第十一話

 当面の方向性を決めたはいいが、オフィーリアには問題が一つあった。魔塔にジャレッドのことを調べるのは、サラを使いに出せばよかったからそんなに苦労する事はなかった。だが、ドリィの店は噂が確かなら第三区にある。


 第三区とは通称商業区とも言われており、多くのお店が並んでいる地区になる。第三区はその性質から、おそらくこの国の中で最も賑わっている地区とも言える。ただ、賑わっているだけならオフィーリアもそんなに悩む事はなかったかもしれないが、人の多く集まるところは相対的に治安も悪くなりやすかった。


 そう、オフィーリアの今の年齢では一人で第三区まで行く許可をもらえる可能性が低かったのだ。過保護ではないと思いたいが、家族がオフィーリアのことを可愛がり、大事にしている事はこの数日で身をもって実感している。オフィーリアとしては、中身が大人なこともあり、恥ずかしかったり、そこまでしなくてもと思うことも少なくはなかった。


 そんな家族がこれまで一人で家から出たことのない娘を、一人で第三区まで行く許可を出すとは到底思えなかった。


 オフィーリアは椅子の上にちょこんとすわりながら、その愛らしい顔を歪める。


(サラと二人なら許してもらえるかしら?いや、きっと駄目ね。護衛の騎士をつけてもらえれば、許してもらえるかもしれないけれど…。)


 オフィーリアとしてはあまり大所帯になりたくはなかった。また、できることならオフィーリアの用事が情報屋にあることも知られたくなかった。


 ドリィは表向きには問屋として店を開いているから、店に行くだけなら大丈夫だろうが、その内容を護衛騎士にでも聞かれたら恐らくジェイドたちに報告されるだろう。


 そうなった時、どうやってジェイドたちに説明すればいいのかわからなかった。


 オフィーリアは小さくため息を吐いた。煮詰まってきたところにノックの音が響く。


「はい。」


 反射的に返事をする。扉から現れたのはシスだった。


「あ、お兄様……!」

 オフィーリアは突然やってきたシスに驚きながらもぴょこんと椅子を降りてシス近くに駆け寄る。


「どうされたんですか?」


 言葉に合わせて首を横に倒す。シスは柔らかく微笑んだ。


「オフィーリア、突然ごめんね。あのね、もしもよかったら、今度みんなで買い物でもしに行かないかな?」

「みんなで……?」

「そう。お父様は難しいけれど、お母様と僕とフィーで、どうかなって。僕の学校の準備をしながら、フィーに気分転換になればいいなって思って。」


 シスは頬をかきながらオフィーリアの顔を伺う。


 シスの言う学校というのはこの国の人の多くが十歳から十五歳の間に通う教育機関である。シスは現在九歳であるため、ちょうど一年後にはその学校に通うことになる。


 その学校の準備をするとシスは言ったが、本来貴族であるオフィーリアたちは直接店に行く事はなく、商人の方が家に売りに来ることが普通であった。実際、過去の時も街に直接赴く事はなかったはずだ。


 オフィーリアは学校のことに詳しくなかった。なぜならオフィーリアは第一皇子との婚約を結んだ時から、王宮のお抱えの先生たちがオフィーリアの教育を担当したからだ。そのため、オフィーリアは学校に通うことがなかったのだ。


 オフィーリアには縁のなかった世界だが、シスは最後までしっかり学校で過ごしていた。


 オフィーリアはこのシスの提案を渡りに船だと思った。どうして以前と違うことが起きているのかは分からなかったが、この提案に乗らない手はない。


「お兄様!私、ちょうど街に行ってみたいと思っていたんです!」

「そうだったの?ならちょうどいいね。フィーの気分転換になったらいいなと思ってたから、よかったよ。」


 どうやらシスは倒れてから様子がかわったオフィーリアのことを気にかけてくれているようだった。


 オフィーリアはシスに勘付かれている気がして、最近の自分の行動を反省した。


(サラにも他の商人たちにも心配をかけてしまったみたいだし、もう少し子供らしくする必要があるのかしら。)


 正直にいうと、オフィーリアはこの頃の自分がどうやって過ごしていたのかあまり覚えていなかった。子供らしく走り回っていたような気がするし、周りに迷惑ばかりかけていたような気もする。両親やシスにも甘えていたような気がする。


(子供らしくって、どんな感じかしら。)


 オフィーリアかわ知らず知らずのうちに眉間に皺を寄せて考え込んでいると、シスがその皺を伸ばすように撫でてきた。


「ここ、くちゃってなってるよ。フィーの可愛らしい顔が台無しだよ。」


 静かに目を細めて笑うシスはとても優しく温かく、人間味に溢れていた。 


 怖いものなんてないはずなのに、シスの手が伸びてきた時、反射的に体が跳ねそうになった。思わず身を固くしたオフィーリアにシスが気づいた様子はなかった。


「じゃあ、僕はお母様のところに行ってくるね。また、あとでね。」


 最後に軽く頭を撫でてからシスは部屋を出て行った。

 オフィーリアはシスが出て行った扉をしばらくぼうっと見ていた。


「まだ、克服するまでには時間がかかりそうね。」


 そう呟きながら自分の小さな手を見つめる。


 あの日のことを、シスに感じた本能的恐怖を乗り越えるにはやはり時間が必要なようだった。


 手を開いたり握ったりしながらその場に立ち尽くす。


 いつか心の底から自然とシスと向き合えたらいいなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る