第7話 学園での生活
シモンは変わった人だと思う。
だって、ゴツくて厳ついマチルダのことを、まるで可憐な美少女相手のように扱うのだ。
あれから毎日、登下校は一緒の馬車になってしまったし、休み時間の度にシモンはマチルダの教室へと顔をみせる。
お昼の時もそうだ。今まで、女友達のいなかったマチルダは、食堂に行こうとは思っていなかったから、お弁当を持ってきていた。もちろんマチルダの手作りだ。
こっそりと、どこか目立たない場所で、一人で食べようと思っていたのだが、シモンに見つかってしまい、一緒に食べることになってしまった。
「このお弁当は、もしかしてマチルダが作ったの?」
「ええ、お恥ずかしいのですが」
少し赤い顔をしてマチルダは、手元のランチボックスを包んでいたハンカチーフをモジモジと握りしめる。
マチルダは、お料理やお裁縫が得意な少女なのだ。
本来貴族令嬢が刺繍以外の裁縫や、お菓子作り以外の料理をすることなど、ありえないことなのだが、友達のいないマチルダは、侍女や料理人たちと親しくしており、自然とできるようになっていったのだ。
「僕のお弁当は、料理人が作った物だが、交換してもらえないか?」
「でも、私が作った物は、美味しいかどうかも分かりませんし、あの」
「ありがとう」
「え、あの……」
全てに自信の無いマチルダは、自分が作った手作り弁当が美味しいとは思っていない。シモンの提案に、なんとか断ろうと思うのだが、押しの強いシモンに、いつの間にか弁当を交換されていた。
シモンの弁当は、流石にプロの料理人が作っただけあって、見栄えもいいし、美味しそうだ。その上、量が多い。マチルダの弁当の3倍以上はあるだろう。
こんなに上等なお弁当と自分の弁当を交換するなんて、食べるのをためらってしまう。マチルダは、そっとシモンの方を伺うと、シモンは凄い勢いでマチルダのお弁当を食べていた。
「美味しいっ! 流石はマチルダだ。よく令嬢達が自分の手作りだといって差し入れを持ってくるけど、全部が全部スイーツばかりで、ウンザリしていたんだ。クッキーなんて、もう見たくもない」
モテるシモンは、女生徒達から差し入れを沢山貰っているようだが、あまり喜んではいないようだ。
「もしかしてこれは、クラーケンの干物?」
「はい。サラダのアクセントとして野菜と混ぜているのですが、お口に合わなかったでしょうか?」
「違うよ、凄く美味しい。クラーケンの干物をサラダに入れるなんて、マチルダは料理のセンスがあるのだね」
「あ、ありがとう、ございますぅ」
シモンからの賞賛の言葉に、マチルダは赤い顔で、小さな声で礼を言う。
クラーケンの干物はシモンの故郷、スレイヤーズ領の特産品だ。ハイオール国では、なかなか手に入らない高級珍味なのだが、シモンがお土産だと、大量にプレゼントしてくれた。
酒のつまみとして、人気の品なのだが、マチルダは、それだけではなく、料理に使ってみるなど、様々な食べ方を考えている。
「ぜひ、ウインスター領の者達にも知らせたいな。本当は、この料理を食べさせたいぐらいだ」
本当にシモンは気に入ったようで、パクパクとクラーゲンの干物入りサラダを食べている。
「ん、この角煮は? 何の肉だろう。初めて食べたけど、すごく美味しい」
一口サイズの肉の煮物は、シモンにとっては初めて口にする物だった。甘辛く味付けされており、旨みが凝縮されたような濃厚な味で、とても美味しい。
「それは赤熊です。赤熊の干物を煮つけたものです」
「初めて食べたが、とても好みの味だ」
「赤熊は、少し癖が強いので、好き嫌いが分かれるのですが、シモン様の口に合って良かったです」
ちょうど赤熊の煮つけを前日に作っており、味がしみ込んだだろうと、今日の弁当に入れてきたのだ。シモンに喜んでもらって、マチルダは嬉しくなる。
赤熊は、熊と名がついているが、ハイオール国の森に棲む魔獣だ。体長は成獣では3メートルを超える。狂暴性が強く、出会ったが最後、誰彼構わず鋭い爪で襲いかかってくる。危険度Aランクに認定される程に危険な存在と言える。
「あ、あの。私のお弁当は量が少ないので、どうぞシモン様のお弁当も召し上がって下さい」
「それだとマチルダのお昼ご飯がなくなってしまうじゃないか」
「いいえ、私はこんなに食べられませんので、残してしまうともったいないです」
「そうか。では一緒に食べよう」
「はい」
二人はシモンの大量のお弁当を食べたのだが、食べ終わった頃には、なぜかマチルダが、毎日シモンのお弁当を作ることになっていた。
自分の分は、毎日手作りしようと思っていたので、1つ作るのも2つ作るのも、そうまで手間は変わらないのだが、自分の料理に自信の無いマチルダは、シモンに喜んでもらえるのかが心配だった。
それでも、どんなお弁当にしようかと、考えるのが楽しくて、お弁当のことばかり考えてしまうマチルダなのだった。
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