第13話 マチルダの困惑
「どうしてこうなってしまったのかしら……」
マチルダはため息をつく。
あの怪我から1ヶ月が過ぎ、マチルダは全快した。
マチルダにすれば、もっと早くから全快していたし、医師もマチルダの回復力に驚いていた。それなのに周りはそれを許してはくれなかった。庭師のゴードンなど、未だに筋トレに付き合ってはくれない。
そんなマチルダだが、今は馬車に揺られている。それもシモンと二人きりなのだ。そんな嬉し恥ずかしの状態なのだが、マチルダは溜め息をついている。原因は目の前に座っている、ご機嫌そうなシモンに他ならない。
シモンはマチルダとの婚約解消を嫌がった。
どんなに説得しても、頑として首を縦に振らないどころか、マチルダと結婚するために、自分がレイヤーズ伯爵家から離れ、婿養子に入るとまで言ってのけたのだ。
マチルダは嬉しかった。シモンがそこまで言ってくれるとは思ってもいなかったから。いくら怪我の責任を感じたからと言っても、マチルダは伯爵家とはいえ分家の娘なのだ。シモンが責任を取るというのならば、マチルダを第2夫人でも、妾にでもすればいいだけのことなのだから。
しかし、喜んでばかりもいられない。シモンはレイヤーズ伯爵家の跡取り。婿養子などもっての他だ。それに傷跡があるマチルダが正妻として嫁に行くこともできない。
困り果てた伯爵は、いったんシモンをレイヤーズ伯爵家に帰すことにした。
実家に帰して、レイヤーズ伯爵家の者達(家族)から、言い聞かせてもらおうと思ったのだ。
だが、シモンはその提案を拒否した。マチルダの側から離れないと、徹底的に抵抗したのだ。
困り果てた伯爵に、シモンが出した条件はマチルダと一緒なら帰ってもいいということだった。これにはマチルダが悲鳴を上げたが、先に折れたのは伯爵の方で、マチルダはレイヤーズ伯爵領に連行されてしまうことになったのだ。
シモンは自分の嫁(予定)をお披露目できると機嫌がいい。なんならマチルダが領地で着るためのドレスを何着もプレゼントしてきたぐらいだ。
いつのまに自分のサイズを知ったのか、恐ろしくてシモンに問いただすことができなかったマチルダだった。
マチルダは、体格に反比例して、気が小さい内向的な少女だ。
いくらシモンの実家とはいえ、マチルダにすれば、初めて行く場所であり、初めて会う人たちなのだ。
小さいころから体格や顔つきで、同世代の少女たちや、外見にこだわる大人たちから意地悪されてきたマチルダは、立派な人見知りになっており、知らない人たちに会うというだけで、胃が痛い思いをしてしまう。
それに
シモンがウインスター伯爵家に婿養子に入りたがっていたことを知られれば、どれほどの怒りを買うか分からないし、こんな傷物の上に、厳つく女性らしさの欠片もないマチルダを正妻に迎えたいなどとは、誰も思う訳は無い。
いくら婚約していたからといって、もともとからして、家格が違いすぎたのだ。
レイヤーズ伯爵家にすれば、婚約を破棄する、格好の言い訳ができたことになる。
ガッツィ国に近づくにつれ、マチルダは徐々に萎れた青菜のようになっていく。それでも、初めてシモンと二人だけでの旅だ。嬉しい思いもある。
本来、婚約者同士とはいえ(解消間近だが)、未婚の男女が二人きりで馬車に乗るなど以ての外だ。
いくら侍女や侍従の馬車が後続で付いて来ているとはいえ、いかがなものかと、周りから諫められたが、シモンは、あれやこれやと屁理屈を押し通してしまった。自己主張のないマチルダは、言われるままに、シモンと二人きりの馬車に乗ってしまったのだ。
「マチルダ、見てごらん、海が見えてきたよ」
対面に座っているとはいえ、シモンは何かとマチルダに触れようとしてくる。その度にマチルダは恥ずかしさに固まってしまい、シモンから楽しそうな顔を向けられている。
ガッツィ国に入ると、海が見えてきた。初めての景色に、胃の痛いのも忘れて、マチルダは海に魅入ってしまう。
「海を見るのは初めてです。美しいですね」
「今の時期だと、海に入るのは少し早いけど、もう少ししたら海水浴もできるようになるよ」
「海水浴とは何ですか?」
「海で泳ぐのだよ」
「まあ、私は泳いだことはありませんから、泳げませんわ」
「大丈夫、私がずっと手を繋いでいるよ」
そういうと、シモンはマチルダの手を握る。
マチルダが流されるままにシモンと二人きりの馬車に乗ってしまい、そのことに気付いた時には、シモンと共に馬車の中だった。実質的に距離を詰められ、言葉や態度で言い寄られ、赤い顔のまま、ガッツィ国へと向かうことになってしまったのだった。
ウインスター伯爵家が、シモンの実家のあるガッツィ国よりにあるとはいえ、馬車で6日の距離がある。マチルダに野宿をさせることなど出来ないと、宿をとるために、本道から離れることもあり、実際はウインスター伯爵家を出てから、7日後に、マチルダ達はシモンの実家であるレイヤーズ伯爵家へと到着したのだった。
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