第32話 SF世界がファンタジー世界の真似事してんじゃねえ!
サーバールームは電源が落ちているだけですぐさま再起動できた。
解析を<ラン>に任せる中、イクトは手持ちぶさたに備え付けの端末を起動させる。
施設各所にある防犯カメラの映像から、当時の様子を自分なりに探ろうとしていた。
最新の映像記録は今より一ヶ月前、メタクレイドルに転移する、ほんの少し前だ。
再生される映像にイクトは目を疑った。
息を忘れては両目を見開いて映像を食い入るように注視する。
一人の小柄な少女が大人たちに囲まれ、アラート響く通路を駆けている。
その手には身体に不釣り合いなトランクケース。相応の重さがあろうとキャスター付であることから滑るように移動していた。
『プロフェッサーワシザキ、ここはもうダメです! 急いでメタクレイドルに転移を!』
『ダメだ、ダメだ! 後一〇分あれば完成なんだ! これさえあれば<アマルマナス>のマスターコアを引き寄せ、空間に固定することができるんだぞ!』
画像精度は荒いが、イクトが見間違うはずがない。
癇癪を起こすように叫ぶ少女は間違いなくリコだ。
見つけた。ついに手がかりを見つけた。イクトの中で歓喜と驚愕がぶつかりあう。
何より驚くのは自力で、<アマルマナス>の真名にたどり着いていることだ。
『そして、これさえ撃ち込めば全<アマルマナス>に活動停止命令を伝達することができる! MAなんてものを使わず、戦わずして勝つことができる!』
『もうそんな悠長な状況ではないのです!』
必死の説得にリコは表情を曇らせては泣きそうな顔となる。
『この半年、ボクは色々な準備をしてきた。FOGとの交信にて正体が<アマルマナス>であること。その素粒子を利用したALドライブの開発。MAの設計と開発、サポートとなるAIの基幹プログラミング。そして、モルくんの行方だ!』
映像を食い入るように見入るイクトの表情はただ驚愕に染まっていた。
まさかMAの設計と開発がリコの主導で行われていた。
いや、だからかと合点が行った。
「<ラン>のお調子者なところはリコの性格が反映されたからか」
小説やマンガ、プログラミングには制作者の癖が反映される。
言うが多い。が、で止まる。上げて落とすなど個性いうべき痕跡があった。
『申し訳ございません!』
『うわ、やめろ!』
見かねた大人がリコを抱き抱える。
手足をじたばたさせてもがくがリコの身体能力では抵抗にすらならない。
最後の足掻きか、白衣から取り出した手帳にペンを走らせれば通路に投げ捨てる。
『えええい、もし、もしもだ! モルくん! 君がこの映像を万が一にも見ているならば、月だ! 黒き月に迎え! そこに亜空間制御施設がある! 座標はここだ! いいな! 君の地頭で理解は無理だろうが――』
リコの声はノイズにより断ち切られ、映像は終わる。
「いたんだ、ここにリコが……」
安堵する一方、行方知れずの事実が胸を苦しめる。
人をけなした事実は置いておく。再会したら手荒い鷲掴みで勘弁してやろう。映像ではメモ帳を通路に投げ捨てていた。どのカメラか調べれば居住区にあるカメラだと判明した。
『イクト、ちょっといいかい?』
居住区に向かう途中、<ラン>から通信が入る。
『データの解析が終わったんだけどさ、かなりやばいもの見つけちゃったよ』
普段通りなら、お宝発見、ボク凄い! と自画自賛するはずが、今回に限り音声が重い。
『まず、ここでまとめて造れば効率いいのにMAがバラバラだった理由』
まず生産拠点を分散させることでリスクに備えた。
次いで連合という各国の群体である以上、一台で既存兵器を凌駕する車両の存在は軍事バランスを崩しかねない。
下手をすれば紛争無き年が一〇〇年で終わってしまう。
一方で<アマルマナス>の襲来により経済は低迷。
軍事も視点変えれば経済活動である。
車両一台でも多種多様の部品を必要とするため、経済対策として民間企業への部品の製造委託が行われた。
