第十話
魔塔はシエロ帝国の根幹に関わる機関の一つである。初代シエロ帝国国王が魔術師であり、精霊士に取って代わる存在として魔術を推進したため、シエロ帝国は長年に渡り魔術師の国ともいわれてきた。魔塔はその象徴として国内外に有名であった。
シエロ帝国にいる魔術師の多くは魔塔に籍を置いている。というのも、魔塔に所属するだけで幾らかのお金と個々人の研究の援助を受けることができるのだ。それぞれの研究で成果を残せば、それに見合った支援を受けることもできる。
魔術師が魔塔に所属するデメリットが少ないこともあり、大半の魔術師は魔塔に所属するのだ。しかし、魔塔に所属することに強制力はなく、中には魔塔に所属せず野良で魔術の研究をする魔術師もいた。噂の範囲でしかないが、そういう人たちは群れるのを嫌う、変わり者が多いと言われている。
オフィーリアの記憶では、ジャレッドは魔塔を通してミアズマ病に関する研究を発表していた。
だから、彼は魔塔に所属していると考えていた。
「困ったわ。」
オフィーリアはサラに頼んで魔塔に人探しの調査を依頼していた。そして先ほどサラからその結果が書かれた数枚の紙を渡された。それを見たオフィーリアは少しだけ顔を顰めた。
その紙には魔塔に所属する人の中でも、魔物やそれらに関する研究をしている人を一覧にして書き出されている。
魔物は人々にとって脅威ではあるが、同時に滅多に現れるものでもないため、研究をしている魔術師の数もごく僅かで、研究が進んでいないのが現状だった。
だからこそ、ジャレッドという魔術師もすぐに見つけることができると思っていた。
「考えが甘かったわ。まさか、魔塔に所属していないなんて。」
数枚の紙を机に並べてオフィーリアは机に手をつく。その紙に書かれた名前の中にはジャレッドという名前は書かれていなかった。
「それじゃあ、彼は一人で研究を進め、特効薬を見つけたというの?」
もしかしたら、今現在は違う分野を専攻しているのかもしれない。それに一人でも研究ができないことはないが、それはあまりにも現実的とは言えなかった。
いくらこの分野に手を出している人が少ないとはいえ、今回の調査結果のように全くいないわけでもないのだ。その人たちの研究の内容や魔塔に貯蔵されている数多くの文献の閲覧、またそのほかにも様々な支援を受けずに、かの研究を完成させるのは些か難しいものがあるのではないだろうか。
それでも、今手元にあるこの結果が正しいのであれば、ジャレッドという魔術師はそれを一人で成し遂げたということになる。
(いえ、彼は確かに魔塔を通してその成果を発表していたわ。それは間違いないわ。…でもそれじゃあ、何故今魔塔に所属していないのかしら。研究が完成するまでの間に、魔塔に所属するきっかけがあったということ?)
流石にオフィーリアの記憶をもってしても、その研究がいつ発表されたのか正しく覚えていなかった。それでも大雑把な時期ならなんとなく覚えている。たしか、リリーが亡くなってから半年くらい経った後くらいだったはずだ。
このままジャレッドに会えないままでは、またリリーが死んでいくのを見ているしかなくなる。リリーがその病に身を侵されるまでにはまだ時間があるから対策を立てるのも簡単だろうと考えていた。しかしどうやらそう簡単な話ではないようだ。
オフィーリアはため息を吐きながら椅子に腰かけた。目を静かに閉じて、動揺した心を落ち着ける。心の波は思考の邪魔になる。だから、それら一切を排除するため、意識を整える。
これはずっとオフィーリアがずっとやってきたことだ。だから余計な雑念を消すことは容易にできる。
しばらく集中したあと、閉じていた目を開く。輝く銀髪の隙間から黄金色の瞳が現れる。その鋭さはかつてのオフィーリアを連想させた。
(ジャレッドに会うことを第一に考えていたけれど、今現在は魔塔に所属していないのなら意味がないわ。だから、順番を変えましょう。)
ジャレッドに協力を取り付けるのは早ければ早いほどいいはずだ。だからこそ早急に行う必要がある。だが、現状、オフィーリアの手元にある情報だけではそれを実行することは難しいことも明白であった。
(情報屋を頼りましょう。もともと情報屋にもコンタクトを取るつもりだったのだから、今から動けば遅くはないはずよ。)
オフィーリアはここ数日、ジャレッドについて調べながら並行して情報屋の選別も行っていた。過去、オフィーリアが利用したことのある情報屋から、噂程度にしか知らない情報屋まで思い出せる限りの記憶を全てさらいだした。
その中からオフィーリアは一人の情報屋に当たりをつけていた。オフィーリア自身はその情報屋を利用したことはなかったが、ある時からその噂はずっと耳にしていた。
お金次第で欲しい情報は何でも提供してくれる。そういった噂が一時期王宮内で広がったことがあった。その情報屋はお金が払えるものであれば客層を選ばず、また独自の情報網を所持しており、その情報屋にわからない事はないとまで言われていた。
第三区の奥まったところに自身の店を持っており、情報屋の仕事だけでなく問屋としての仕事もしているとか。
ドリィ・テーラー。
その情報屋の名前だ。
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