第33話 チューンナッププログラム?
イクトは<グラニ改>に乗り込むなり、回収した手帳を取り出した。
記憶にあるリコの文字。研究絡みに限定して、意図して癖のある字で書くだから慣れないと解読するのに苦労する。
当人は、暗号みたいで面白いだろうとニヤついた顔をしていたので、デコピンを入れるのは毎度の話だ。
『この数式は……』
上から覗き込んだ<ラン>が瞠目するように電子アイを明滅させる。
手帳には余白がないほど、びっしりと数式やプログラミング言語が書き込まれている。
何が何だかさっぱりなイクトと対象的に電子アイの点滅を繰り返す<ラン>は手帳をスキャンしてはあれこれ唸り出した。
『ふむふむ、わお~これはまたね~うひゃ~とんでもないな、ぬぬぬ!』
「なんか分かったか?」
喜怒哀楽を絡める<ラン>。
バディポットでも易々と組めぬプログラミングに興奮しているのか、微妙に球体ボディが震えている。電子アイの明滅が終わったのを頃合いとしてイクトは聞いた。
『端的に言うとこの手帳に記載されているのはチューンナッププログラムだね』
「チューンナッププログラム?」
『亜空間に突入可能とすると同時、亜空間内において自由行動を可能とする領域の展開』
目尻が跳ね上がる。
本来、亜空間は生身で活動できぬほど過酷な空間だと聞いている。
だからこそ肉体を凍結保存しアバターなる偽りのボディで活動するのもまた。
『ALドライブより生成した素粒子を車体にまとわせることで亜空間の次元障壁に突入口を開ける。広域散布することで亜空間内の重圧を一定期間中和させて活動可能とするみたいなんだ。要はプラスとマイナスをぶつけあってゼロにするみたいな感じ。いくらALドライブが半永久に動くといっても動かしすぎるとダメだし使い続けると損壊のリスクもある。そのためのリミットも組み込んであるみたい』
なんのために、とイクトの脳裏に疑問が走る。
亜空間メタクレイドルは言わば第二の惑星ノイと言っても過言ではない。
ある意味<アマルマナス>蔓延る世界より隔離された理想郷。
その亜空間内で活動できる術を残すリコの意図は。
「いや、まさか」
第六感が嫌な方向にイクトを誘っていく。
連想されるは、黒い月で起こった連合軍の通信記録。
そして口走るはただ一つの疑問。
「亜空間ってのは一つだけじゃないのか?」
正直、話を聞いた程度でイクトは普通の亜空間に一度も足を踏み入れたことがない。
神の如く宇宙を創造するように、銀河規模の別空間を作り出したと思いこんでいた。
だが、連合軍は別の亜空間に、との通信が残っている。
その別の亜空間にマスターコアを押し込めると。
下手をすると、タワーマンションを建造するようなノリなのか、不明だ。
『わかんないな~なんせ亜空間に関するデータはここのデータベースにもなかったもん。恐らくだけど、侵入防止のために亜空間関連のデータは消去したんだと思うよ』
「お前、<グラニ改>のテストの時、言っていたよな。前通じていたビーム攻撃は通じにくくなってるって」
『うん、ログにしっかりとね。ああ、なるほどイクトの懸念はそこか!』
流石、相棒気づいたようだ。
一で全、全で一の<アマルマナス>は情報共有をしているとなる。
常に相互データリンクしていると言って良い。
取り込んだ、一つとなった、消失した、原因は、そして対策は、と学習を積み重ねていくはずだ。
そうであれば粒子ビームが効きにくくなった理由に説明が付く。
「マスターコアを亜空間に押し込めたとして、そのマスターコアが亜空間の構造を学習でもしたら」
『うん、理想郷なんて一発で終わりだよ。いや、それどころか、亜空間転移技術を応用して数多の世界に活動範囲を広げる可能性だって出てくるよ』