連合加盟国に経済格差が生まれるのを防ぐ政治的な配慮によりMAは製造される運びとなった。
『予定通りなら半年後に全車両、バディポット共々完成するはずだったけど、<アマルマナス>の大規模攻勢にて破綻。その後の展開はイクトも知っての通り。パーツ状態の<グラニ>やスタッフをメビウス監獄に押し込んだってわけ。他の車両を見る限りメビウス監獄にすら入れられなかったみたい』
半年という短い期間で組み上げられるのも、惑星ノイが高い製造技術を持っているが故だ。
それでも結果として間に合わず、人類は存亡を賭けて亜空間に転移した。
「和尚さんは<ギョクリュー>はコンテナごと落ちてきたと言っていたが、経緯を知れば納得だわ」
『残りの二台が未完成でここにあるのも、製造拠点がやられて運び込まれたからだよ。それで、ここからが本題』
いつになく<ラン>の音声は重く張り詰めていた。
『ここの人たちさ、<アマルマナス>の対抗策の一環として、あらゆる世界、つまりは平行世界、異世界とかから、亜空間転移技術を応用して、優れた技能や頭脳を持つ人たちをこの世界に転移させてきたみたい』
ぴたり、とイクトの足が止まる。再会への熱は一瞬で凍てついた。おぞましさが足先よりこみ上げ、背筋を貫き走る。身に覚えがあるからだ。
「転移、だと?」
イクトの声に険がこもる。自然と目尻に圧がこもる。
『端的に言うと対抗策がネタ詰まりだから、連合政府主導であらゆる世界から優れた人を集めるに集めては別世界の技術を取り入れながら<アマルマナス>研究を進めていたみたいなんだ。元々有人宇宙船とかAIの開発技術はあったんだよ。電磁皮膜とかもデブリ除けシールドの応用だし。けど他の技術……粒子ビームはロボット戦争のある世界から、自己修復装甲はナノマシン医療が発達した世界から、斥力や光波での推進は外宇宙開発の世界、アルケミーサイクルの基幹技術は別世界の錬金術からときた。ついでにイクトが遜色なく会話できている翻訳機も魔法世界の魔法術式を電子データに置き換えた恩恵』
おぞましさが血流に乗ってイクトの全身に駆けめぐる。全身を震えさせる中、無意識の怒りが左腕を動かし壁面を殴りつけていた。打ち付けられた壁が凹み、無数の亀裂を枝分かれさせる。
「はぁん、ならあの時の黒い穴はリコ狙いで、俺は巻き込まれた口かよ!」
異世界ファンタジーの勇者召還かと皮肉った。
正直、かっこいい展開だろうが、この手の召還は正直嫌いだ。
「SF世界がファンタジー世界の真似事してんじゃねえ!」
助けを求めるのは分かる。分かるが、自分の世界の問題はそこに住まう自分たちで解決するべきだ。見ず知らずの関係のない人間を身勝手な都合で巻き込むな。仮に見返りがあるとしても、逆に自分たちの家族が突然、別世界に奪われたらどんな気持ちを抱く? 一個人の小さな幸せを奪う奴らに大きな世界の幸せを守りきれるとは到底思えない。
「勝手に引きずり込んでおいて、自分たちは
絶滅回避のため、なんてただの詭弁だ。確かに開発されたMAで救われた人たちがいるのは事実だが、結果論だ。
「他にめぼしい情報は!」
自然と語気が強くなったのを自覚することなくイクトは問う。
『連合軍との通信記録だけど、黒い月のほうでかなり大きな戦闘があったみたい。なんでもマスターコアを別の亜空間に押し込めるとかなんとか、ノイズが激しくてこれ以上は解析できなかったよ』
「そうか」
怒りに呑まれながらもイクトの頭は冷め切っていた。
お陰で、今自分が次に取るべき行動が何か見失っていない。
「少し寄り道してからそっちに戻る。発進準備をしといてくれ」
『うん、分かった。気をつけて帰ってきてね』
普段なら、トイレ? とボケの一つぐらい出す<ラン>だが、イクトの機微をサーチしてか、定型文で返していた。
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