跡は宝物なんだ。絶対に婚約破棄なんかしないっ」

涙声のマチルダに結婚できないことを説明されたエーリアとシモンは、マチルダの言葉をキッパリと否定する。


「で、ですが、辺境伯夫人として、社交をおろそかにするわけにはいけませんわ。そのためにレイヤーズ伯爵家に迷惑をおかけするわけには」

マチルダの瞳からまたも涙が溢れてくる。


「マチルダ。背中の開いたドレスを着られないくらいで、社交界が受け入れないというのなら、そんな社交界に、わざわざ入る必要なんかない。レイヤーズ辺境伯をないがしろにするような社交界など、目にもの見せてくれる」

シモンが背中にメラメラと燃え立つ炎を背負っている。ようにマチルダには見えた。


「あの、あの、シモン様、あの」

自分のためにシモンがガッツィ国の社交界に喧嘩を売ろうとしていることに、マチルダは慌てる。

そうではないのだ。自分が相応しくないのだと、シモンに理解してほしい。


「わかったよ」

エーリアの言葉に、オロオロとしていたマチルダは、やっと分かってくれたのかと息を吐く。


「何が分かったのですか。叔母上は、マチルダとの婚約を解消するとでも言うのですか」

シモンはエーリアを睨みつける。


「まさか。こんなにいい嫁を逃がすわけはないだろう。マチルダが社交界を気にして嫁にこないというのなら、その社交界を変えればいいだけさ」

エーリアはバチンと音がでそうな大きなウインクをマチルダへと送るのだった。


そのまま大股で宴会真っ盛りの大広間へと戻って行くと、立派な酔っ払いと化しているレイヤーズ伯爵の胸ぐらを、いきなり掴む。


「あんた、嫁と一緒に王都まで行くよ。うちの可愛い嫁を王族や貴族どもにお披露目しなきゃならないからね。今は社交シーズンだから丁度いいだろう」

「おう、行ってこい、行ってこい。招待状は溢れるほど来ているから、好きなのに行ってこい」

上機嫌のレイヤーズ伯爵は、胸ぐらを掴まれたままヒラヒラと手を振っている。


「あんたも来るんだよっ。嫁のお披露目なんだ、少しでも嫌なことを言うような奴がいたら、絞めなきゃならないだろう。あんたも加勢しな」

「はぁ、うちの嫁に文句をいうやつだぁ。誰だそいつは、魔獣の餌にしてやるぜ」

酔っ払いは、胸ぐらを掴まれたまま、架空の相手に向かって首を絞めている。


「ああ、その勢いで頼むよ。ゴルゾイ、今の時期は魔獣が大人しいとはいえ、もしものこともある。後のことを頼むよ」

エーリアは、近くにいた体格のいい男性に声をかける。

役職は執事だが、実質は魔獣討伐のリーダーを務めている。


「任せて下せぇ。クラーケンの珍味もシーサーペントのかば焼きも、大量に用意して、お帰りをお待ちしてますぜ」

「ああ頼むよ」

エーリアはゴルゾイへと頷くと、クルリと後ろから付いて来ていたマチルダ達へと振り返る。


「さあ、社交界に行こうじゃないか」

ニヤリと笑いかけるのだった。

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