第八話
心配していた父と兄との再会は、オフィーリアの心配をよそに何事もなく過ぎていった。
兄のシスは食事中、終始オフィーリアのことを気にかけ、オフィーリア自身も驚いたほどだった。それに比べて父のジェイドは元々寡黙な人であることもあり、積極的に会話に参加することはなかった。それでも、言葉以外のところでオフィーリアのことを心配していることが伺えた。
リリーは家族の会話に頷いたり、ジェイドのフォローに回りながら、オフィーリアにも笑いかけてくれた。
そこには、オフィーリアが夢にまで見た、平凡な日常があった。まるで、これこそが本来の日常で、オフィーリアの経験してきたあの未来こそ悪い夢だと思えるくらいには、ここには全てがあった。
(でも、忘れてはいけないわ。)
オフィーリアは食事の手を止めて、一人俯く。
この幸せで温かい日々は長くは続かない。記憶通りであれば、リリーは間違いなく遠くない未来でその命を落とす。そして、オフィーリアの家族はまたバラバラになる。
それを防ぐためには、オフィーリアがリリーの死を回避するだけでは足りない。オフィーリアは死ぬ間際に出会った謎の女性を思い出す。
(あの女性が何者であるのかも知る必要があるわ。)
謎の女性はオフィーリアに関わる出来事に自らがオフィーリアに関わる出来事に自身が関与していると言っていた。
それが本当なら、リリーの死の原因にもその女性が関わっていると考えられる。その女性がどこまでオフィーリアに関わっていたのかわからないが、わからないからこそ慎重に動く必要がある。
あの女性はオフィーリアの事をよく知っているようだったが、オフィーリアはその女性について身に覚えがなかった。
(身なりは綺麗だった。あの地下牢獄に入れる事を考えても、おそらく貴族でしょう。だけど、私が把握していない女性となると、地方の男爵令嬢辺りが最も有力だけれど…。問題は何故あの女性が私を標的にし、あのタイミングで姿を現したのか。そして私がここにいる理由。)
回帰前のオフィーリアには残念ながら敵が少ないとはいえなかった。それはオフィーリアの行動に問題があったわけではなく、私欲と権力が渦巻くあの世界では、誰もが他人の足を引っ張り合い、誰もが誰かの敵になり得たのだ。
特にオフィーリアは第一皇子の妻として他の貴族から狙われる立場にあった。
「フィー?大丈夫?」
隣から声をかけられて、今が家族との食事中であった事を思い出した。隣に座るシスが心配そうにオフィーリアを見ていた。
「大丈夫です。ちょっと、お腹がいっぱいになってしまって。」
オフィーリアはシスを安心させるために愛想笑いを浮かべる。シスは納得していないような顔をしながらも、オフィーリアの言葉を信じて食事を再開した。
「まだフィーは病み上がりだもの。無理して全てを食べる必要はないわ。」
リリーが助け舟を出すと、ジェイドが横で頷いた。オフィーリアは家族の思いやりがなんだかくすぐったく感じた。
「大丈夫です、お母様。せっかく用意してもらったものなので、もう少しだけ食べようと思います。」
オフィーリアのお腹はすでにいっぱいであったが、家族揃って食べる食事の時間をもう少し味わいたくてそう答えた。
「無理する必要はない。」
ジェイドが冷たく言い放った。そして近くに控えていた使用人にオフィーリアの食事を下げるように指示を出す。使用人はオフィーリアの様子を伺いながらも、ジェイドの命令に従いオフィーリアの前から食事を下げていく。
オフィーリアは半分ほど手をつけた料理が片付けられていくのを見ていた。オフィーリアは別に怒られたわけではないのに、いけない事をしてしまったような気分になった。
ほんの少しだけ下唇を噛み締める。するとリリーがわざとらしく咳をした。オフィーリアははっとして顔を上げる。その時、ちょうどオフィーリアを見ていたジェイドと目が合った。
「お父様は、すこーし言葉が足らなくて困っちゃうわよね。ねぇ、シスもそう思うでしょ?」
「え?……えっと、その………。」
リリーが仕方なさそうに笑いながらシスに話を振ると、シスは食べる手を止めて答えにくそうに言葉を詰まらせ視線を彷徨わせた。
「リリー、君もシスを困らせるな。…でも、そうだな。私はあまり言葉がうまくないからな。」
リリーを軽く嗜めると、小さく咳払いをした。そして不器用ながらも暖かみのある笑みをオフィーリアに向ける。オフィーリアはそのジェイドの絵を見て安心する気持ちと同時に懐かしさを感じた。遠い昔、よくジェイドが見せてくれていた表情だった。
「まだ、体調が万全ではないだろう。ただでさえ、フィーは食が細い。だから、私達に無理に合わせる必要はない。…それに食事が一人だけ早く済んだからといって、一人で部屋を去らなければいけないこともない。」
ジェイドには、いやこの家族にはオフィーリアの考えはお見通しのようだった。
オフィーリアは自分の考えていた事を言い当てられて目を丸くした。ジェイドは想像以上によくオフィーリアのことをよく見ていたようだ。
「……はい。」
オフィーリアは小さく頷いた。僅かに頬が熱くなる。
きっと家族が揃うこの時間を何よりも大切に思っているのは、なかなか家に帰ってこれないジェイドなのだろう。
ジェイドはなんとか自分の意図が正しくオフィーリアに伝わった事を悟り、その笑みを深くする。隣でリリーも嬉しそうにしていた。
「さぁ、朝の時間は短いわ。朝食の続きしましょう。」
リリーがそう促すとジェイドとシスも頷き食事が再開される。
こうして、オフィーリアの家族との朝食の時間は穏やかに、何事もなく過ぎていった。
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