第二十話

「こんな夜更けにどうした?それにお前、今謹慎中だろう?」

 机にもたれかかるのを止め、体を起こしたシーフォが驚いたように言う。アベルはシーフォに謹慎のことを触れられるとタレ目君の目尻をさらに下げ、再び視線を彷徨わせた。その姿はアベル本人も何をいうべきか悩んでいるようだった。そして心なしか憔悴しているようにも見えた。

「……謹慎の命に逆らったことをお許しください」

 アベルは頭を下げてそう言う。シーフォが何か言いたげであったがジェイドが手で止める。

「かまわん。命令に背くだけの価値があったのだろう?」

 ジェイドが許すとアベルは顔を上げた。再び顔を上げたアベルには入ってきた時のような疲れた様子も迷いも見られなかった。何かの覚悟を決めたように両手を強く握りしめている。

 アベル・ブラウンはシャルマンのように素直でまた誠実に溢れる人物であった。身長が高く、筋肉がつきにくい体質ではあったが、鍛えられた体は美しく、剣の腕も良い。第一騎士団の中でも彼に憧れている後輩は多い。アベルは嘘をつくことが苦手で、不義をもっとも嫌う。

 シャルマンはアベルが最も嫌う不義を犯したことになる。とくにアベル自身が引き抜いた新兵がこのような事件を犯したことを、アベル自身がどう感じでいるのか推しはかるのは難しかった。

「シャルマンのことについて、釈明させてください」

 ジェイドの瞳をまっすぐに見つめながら口を開く。ジェイドは表情を変えず、シーフォほぅっと目を細めた。

「いいだろう。続けろ」

「ありがとうございます。……まず、団長のご息女が襲われたことに対する心中お察しします。一刻も早くよくなることを心より願っております。……本題に入りますが、私にはどうしてもシャルマンが望んでこのようなことをしたとは思えないのです。」

「それはお前の欲目で言っているのか?」

「全くないといえば嘘になります。ですが、私はシャルマンのことを騎士見習いの時より見てきました。彼は義に厚い人物で、何よりも団長率いるこの第一騎士団に入団できたことを心から誇りに思っておりました」

 そこでアベルは言葉を切った。次の言葉を探すようにジェイドとシーフォを交互に見る。

「彼は、誠実で真面目な人物です。しかし、同時に彼は小心者でもあります。言い換えれば彼には自信がありませんでした。だから、彼には……シャルマンにはこのような大それたことを一人で行うことができるとは思えないのです。それに発見当時より今に至るまでも依然と錯乱状態が続いていると聞いています」

 アベルが口にするシャルマンの情報はシーフォがすでに調べ上げていたことと一致する。なによりもジェイド自身、シャルマンのことを見てきているからこそアベルの言い分もよくわかった。だが同時に、アベルは物事を客観的に見ることができておらず、シャルマンに過分な私情を挟んだ訴えになっていた。

「シャルマンは数日前に家族に会うために休暇を取りました。それから彼は休暇が終わってもここに戻ってきませんでした。シャルマンはおそらく家に帰る道中で何かあったに違いありません。そうでなければ、彼がこんなことをするなんて……!」

 そう言ってアベルは項垂れる。アベルがシャルマンを庇う気持ちもわからないわけではなかった。アベルにとってシャルマンはおそらく弟のような存在だったのだ。特別可愛がっていた彼が突然このような暴挙を犯せば信じたくなる気持ちも理解できる。それでもジェイドとシーフォはアベルの言い分を受け入れるわけにはいかなかった。

 たとえ本人の意思でなかったとしても、国に仕える騎士団の一員でありながら守るべき民を傷つけてしまったことは重く受け止めるべきであった。それに今回狙われたのは“銀髪“を持つガルシア家である。状況だけを見れば、シャルマンの謀反だと思われても仕方がない。そのような状況で、身内だからと罪の在所を曖昧にし、罰を軽くすれば、第一騎士団をよく思っていない勢力の格好の餌食になってしまうだろう。

「顔を上げろ、アベル」

 ジェイドの声に促されるようにアベルがゆっくりと顔を上げる。その目はこの先何を言われるかわかっているかのようであった。

「アベルの言い分は分かった。だが、どんな状況下であれ犯した罪は正しく裁かれなくてはいけない。私も、できることなら自分の部下のことを疑いたいわけではない。だが、そこに私情を挟むことはそれ以上にやってはいけないことだ。わかるな?」

「……はい。十分に理解しています」

「ならよい。この事件に関してはまだ不可解なところが多い。アベルが伝えてくれたシャルマンの情報も加味しながら厳正な判断を下すと約束する」

「ありがとう、ございます……」

 震える声で感謝を述べながら、アベルはもう一度深くお辞儀をした。そこで重い空気を断ち切るようにシーフォが軽く手を叩く。

「うんじゃあ、今日はもうお開きとしようぜ!寝ずに棍を詰めても何も始まらないだろう?こういう時こそゆっくり休んでまた考えよう」

 この事件についてまだ調べるつもりであったジェイドのことをわかっていたのか、シーフォは机に並べられた報告書の山を一纏めにすると取り上げた。ジェイドは目線だけで何をするんだというようにシーフォを見上げるが、シーフォは紙の束をひらひらとさせるだけでそれらを返すことはなかった。ジェイドは仕方がないと思い一息吐くとアベルの方を向いた。

「アベル、お前も部屋に戻れ。そして今度こそ部屋で大人しくしているように」

 アベルはジェイドの言葉を受けて最後に一礼すると団長室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る