第十九話
第一区の中心、つまりこの国の中心には様々な意匠が施された豪華絢爛の城が建っていた。それは単に皇族の居住区のみが飾り立てられているわけではなく、庭園や騎士団の詰め所、魔塔に至るまで全てに多大な手間がかけられていた。この城は過去の精霊大戦が終結した後に建設されたので数百年の歴史があるにもかかわらず、古めかしいところはどこにもなく、まるで最近建てられたような真新しさを保っていた。
王城にはたくさんの人が働いていた。国を治める王様を中心に2人の皇子と第二皇子の母親でありこの国の皇妃、そして文官、武官、執事にメイドなどの使用人とあげればキリがないほど多くの人がこの城に勤めている。もちろんオフィーリアの父であるジェイドも第一騎士団長として有事の際を除き基本的にこの城に勤めている。
そんな人で溢れる王城も夜更けともなれば話は違ってくる。日中人で溢れる城内からは人がぱったりと消え、巡回兵の姿がたまににられるだけになる。本来であればジェイドも仕事を終えて城内を離れ家へと帰宅している時間であった。しかし今日は帰宅せずに王城の中心から少し離れた第一騎士団の官舎に残っていた。
第一騎士団の官舎は二階建てで、二階の一番奥に騎士団長室がある。その部屋の中で小さな灯りだけを頼りにジェイドは頭を抱えながら深いため息を吐いた。
オフィーリア・ガルシアが何者かの襲撃に遭ったーー
対応した第三区に務める兵が起点を効かせて魔術を使用してそう知らせを飛ばした。その知らせを受け取った時、ジェイドはらしくもなく動揺し、仕事を放り出して現場に駆けつけようとした。リリーから事前に第三区に出かけることは聞いていたが、まさかそのタイミングで都合よく娘が事件に巻き込まれるとは考えもしなかった。
部下の手前、表面上ではなんとか踏みとどまることができたが、長年の付き合いでちょうどその時そばにいた副団長のシーフォ・ターレンにはジェイドの動揺っぷりは火を見るよりも明らかだった。
ジェイドはその後の報告で被害にあったのはオフィーリアとサラのみで、サラが多少なりとも怪我を負ったが二人の命に別状はないと聞き胸を撫で下ろした。しかし続いて届いた報告に再び眉間の皺を深くした。
ジェイドは机に並べられた報告書の紙を睨みながら再び深いため息を吐いた。
「そんな怖い顔で家族の前にでるなよ」
はっとして顔を上げると部屋の入り口のところで紙の束を持った優男が立っていた。
「シーフォ」
「何度もノックしたけど反応がなかったから勝手に開けちまったぜ」
「そうか……気がつかなくてすまない」
「謝るなよ。ちょっとした冗談だろ。……家族が心配になる気持ちもわかるさ。そういう時こそ、この俺を頼れよ、な?」
シーフォは部屋の中を進みながら疲れた様子を見せるジェイドに気さくに笑ってみせた。寡黙で人を寄せ付けにくいジェイドにこんなに親しげに接してくる人は珍しかった。それだけシーフォとジェイドの仲は長く、深かった。
「あぁ、遠慮なく頼らせてもらうことにするよ」
「ははっ。お前が素直だと明日雨でも降るんじゃないかと疑っちまうな」
軽口を叩きながらシーフォは手に持っていた紙の束をジェイドに渡す。ジェイドはシーフォの言葉には取り合わずその紙を受け取り中を確認する。その紙には今回の事件に関する詳細が事細かに記載されていた。鷹揚な性格で大雑把なところがあるシーフォだが、仕事は丁寧でどんな小さなことでもきっちりとこなすところがあった。そんなシーフォの綺麗にまとめられた報告書に目を通す。
「シャルマン……か」
報告書に書かれた名前を見てジェイドは何度目かのため息を吐く。ため息を吐いた分幸せが逃げるという迷信があるが、今日だけでジェイドは一生分の幸せを失う勢いでため息をついていた。
「シャルマン・ニュイニジア。同じ第一騎士団のアベル・ブラウンに騎士見習いの時に目をかけられその後第一騎士団に所属。若いながらに剣の腕はよく、実直で真面目。若さゆえの荒さはあるが将来を期待されていた新人だ」
シーフォがジェイドの使う机に軽く腰をかけながらコツンと報告書を叩く。その指先にはシャルマンの人相が描かれていた。シャルマンのことはジェイドもよく知っていた。推薦者のアベルがよくシャルマンのことを話していたからだ。シャルマンは将来良い騎士になれる、と。ジェイド自身もシャルマンの訓練の様子や任務での様子を見て、また本人とも直接話した上でアベルの評価が身内の可愛さゆえのものではないと理解していた。
