第10話 森と海の違い


マチルダ達が『勝者の森』に到着すると、すでに多くの者たちが集まっていた。


「シモン君は、得物は何が得意なのかな」

「僕は剣を使います」

「そうか。シモン君は、前衛なのだな。それでは今日は、この剣を使ってくれ」

「お借りします」

ガイザックからシモンは剣を受け取る。


「我がウインスター伯爵家の者達は、ほとんどが後衛に回る。マチルダは前衛だが少数派だ」

「後衛ですか」

「ああ、わが家は弓使いなのだよ。まあ、マチルダは違うがな」

チラリとガイザックは少し離れた場所にいるマチルダに視線を送る。


マチルダは、大ぶりの剣を振り回し、準備運動をしているところだ。こちらにも剣が空を切るブンブンという音が聞こえてくる。

あれほどの太刀筋を持つものは、ウインスター伯爵本家どころか、ハイオール国中にも、そうそういないだろう。

本人は、まるでそんなことには気づいてはいないようだが。


シモンの住むガッツィ国にも魔獣は出没する。海から上陸してくる魔獣に、もちろん弓や投石で攻撃はする。だが、あまり効果は無い。海に住む魔獣は身体の表面が鱗で覆われていたり、厚い表皮を持つものが多く、遠距離攻撃は受け付けないからだ。


「ガッツィ国の魔獣討伐では、遠距離攻撃は効果が薄いために、前衛主体の攻撃になります」

「ああ、それは聞いているよ。海の魔獣は、鱗があるらしいね」

「はい。弓などは、弾いてしまうのです」

「シモン君、森の魔獣に鱗は無いが、体毛はあるのだよ。魔獣の体毛は、普通の獣の体毛とは違って、普通の矢は、はじき返してしまう」

「え?」

ガイザックは、自分の背中に背負った矢筒から、矢を1本抜き出すと、シモンへと渡す。


シモンが受け取った矢は、ガッツィ国が使っている矢よりも、少し短いようだ。矢じりも小さい。

こんな矢で、魔獣を倒せるのだろうか。

この矢が通るというのならば、森の魔獣は、海の魔獣と違って、獣ぐらいの頑丈さしかないのかもしれない。

それにウインスター伯爵家の者たちは、ほとんどが弓使いだと言っていた。使用人たちが前衛を務めているようだが、討伐隊を率いるウインスター伯爵家の者達が後衛では、士気にかかわるのではないだろうか。


ポウッ。

「うわっ」

手に持っていた矢じりが光り、シモンは驚きに声をあげてしまった。


「弓使いというと、戦闘ではあまり役立たずなイメージがあるが、後衛の我々でも、十分に魔獣を仕留めることができるのだよ。それが証拠さ」

ガイザックはシモンへとウインクをして見せる。


「この光は、何なのですか?」

光る矢は、少し重くなったようにも感じる。


魔素マナだよ」

「聞いたことがあります。ガッツィ国の陸地には魔素が出ている場所はありませんが、どうも海の中には魔素が出る場所が、数カ所あるらしいです」

「そうらしいね。海に魔獣がいるのは、その魔素を取り込んだ魚たちが、魔獣になっているのだろう。この国は、森に魔素が溢れていてね、この『勝利の森』にも魔素が溢れているのだよ。おかげで、この森の獣は魔獣へと変化してしまう。では、人間が魔素を浴びたらどうなると思う」

「え……。人間が魔素をですか?」

「そう。人間は魔素を体内に溜めることはできないから、魔獣になることはない。だが、魔素を利用することはできるのだよ」

「魔素を利用する……」

「我がウインスター伯爵家は本家とは違い、何故か体格が脆弱な者ばかりだ。どんなに体格のいい嫁を迎えてもダメだったらしい。でもね、ウインスター伯爵家は魔獣討伐が生業の家だ、小柄だからと逃げることは許されない。魔獣に切り裂かれようとも食われようとも、立ち向かうしかない。だから攻撃方法を変えたのだよ、脆弱な体でも必ず魔獣を仕留めることができるようにね」

「脆弱な体でも魔獣を仕留めることができる?」

シモンはただただ、ガイザックの言葉を聞いている。そこに求める答えがある気がするから。


ガイザックは何と言った。

脆弱な体でも、魔獣を討伐できる? 後衛でも魔獣を仕留めることができる?

レイヤーズ伯爵家では、身体の大きさが一番重要なことだった。魔獣を屠り、船に乗り海に乗り出す。それがレイヤーズ伯爵家の生業だったから。


レイヤーズ伯爵家の中で、シモンは役立たずだった。それは分かり切ったことだったが、シモンに面と向かって言う者はいなかったし、シモンを育ててくれた叔父夫婦は、そのことでシモンを責めたことなど1度たりともなかった。

叔父夫婦には、双子の女の子しか子どもがいなかったから、家を継承できるのは、シモンしかいない。男子継承の国の決まりに従ったところで、自分を党首として認めてくれる親戚も使用人もいないことを一番シモンが分かっていた。


シモンがどんなに頑張っても、努力しても、シモンの体格が良くなることは無かったし、筋肉がつくこともなかった。線の細い、女性のような容姿。それがシモンだった。

母親が小柄で華奢だったから、遺伝したのだと、周りから言われたが、諦めたくなんかなかった。

自分もレイヤーズ伯爵家の一員になりたかった。レイヤーズ伯爵家の役に立ちたかった。

どんなに頑張って剣を振ろうとしても、せいぜい細身のレイピアしか扱うことしかできず、隣で大剣を振る叔父が羨ましくてしかたがなかった。

魔獣の討伐にも積極的に向かったが、魔獣の硬い表皮に傷1つ付けることができなくて、ただの足手まといでしかなかった。


だから憧れた。

体格が良く、筋肉が見事についたマチルダに恋をしたのだ。自分の憧れがそこにあったのだから。



「今日は前衛ではなく、私に付いていてくれたまえ」

「はい」

ガイザックの声に促され、シモンは森の中へと向かうのだった。


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