第九話
オフィーリアは部屋に戻ると一枚の紙を取り出した。それは小さなメモ用紙であったが、金箔の装飾が施されており、ただのメモ用紙にしても高いものであることが窺えた。
しかしオフィーリアは当然のようにその紙を、文字通りメモ代わりに使用する。
そこにオフィーリアは今やるべき事を書き出した。
『・お母様の運命を変える
→ジャレッドに協力を仰ぐ
→そのために魔塔に調査を依頼する
・謎の女性について調べる
→情報屋に調べてもらう
→情報屋は誰にするのか
彼女の真意はどこにある?
彼女の持つ力とは?
→あの手の紋章が関係している?』
やらなければいけないことはたくさんあるが、その中でもより優先的に考えなければならないものを列挙する。
(あの女性のことについても、もっと知る必要があるわ。お母様を、家族を守るためにも。)
謎の女性のことについて推察しようにもオフィーリアの手元には彼女に対する情報があまりにもなさすぎた。
(それにしても、あの女性。確かに私は彼女の方のことを知らないはずなのに、考えれば考えるほどどこかで会ったことがあると感じるのは何故なのかしら。)
オフィーリアがあの女性と会ったのは、あの地下牢獄が最初で最後のはずだった。オフィーリアの記憶違いという線も、可能性としてはあり得るが、あれほど特徴的で鮮やかな桃色の髪に、血を流し込んだみたいな瞳の色は、一度会っていればそうそう忘れられそうになかった。
そう考えると、やはりオフィーリアとあの女性はあの時初めて直接会ったと考えるのが妥当だろう。
オフィーリアのこの感覚も、考え過ぎによるものだろう。そうオフィーリアは自分を納得させた。
(情報屋についてはいくつか当てがあるから、おいおい絞っていくとして、どうやってジャレッドにに会うかを考えないといけないわ。)
あの女性のことについては今すぐ解決できる問題でないことは初めからわかっていた。そのため、一旦考えることをやめて、女性のことは脇に置いておくことにする。
当面の目標は魔塔にいるであろう魔術師ジャレッドに協力を取り付けることになりそうだ。そしていずれリリーがその身を侵されることになるミアズマ病の特効薬開発の支援をすることだ。
(ミアズマ病の特効薬についての記事は、過去にたくさん読んできたわ。だから、何が必要なのかもわかっているわ。)
誰も口にすることがなかっただけで、きっとリリーが死んだ後、誰もがそれらの研究記事を読み漁っていた。
あともう少し早くその研究が完成していれば、そうみ誰もが思っていた。しかし、それを口に出してしまえば、その事実に押しつぶされ、二度と前を向くことができなくなることも分かっていた。
だから、誰もそのことについては何も言わなかった。
(お父様だけは、現実を受け入れられなかったけれどね。)
ジェイドだけはあの家で唯一、リリーの死を直視することができなかった。いや、今思えば、きっとジェイドの反応こそが普通だったのだろう。オフィーリアやシス、それに屋敷に勤めていた人たちはみんなリリーのことには一切触れず、なるべく思い出さないようにしていた。
個人を偲ぶ方法はそれこそ人それぞれあるだろう。だからオフィーリアたちが間違っていたわけではない。だけど大好きで大切な母が死んだにしては、私たちはあまりにその死に対して興味を持っていなかった。
今となっては消えてしまった過去だ。そして何もしなければもう一度訪れる未来でもある。
オフィーリアは二度とそんな未来を迎えないために、不安要素の芽を積みながら一人で成し遂げる必要がある。
きっと簡単な道のりではないだろう。だけどオフィーリアはもう諦めたくはなかった。
オフィーリアは自らの望む明日を手に入れるために、諦めない選択をする。
* * *
シエロ帝国は王城を中心に円を描くように城下町が形成されている。城下町は王城に一番近いところを第一区とし、第五区まで作られている。そして第五区の外側には区内に入れない人たちの集まり、貧困街が広がっていた。つまり、第五区に近づくほどそこに住む人たちの階級は下がっていくことになる。
オフィーリアが住んでいる場所は第一区のなかでもより王城に近いところになり、第一区の中でも良い場所と言える。
それに反して、その男、シャルマンの家族は第五区と貧困街の境目に住んでいた。貧しい家ではあったが、家族は仲が良く、シャルマンは決してその家に生まれたことを恨んだことはなかった。
シャルマンは、低級層の出でありながら誉れ高き第一騎士団の騎士であった。第一騎士団はジェイド・ガルシアが率いており、王城の警護や第二区までの警備及び時折出現する魔物や害獣の駆除を任されている。
シャルマンがその騎士団に入れたのは本当に偶然でしかなく、運が良かったと言える。
シャルマンは第一騎士団に勤めていることを誇らしく思いながら、家族の待つ家までの道を歩いていた。懐には家で待つ妹や弟のお土産であったり、家への仕送りの一部が入っていた。
あと少しで家にたどり着くところでシャルマンは後ろから誰かに声をかけられた。誰だろうとおもって振り返ると、水ぼらしい格好をした子供が立っていた。
「どうしたんだい?」
シャルマンは優しくその子供に声をかける。家で待つ妹や弟のことを思い出したのだ。
その子供はシャルマンを見て目を細めた。
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