第9話 呼ばれた意味
「もしかして、今日は父様によばれたのですか?」
「ああ、朝から来るようにと」
二人揃って赤い顔のまま、顔を横に向けた状態で話している。気恥ずかしいのだ。
「まさか……」
マチルダは、ゴードンの方へと視線を向ける。
ゴードンも頷いている。
「今日は、ウインスター伯爵家の者達は、全員が森へと向かい、屋敷は空になってしまいます。シモン様をおもてなしできなくなってしまいます」
そんな日に屋敷にシモンを呼び出すなんて。
ウインスター伯爵領は、『勝者の森』と呼ばれる森を有している。あまり大きくはない森だが、森の中には魔獣が生息している。
森には
今は様々な魔獣が森に生息しているが、魔獣も森の生態系に関わっており、全てを討伐すればいいというわけではない。それでも、魔獣が多くなりすぎると人的被害が出てくる。
そのために、森を所有しているウインスター伯爵家が魔獣の管理を行っているのだ。
実際は、魔獣が森から出て、人に襲い掛かるのを防ぐために、森のある領土を国からウインスター伯爵家が任されているといっていい。
ウインスター家は、魔獣退治の専門家として、国防を担う一族なのだから。
本家であるウインスター辺境伯家は、国で一番広大な森を管理している。一番魔獣が多い領地ということだ。
年に数回、森の魔獣を討伐し、ある程度、数を減らす必要がある。
ウインスター伯爵家の家族は勿論、男性の使用人達もほとんどが森へと向かう。
もちろんマチルダも参加する。ウインスター伯爵家では、魔獣討伐は全員参加と決まっている。女性だろうが、年端のいかない子どもだろうが、そんなことは関係ない。ウインスター伯爵家に生まれてきたのならば、それは義務となるのだ。
マチルダも幼い頃から討伐へは参加していた。大人しいマチルダにすれば、魔獣の討伐は、苦手なことなのだが、わがままは言えない。言ったところで聞いてはもらえないのだから。
「シモン様、本日のことを父から何か聞いていらっしゃいますか?」
「ああ、魔獣を討伐するのだと聞いている。一緒に討伐に参加したらどうかといわれたのだ」
「そんなっ! いけません。シモン様をそんな危険な目に合わせるなんてっ」
マチルダは悲鳴を上げる。
魔獣の討伐は、とても危険なものだ。魔獣が襲い掛かって来るのは当たり前なのだから。
それを生業にしているウインスター伯爵家の者達ともいえども、いつも無傷で済むとは限らない。
最悪人死にがでることすらあるのだ。
「マチルダ心配してくれてありがとう。
だが、我がレイヤーズ領も海から魔獣が上陸してくる。僕も討伐には参加している。魔獣の扱いには慣れている」
「いいえ、いいえ、魔獣の扱いになれることなどありませんわ。少しでも気を抜いたら、命の危険になってしまいます」
マチルダは恐ろしさにシモンの手を取ると、馬車乗り場へと連れて行こうとする。このまま屋敷にいれば、魔獣の討伐に連れていかれてしまう。
「マチルダ。シモン君をどこに連れて行くつもりだ」
「兄様」
マチルダ達の方へと近づいてきたのは、ウインスター伯爵家の嫡男、ガイザック=ウインスターだ。
マチルダの実の兄だが、外見はあまり似ていない。というか、まるで似ていない。
淡い金の髪に紫の瞳。スラリとした身体つきをしている。繊細な顔立ちで、いっそ伝説のエルフや妖精と言われてもおかしくない雰囲気をまとっている。
ようするに、細見の美人さんだ。ゴツイ系のマチルダとは似ても似つかない。兄妹ですと言っても、信じてくれる人は、ほぼいない。
男女逆に生まれれば良かったのにと、マチルダはこっそり思っているのだが。残念なことに、マチルダ以外の家族は、全員がガイザックのような細身な美人系なのだ。
こんな外見をしているガイザックだが、さすがは魔獣討伐の専門といわれるウインスター伯爵家の跡取りなだけあり、なかなかに豪胆な性格をしている。
魔獣の討伐では、渋るマチルダをいつも引っ張って行く役目を
「兄様、いきなりシモン様を魔獣の討伐に連れて行くのは、あんまりではありませんか」
「あんまりとは?」
「いくらシモン様が、海の魔獣を討伐されているとはいっても、『勝者の森』の魔獣とは違います。陸の魔獣は見たこともないはずです。いきなり魔獣の討伐に参加させるだなんて、危険です」
「フフフ。シモン君、うちの可愛い妹がこう言っているのだけど、どうする?」
「ぜひ参加させてください」
「シモン様!」
「僕のことを心配してくれてありがとう。だけど、近い将来マチルダの夫となるためには、ウインスター伯爵家の皆さんに認めてもらわなければならないからね」
シモンの言葉にマチルダは赤面してしまった。シモンはサラリと将来の夫といったのだ。12歳からシモンとは婚約しているが、そんなことを考えたことは、今までなかったから。
「わざわざ近いを付ける必要はないよ。私が可愛いマチルダをそんなに早く手放すとでも思っているのかい」
「まるで保護者のようなことを仰るのですね。残念ですが、カウントダウンは始まっていますから」
なぜかガイザックとシモンが笑顔なのに、険悪な雰囲気という、器用なことをやってのけている。
マチルダの反対意見は、誰も聞き入れてくれず、皆で勝者の森へと魔獣討伐へと向かうことになってしまったのだった。
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