第3話 シモンのルーツ①


レイヤーズ伯爵家はガッツィ国の海沿いを領地として治める辺境伯だ。

辺境とはいえ、大きな港を抱えており、外国とのやり取りも盛んで、領地は栄えている。

地位は伯爵家だが、実際は侯爵以上の権力を持ち、王家でさえ蔑ろにすることはできない、力のある貴族家である。


豊かな領土を持つレイヤーズ辺境伯だが、それだけで強大な権力を持っているわけでは無い。それに見合った役割仕事をもっているのだ。

レイヤーズ辺境伯の領地は海沿いに広がっているのだが、海からは魔物が上陸してくる。

魔物は何故か海上の船を襲うことはない。その点は非常にありがたい。貿易や交通機関としての運航の船が魔物に襲われることがないからだ。


だが、魔物は1体でも上陸してくると、多くの人間に被害がでる。ほとんどの魔物は人間を餌と考えているからだ。陸地は餌が溢れている場所であり、上陸した魔物は、陸地に巣を作り、繁殖しようとする。

辺境伯家は、領地経営よりも、魔物退治を生業としている。被害が出る前に魔物を仕留めるのが、辺境伯家の使命といえるのだ。


それに、辺境伯家が討伐しなければならないのは、魔物だけにはとどまらない。海上に現れる海賊たちを取り締まるのも大切な仕事の1つだ。

レイヤーズの海を護るために、辺境伯家の男達は、毎日船に乗り、海へと出て行く。


戦闘することが領地を護るために必要なことであるレイヤーズ辺境伯家の者達は、操船術に優れ、戦技を磨いている。

レイヤーズ辺境伯家の者達は、王都の騎士達よりも優れた剣技を持ち、他の領地の者達よりも上回る力と体力を持っている。


そんなレイヤーズ辺境伯家の者達には、先祖代々の決まりごとがある。

それは、体格の良い嫁をめとることだ。体格が良ければ良いほど、娶った男はほまれとされる。

体格が良いならば、出自は問われない。平民だろうとかまわないのだ。

戦闘を生業とするレイヤーズ辺境伯家の次代を担う者に、小柄や華奢な者が生まれて来てはならないのだから。


どれほど毎日訓練をし、修練を積んだとしても、持って生まれた体格により差が出てきてしまう。小柄な者が、血の滲む努力をしても、体格の良い者には、敵わないことがある。

生まれ持ったセンスや、運動神経も必要だが、どうしても、1歩の歩幅の違いや、数センチの腕のリーチの違いが勝負を決める。

小柄な者が大柄な者に勝つためには、必要以上の努力と生まれ持ったプラスアルファが必要になって来る。

だが、大柄な者が小柄な者と同じ努力をするならば、小柄な者は勝つことはより難しくなる。生まれ持ったプラスアルファなど、望んで手に入るものではないからだ。


そうやって家を存続してきたレイヤーズ辺境伯家の者達は、全てが筋骨隆々とした、マッチョ揃いといえる。

レイヤーズ辺境伯家においては、マッチョこそが王道であり、マッチョこそが正義なのだ。


そんなレイヤーズ辺境伯家の嫡男であり、次代の領主であるジーン=レイヤーズが、道を踏み外した。

いくら辺境の地にいようとも、貴族であるのだから、15歳になった年に、王都にある貴族学校に入学する決まりがある。

ジーンも辺境から出て、寮生として貴族学校で学ぶことになったのだが、そこで知り合った、レイチェル男爵令嬢と恋仲になったのだ。

レイチェル男爵令嬢は、庇護欲をそそる小柄で華奢な令嬢だった。


学校の中だけの恋愛ならば、家が口を出すことはない。領地を離れている間は、好きにしていいと、領主である父親からも言われていたのだから。

次の年に入学してきた年子の弟も兄の行動に口を出すことはなかった。見てみぬふりをしていた。


だからなのか、ジーンはレイチェルにのめり込んでいった。

父親から婚約の打診がきていたが、見合いの相手は、がっちりとした体格をした、女性らしさや可愛らしさが微塵も無い相手だった。

ジーンは学校の長期休暇も、言い訳をして領地に帰ることはなかった。領地に帰ると、見合い相手に会わされることが分かっていたから。学校にいる間だけは、煩わしいことから目を背けていたかった。


最終学年になり、あと数カ月で卒業という時に、レイチェルの妊娠が分かった。

ジーンはレイチェルと別れるどころか、喜んで卒業と同時に、安定期に入ったレイチェルを連れて領地へと帰った。

レイチェルとの結婚の許可をもらうのと、次期領主として、みんなに妻になるレイチェルを紹介しようと思ったのだ。

レイチェルも、辺境伯夫人として頑張ると言ってくれていた。


領地に帰ると、思った以上に冷たい目でジーン達は迎えられた。しかし、追い出されることも、ののしられることもなかったから、ジーンは安堵していた。

領主である父親も、なんだかんだ言っても、初孫は可愛いだろうし、レイチェルの愛らしさを、皆が受け入れてくれると、軽く考えていたのだ。


いくらジーンが妻になる女性を連れて帰ってこようとも、レイヤーズ辺境伯家の日常が変わるわけもなく、次の日から男たちは船に乗り込み、海賊の巡回へと出かけることになった。もちろん次期領主であるジーンだけが、のんべんだらりと怠けているわけにはいかない。寂しがるレイチェルを置いて、ジーンは船に乗っていってしまった。


残されたレイチェルは、心細い思いをしてはいたが、それ以上に有頂天になっていた。

男爵令嬢であったレイチェルが、辺境伯家に嫁ぐということは、ありえないほどの玉の輿といえるのだから。

男爵令嬢からすれば、伯爵であるのレイヤーズ辺境伯家の嫡男ジーンは、雲の上の存在といえるほどの身分違いの相手だったのだ。

そのジーンと恋人同士になることができた。自分は未来の伯爵夫人になれるのだ。

今迄だったら近づくことすらできなかった王宮のパーティーに参加できる。それどころか、レイヤーズ辺境伯家は侯爵家以上だと王家も認めている。王族の方々とも親しくすることが出来るのだ。

王家主催のパーティーで、きらびやかに着飾った自分を想像してウットリとするレイチェルだった。


レイチェルは思いもしていなかった。なぜレイヤーズ辺境伯家が、それほどの権力を持っているのか。なぜ王家から認められているのか。

自分が嫁ごうとしている家のことを知ろうとはしなかった。自分が将来、守っていかなければならない領地のことを調べようとすらしなかったのだ。

ただ、使用人たちにかしずかれ、贅沢をし、着飾ってパーティーへと出席する。それだけをレイチェルは思い描いていたのだから。

他の貴族たちのように、夫が領地を治め、その収入を王家に差し出すだけなのだと、高をくくっていたのだ。

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