第七話
食堂は一階の玄関ホールの奥に位置していた。オフィーリアの部屋からはやや遠く、特に今の小さな体ではそこまで行くのはより大変だった。
家族と食事を摂るだけなのに、オフィーリアは必要以上に緊張していた。自分自身で決めたことだが、こんなに緊張するとは思ってもみなかった。
「大丈夫ですよ。皆様、お嬢様のことを温かくお出迎えしてくださいますよ。」
オフィーリアよ緊張が伝わったのか、サラが勇気づける様に言ってくれた。オフィーリアはそれに曖昧な笑みで返した。
きっとサラにはこの気持ちを正しく理解することはできないだろう。オフィーリア自身もこの感情にはっきりとした名前を付けられそうに無いのだから。
そんなことをつらつらと考えていると食堂までの道はあっという間に終わってしまった。食堂に続く扉は重たそうな両開きの扉であった。
サラがオフィーリアの様子を伺いながらも、すっと前に立ち扉をゆっくり開けた。
扉を開けると料理のいい香りがふわりと漂ってきた。どうやらちょうど料理を並べているところだったようだ。
扉を開けたサラは体を横に避け、オフィーリアに道を譲る。オフィーリアは一度だけ深く息を吸って吐くと、心を決めて前を向く。そして部屋の中に足を踏み入れた。
扉が開いた音で使用人達が手を止めることはなかったが、それぞれの椅子に座っていたオフィーリアの家族はみんなオフィーリアの方を見ていた。
「フィー!ちょうど準備ができたところよ。さぁ、こっちにいらっしゃい。」
一番最初に声をかけたのはリリーだった。リリーはわざわざ席を立ち上がりオフィーリアの近くまで来て出迎えてくれた。そしてオフィーリアの肩を抱き、優しく部屋の中へ誘った。
食堂は長方形の形をした広い部屋だった。食堂には長い机を中心に、八つの椅子が並べられていた。部屋の一番奥には主に冬に使用している暖炉があり、その横には華美な装飾が施された花瓶があり、色とりどりの花が生けられていた。
オフィーリアなら見て右側の一番奥にはオフィーリアの父であるジェイド・ガルシアが座っていた。眉間に少しだけ皺を寄せており、目つきも鋭いため、怒っている様にも見えた。短く切り揃えられた銀色の髪は、オフィーリアと揃いのものであった。そしてジェイドの瞳は、オフィーリアから見て左の一番奥に座る兄のシス・ガルシアと同じものであった。
ジェイドとシスはオフィーリアのことをじっと見ていた。オフィーリアはその視線に居心地の悪さを少しだけ感じて、リリーの影に隠れる。
「フィー!」
するとシスが動いた。ひょいっと座っていた椅子から降りると、入り口付近で立ち止まる二人のもとに駆け足で近づいてくる。そして、リリーの影に隠れる様に立つオフィーリアの顔を心配そうに目尻を下げながら覗き込んだ。
「フィー、もう大丈夫?辛いところはない?」
顔を覗き込まれた時、反射で顔を背けそうになったが、それよりも先にシスの透き通った瞳を見たら目が離せなくなった。
ジェイドと違い、少し目尻の下がったシスの顔は、見る人によっては弱々しく感じられるかもしれない。しかしそこにはオフィーリアへの慈愛が詰まっていた。
「もう……大丈夫、です。お兄様。」
そのことに気がついたからオフィーリアはとても自然にシスに笑い返すことができた。
シスと対面する時、どうしても自分の死に際のシスの顔を思い出し、自分でもどうすることのできない感情に支配されるのではないかと思っていた。
もちろん、こうやって自然に会話ができた今でも全く平気なわけではなかった。それでも、シスと向き合うだけの心の余裕は僅かに生まれていた。
「そう。でも、まだ顔色が悪いみたいだ。僕達のために、無理をしてはいけないよ。」
シスは優しい笑みを見せながらオフィーリアの頭をぽんぽんと撫でる。その表情は、オフィーリアの記憶にあるどの顔にも当てはまらなかった。
こんなに穏やかなシスの表情は初めてみたかもしれない、と錯覚しかけるほどだった。しかしそんなことはないと頭を振る。
きっとオフィーリアが忘れてしまっていただけで、シスの元々の人柄はこの様に優しく穏やかなものだったのだろう。
(ここにも、私が忘れてしまっていたことがあったのね。)
シスに心配されながらもオフィーリアは改めて見つけたことを大事に心にしまう。もう忘れてしまわない様にと。
そしてふとオフィーリアは思った。
(どうして、私はこんなにもたくさんのことを見落としてしまっていたのかしら。)
オフィーリアの意識の奥で、誰かが笑った様な気がした。
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