第8話 休日



今日は学園に入学してから最初の休日で、日課のお弁当作りが無いマチルダなのだが、それでも朝早く起きている。

動きやすい服装をして、庭師のゴードンと共に、日課の体操を消化する。


シモンとの文通で、色々とおススメの体操を教えてもらった。真面目なマチルダは、欠かすことなく毎日続けている。

体操を教えてくれたシモンは、スラリとした美しい姿をしている。頑張って体操を続ければ、きっとマチルダも、こんなゴツイ身体つきではなくて、細身になれるはずだ。

手に持つダンベルにも力がこもる。


本日のノルマを終了し、いい汗をかいたマチルダは、汗をぬぐう。今日はこの後、出かける用事があるので、準備をしなければならない。屋敷へ戻ろうと踵を返すと、そこにはシモンがいた。

マチルダが運動をしていた屋敷の裏庭の近くで、こちらを見ていたのだ。


「シ、シモン様っ!」

マチルダは運動をしているところを見られていたということと、なぜここにシモンがいるのかということに、羞恥と驚きでパニックになってしまった。


恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。

なぜっ、どうしてシモンがこんなところウインスター伯爵邸にいるのか。


今のマチルダの服装は、令嬢らしくないどころか、この国の女性は履くことのないズボンを履いているのだ。

それにシモンオススメの体操とはいえ、貴族令嬢としては、あるまじき恰好をしていた。スクワットは股を開くし、腕立て伏せは、敷物を敷いているとはいえ、地べたに寝転がって行うのだ。

まさかそんな恰好をシモンに見られていただなんて。

マチルダは羞恥に赤くなった顔が、青くなっていく。


「マチルダ、おはよう。ウインスター伯爵から呼ばれてきたのだが、伯爵よりも先にマチルダに会いたくて、ここまで来てしまって……」

シモンの挨拶は、心ここにあらずというか、呆けているというか。

きっとマチルダを見て、呆れてしまったのだろう。

いくらシモンに教わった体操だとはいえ、あんな格好でやる令嬢はいないだろうから。


「なんて……」

「はい」

続く言葉が出ないらしいシモンに、マチルダはうなだれる。


「なんて、なんて素晴らしいんだっ!」

「はぁ?」

「マチルダは、僕が手紙で勧めた運動を、あれほど完璧にやってくれていたのだな。僕は感動したよ、さすがはマチルダだ。いつもはドレスで隠れていて見ることができない上腕二頭筋うで大胸筋むねもすばらしいし、大臀筋おしりも……いや違うんだっ。決していやらしい目で見ていたわけではっ」

シモンは自分の言葉に慌てたのか、赤い顔をして、マチルダにバタバタと手を振って見せる。


マチルダは自分の身体にコンプレックスがあるので、できるかぎり身体の線がでないドレスを着ている。不格好になってしまうが、ゴツイ身体を見られる方がマチルダにすれば嫌なのだ。

まさかシモンは、こんなマチルダの身体をほめてくれたのだろうか?


「無理に褒めていただかなくても。こんな格好をしていますし、呆れたのでは……」

「呆れた? なぜ僕がマチルダに呆れなければならないのだ。これほど素晴らしい女性は、いないというのに」

「私が素晴らしいですか?」

「もちろんだっ。マチルダほど素晴らしい女性に出会ったことはないと断言できる。どれほどの努力をもって、その筋肉を作り上げたのか、僕は分かっているつもりだ。

それに筋肉だけじゃない。僕はマチルダの内面が素晴らしいことも知っているんだ」

シモンは力説する。そしてマチルダに近づくと、マチルダの手を、そっと自分の両手で包み込む。


マチルダにすれば、小柄なシモンの手を払いのけるのは簡単なことだ。だが、金縛りにあったように動けない。

今まで人に褒められたことなんてないし、慕っているシモンに、まるで好意を寄せられているように聞こえる言葉を言われて、嬉しいのか、恥ずかしいのか、分からない状態になってしまったのだ。


今まで、このゴツイ身体をあざけられ、悪口を言われてきた。どんなに努力しても、周りの少女たちのように線の細い可憐な容姿に、なれはしなかった。

嫌で嫌でたまらなかったのだ。

それなのに……。シモンはマチルダの筋肉をほめてくれたのだ。


ポロリ。

マチルダの頬に、涙が落ちる。


「マ、マチルダ。どうしたんだ。手かっ、手を繋いだから嫌だったのか?」

涙をこぼすマチルダに、慌ててシモンは手を離そうとするが、今度はマチルダがシモンと手を繋ぐ。


「いいえ。いいえシモン様。私は嬉しいのです。私を否定しなかった。ううん、シモン様は私をほめてくださった。それが嬉しいのです」

ニコリとマチルダは笑う。泣き笑いのような顔になっているが、顔を上げて、シモンに向けた笑顔だった。

今まで笑うとしても、遠慮したような自信なさげな、下を向いて顔が見えにくい笑顔だったのだ。

今度はシモンが顔を赤くしてしまった。


「ぼ、僕は褒めてなんかいないよ。マチルダが素晴らしいのは、本当のことだからっ」

シモンは繋いでいた手を、そっと放すとマチルダの流れた涙を拭いてやる。


「甘ずっぺぇ」

近くで全てを見ていた庭師のゴードンの方が、赤い顔をして、いたたまれない。


幼い頃からマチルダは使用人達と仲がよかった。ゴードンにも、よくなついてくれた。

素直で、とても優しい少女なのだ。

そんなマチルダが、同じ貴族の少女達から、馬鹿にされているのを使用人達も気づいていた。だが、どうしてやることもできずに、皆が悔しい思いをしていたのだ。


よかった。本当によかった。

神様は、ちゃんと見ていてくださった。

マチルダ嬢ちゃんのことを、分かってくれる人が現れたのだ。


ゴードンは、ウルウルとした瞳を、天にいる神様に向けるのだった。


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