シャルマンは素直で正義感に満ちた青年だ。剣の実力は同期の中でも頭一つ分抜き出ていた。第一騎士団の先輩騎士たちも彼の成長を楽しみにしていた。
だからこそこのような事件を彼が起こしたことに対して、ジェイドを含め皆驚きを隠せなかった。
「シャルマンはオファーリア嬢を襲撃時、彼女の付き人により腕を折られてる。だけど現場に兵士が到着した時腕の痛みなんて感じていない様子で指の爪を噛みながら独り言を呟いていたそうだ。シャルマンの様子は明らかに錯乱状態の人間のそれと一致する。シャルマンの呟きに意味や繋がりはなかったが、ただガルシア家のことを呪うように喋っていたらしい」
「頭が痛くなる話だ。……錯乱していたということは何かしらの魔術によるものか?」
ジェイドが聞くとシーフォは小さく横に頭を振った。
「シャルマンは発見時より取り調べ時を含め意思疎通を図ることはできなかった。事情を聞く上で腕の治療を魔塔に所属する魔術師に来てもらって治癒術を施したが精神の錯乱には効果がなかった。対応した魔術師曰く、『これ魔術によるものではない』とのことだ」
シーフォの報告にジェイドは目を細める。シーフォはシャルマンの治療を行った魔術師との会話を思い出す。
『これは明らかに異常ですよ。治癒術ではどうすることもできないほどに精神が壊されています。……魔術による精神汚染であれば同じ魔術で中和することもできるのですが、それすら受け付けていない様子です』
魔術師は難しい顔でそう言ってさらに言葉を続けた。
『彼に何があったのかは存じ上げませんが、これがもしも魔術によるものであるならば、禁術よりも酷いものが施されています。ですが、この様子だとまず魔術でできる範囲を超えていると思います』
治癒術師は魔術師の中でもより魔術に精通している。治癒術師はある程度の知識と魔力がなければ務まらない職務だからだ。そんな実力が保証されている術師でもそのように断言するということは、この事件はただの襲撃事件と片付けて良い案件ではないということになる。
「術師によるとシャルマンの精神を正常に戻す方法は現時点ではないとのことだ」
「そうか」
シャルマンの暴挙はすぐに場内で噂されることだろう。自身の管理する団員を正しく管理できなかったことで、これから第一期師団への風向きは悪くなることも予想できる。ジェイド率いる第一騎士団はジェイドの妻リリーが現皇帝の妹に当たることもあり、皇帝の覚えが明るく、常日頃から優遇されていると陰口を叩かれやすい。そのため、他の派閥から目の敵にされることも少なくはない。
ジェイドはできることなら今は家族のそばにいてやりたいと思う気持ちもあるが、ジェイドの騎士団長としての立場がそれを許さない。本事件の真相を解明し、第一騎士団の管理に問題がないことを示すことが必要だった。そうすることでジェイドおよび第一騎士団全員に謀反の可能性がないことを示すことが大事だった。身内から裏切り者ができるということは、周りに疑われるということなのだ。
「シャルマンの家族の方はどうだ?」
ジェイドが報告書から顔を上げて聞くとシーフォはフルフルと顔を横に振った。
「すでにもぬけの殻だったよ。だけどおかしなことに争った形跡はなく、どこへ逃げたのか証拠も何もなかった。兵士が到着した時、焚べられた日に勢いがあり、子供達の玩具や母親の仕事道具はそのまま置かれていたそうだ。まるで兵士が扉を開ける直前まで、そこに彼女らが居たかのように」
ジェイドはシーフォの報告を聞き、きつく目を閉じながらこの不可解な事件に頭を悩ませる。シャルマンの異常なまでの錯乱状態も、彼の家族の謎の失踪も、まるで見えない何かがこちらを嘲笑っているようで気味が悪かった。
結局、この件に関してわかっていることはシャルマンの表面上の評価とシャルマンの暴挙の中身のみだった。この事件がシャルマンの意思だったのかどうかもわからず、どう上に報告したものかと考える。
その時、部屋の扉が控えめに叩かれる。ジェイドとシーフォは一旦考えることをやめてお互いに目を見合わせた。
「入れ」
短く入室の許可をすると、扉がわずかに開いた。その隙間から高身長の優男がするりと部屋の中に入ってきた。優男は部屋に入る時から視線を彷徨わせ、やがて申し訳なさそうにジェイドたちに視線を向けた。そして綺麗な敬礼をみせた。
「アベルか」
入ってきた優男はシャルマンを騎士団に引き入れた張本人であるアベル・ブラウンであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます