第5話 出会い
マチルダは15歳になった。貴族学校に入学する歳だ。
スクスクと成長したマチルダは、ダンベルとスクワットの他に、シモンから手紙で進められる運動を庭師と毎日続けていた。それなのに、ずば抜けて体格がよくなってしまったのだ。
少女とは思えない体の厚みと、所要部分には、しっかりとした筋肉がついていた。
マチルダにすれば、線の細い美少年と聞いているシモンのオススメなのだから、身長はどうしようもないとしても、体形はシモンのように細くしなやかになるものだと思い、一生懸命続けていたのに。
自分の体が恨めしい。
自分の体形や顔が、少女らしくないことをマチルダは自覚していた。
だからこそマチルダは学校に行きたくなかった。
今までお茶会などに呼ばれることが多々あったが、その席でマチルダは嘲笑の的だった。同年代の少女達は、厳つい容姿のマチルダを陰で蔑んでいたから。そんな少女たちと一緒に学校に通いたくないと思っていたのだ。
そのうえ、シモンが交換留学生として、マチルダの通う予定の学校に入学すると手紙で知らせてきたのだ。
シモンが学校に来る!
とうとうマチルダの容姿をシモンに見られてしまう。マチルダが醜いことをシモンに知られてしまう。
こんな女性らしさの欠片もない姿をシモンには見られたくない。
シモンとの文通は今も続いているけれど、マチルダを一目見たシモンは、その場で文通を止めてしまうだろう。それどころか、マチルダのような女と文通をしていたなんてと、なじられるかもしれない。
シモンとマチルダの婚約は、解消されることなく結ばれたままだ。
両家の親は、何度か国を越えての交流を2人に取らせようとしたが、頑としてマチルダが断った。シモンに会うなど、マチルダには拷問に等しかったから。会ってシモンに拒絶されるのが、マチルダはただただ怖かったのだ。自分の心を守るため、マチルダはシモンに会うことを拒み続けたのだった。
シモンとの婚約は、家同士の政略で、貴族の娘として生まれてきたマチルダが、どうこういえるものではない。
それに父には何年もの間、マチルダのわがままで文通を許してもらっていた。
それでも父を恨んでしまいそうになるマチルダなのだった。
しかし、残酷にも時は容赦なく進んでいき、入学する時が来てしまった。
迎えた入学式では、今年度の交換留学生として、シモンが壇上に上がった。
始めてシモンを見たマチルダは、驚愕に目を見開いてしまった。
マチルダが思っていた以上にシモンは美少年だったのだ。金の髪に青い瞳。身長はそこまで高くはないようだが、スラリとした体形も相まって、絵本から出てきた王子様そのものだった。
式に参列している女生徒たちがシモンに熱い視線を送り、ソワソワとした囁きが聞こえてくる。皆がシモンの美しさに魅入られたようだった。
きっと学校で、シモンは人気者になるだろう。
マチルダとは違って、可愛らしくて明るい女の子たちとシモンは親しくすることができるのだ。
マチルダはシモンと永く手紙のやり取りをしていたから、シモンの人となりは分かっていると自負している。
シモンの思いやりや気遣い、無謀と思える男らしさ。マチルダはそんなシモンの内面が好きなのだ。手紙の中のシモンに恋をしていた。
だけど、自分が婚約者としてシモンを縛り付けることはできない。
こんな見た目をした自分がシモンの婚約者だなんて、シモンの恥になってしまう。自分がシモンの婚約者だということは周りの人たちに知られないようにしなければ。そう思ってしまったのだった。
入学式が終了し、各自教室へと移動した。
マチルダはB組。シモンはA組だった。マチルダは少しホッとした。シモンと同じ教室になったら、マチルダは緊張のあまり、息をすることすらできなかったかもしれない。
教室では、マチルダはクラスメートの女生徒たちに囲まれていた。仲がいいとか、友人だとかいうわけではない。マチルダの隣にいると、自分の華奢さや、愛らしさが際立つと思っている者たちが、マチルダを引き立て役にしているのだ。
もともと引っ込み思案で、気が弱いマチルダには、クラスメートたちを引き離すことなんてできないし、席を立って離れて行くこともできないでいた。それに周りから見れば、仲良くつるんでいるようにしか見えない。
ホームルームも終了し、後は帰るだけとなったのだが、マチルダはクラスメートの女子達から、なかなか解放されないでいた。クラスメート達は、同じクラスになった男子生徒たちへのアピールが忙しそうで、引き立て役のマチルダは必要らしかった。
どうしよう、馭者が待っているのに。マチルダは困ってしまう。
今日から下校時間に合わせて、御者が馬車を待機させてくれているはずなのだ。いくら使用人とはいえ、人を長く待たせるのは、マチルダの性格からして、心苦しいものがあった。
きゃあぁ~!!
いきなりクラスに女生徒たちの黄色い声があがり、マチルダは物思いから引き戻された。驚きにキョロキョロと辺りを見回してしまう。
クラスメートたちは、皆が教室前方のドアを見ている。
「失礼する。こちらにマチルダ=ウインスター嬢がいるだろうか」
ドアから現れたシモンを見たマチルダは、その場で固まってしまった。
とうとうシモンが婚約者であるマチルダの所にやって来てしまった。
1度も会ったことのない婚約者にシモンが会いたいと思うのは当たり前だ。だって、マチルダがこんな容姿をしているとは知らないのだから。
マチルダは、逃げたかったが、どうせすぐにバレてしまう。
どれほどの罵詈雑言を浴びせられるのか、マチルダは震えてしまう。
マチルダの周りにいた女生徒たちが、名指しされたマチルダをいぶかしげに見ている。マチルダと留学生のシモンの間に、どんな関わりがあるのか、分からないからだ。まさか婚約者だとは、思いもしないだろう。
「あのシモン様、こちらがマチルダ様ですわ」
マチルダの周りにいる女生徒たちは、すこし距離をとる。今まで女生徒の影で隠れていたマチルダがシモンの前に現れる。
「君が……」
マチルダを一目見たシモンは目を見開いたまま、固まってしまった。
ああ、やっぱり。
シモンの反応に、マチルダの心は暗く沈んでいく。
まさか自分の婚約者が、男性よりも体格がよくて、いかついとは思ってもいなかったはずだ。
目の前のスラリとしたシモンに対して、マチルダの方が、横も縦も大きい。体重は2倍近くあるかもしれない。
「シモン様。マチルダ様に何か御用ですの? こちらの国のことで、分からないことがありましたら、私が教えて差し上げますわ」
「あら、わたくしが」
「シモン様は、こちらの言葉が、とてもお上手ですのね。わたくし驚きましたわ」
マチルダの周りの女生徒たちがキャイキャイとシモンへと話しかける。
シモンは見目麗しい王子様だ。その上、入学式の壇上で、辺境伯の嫡男だと紹介があった。
女子生徒たちにすれば、シモンと付き合って、結婚までいければ、大玉の輿に乗ることができるのだ。
「あの、マチルダ嬢、一緒に帰りませんか?」
固まっていたシモンが、意を決したようにマチルダへと話しかける。なんだか少し顔が赤いような気がする。
「え? あ、はい」
いきなりのことに混乱したマチルダは、ただ頷くだけだった。
「まあ、わたくしもご一緒したいですわ」
「それなら、わたくしも」
「わたくしも、わたくしも」
何人もの女生徒が、シモンへと近づいて行く。
「皆さん遠慮してください。僕はマチルダ嬢と二人きりで帰りたいのです」
優しい雰囲気のシモンには似つかわしくないぶっきらぼうな物言いで、周りの女生徒をうるさそうに一瞥すると、マチルダへとエスコートの手を差し出した。
マチルダは、ただ頷いて、シモンの白くて華奢な手に、自分のゴツイ手を乗せる。
周りの女生徒達の視線が怖い。
なぜシモンが自分を誘ってくれたのかが分からなくて戸惑う。
もしかしたら帰りの馬車の中で、二人きりになってから、罵倒されるのかもしれない。
マチルダは混乱したまま、シモンのエスコートを受けて、馬車乗り場へと向かうのだった。
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