戦慄がイクトの背筋に怖気となって走る。
<アマルマナス>の行動原理は融和。
争いをなくすために心身共に一つとなる迷惑な融合だ。
他の世界がどのような世界か不明だが、平和な世界があれば争い続ける世界もあるはずだ。
下手しなくともあらゆる世界が<アマルマナス>により滅亡する。
「<ラン>、行くぞ」
『ヨ~ソロ~、次の目的地は黒い、うっわわわわっ!』
発進しかけた時、施設に大きな揺れが襲う。
一度や二度ではない。
立て続けに起こり、外と中を仕切る何重もの隔壁が爆発により弾け飛んだ。
急激な気圧の変化により基地内に残されていた空気が外へと吐き出されていく。
「どこからの攻撃だ!」
『サーチ! ピキュキュ~ン! 高速飛翔体多数接近! その熱量により発射地点を算出! 出た! この基地の真上、さあ、どこの誰だってえ、ええええええっ!』
イクトは驚愕にリソース振る<ラン>を後ろにデータリンクで情報を閲覧、そして忌々しく舌打ちをした。
「こいつ、生きていたのか!」
施設に攻撃を繰り返すのはMA03<レッドラビット>。
推進部損壊にて月面に墜落したはずが、ミサイル満載の重装備で再登場していた。
「アバターならともかくMAはアバターじゃないだろう! なんでこんな短時間で修理が終わってんだ! パーツとかミサイルにナパーム弾をどっから持ってきた!」
『あちゃ~そういうことか~』
「どういうこと、あ~そういうことか、修理じゃないのね」
イクトはすぐさま合点が行くように怖い顔で頷いた。
答えはすぐ目の前にあった。この倉庫こそ、その答えだ。
「お前、あいつの侵入に気づかなかったのか!」
『いやいや警戒はしていたよ? <グラニ改>に近づくならすぐ反応したよ?』
機械がみっともない言い訳をし出す。
手などないはずが、わたわたと手振りで誤魔化す幻影が見える。
間違いなく<ラン>はあくまで警戒網を<グラニ改>近辺に設定したのだ。
だから倉庫内に誰が入ろうと、何を持ち出そうと警戒網外なので<ラン>は気づかないし、相手は捕捉されない。
そのまま補修パーツどころかミサイルまで持ち出された結果が、この
パーツさえあれば交換するだけで手早く済む。
済むも短時間で作業を終える腕前と再攻撃に移る執着心には恐れ入る。
「こいつ絶対、現実世界でもメタクレイドルでもモテたことねえだろう!」
『あ~もうミサイル満載でどんだけぶっ壊したいのよ!』
雨嵐に降り注ぐミサイルは基地にこもるイクトたちをあざ笑うかの世に飛びかかる。
霰の如く舞い散るナパーム弾は巻き起こる爆炎で挑発してくる。
元々、月面に建造された基地だけに隕石に対する衝突物対策として頑丈に建造されている。
だが、度重なるミサイル攻撃により天井は剥がれ、名パーム弾にて巻き起こる爆炎が白き大地に顔を出すのを強いられていた。
『はっはははははっ! おいおい、いつまで隠れている気だ! 第三ラウンドの開始と行こうぜ!』
<グラニ改>を見下ろすように滞空する<レッドラビット>。
破損した箇所は見あたらずとも、装甲を交換した箇所はその色で判明する。
本来、青であったことからパッチワークのように赤の車両に青の装甲が点在していた。
車両低部や後部にはウェポンコンテナが接続され、好き放題にミサイルやナパーム弾を撃ちだしている。
本来の高機動性を殺すデッドウェイトだがドライバーからすれば、撃ち尽くして分離すれば事足りることだ。
「相手にする暇ないってのにクソ暇人が!」
離脱して黒き月に向かうのは容易い。
容易いが、ストーカーと化したウサギが漏れなくサービスで付いてくる。
馴染みのラーメン店で味玉一つサービスならば嬉しいが、ストーカーはお呼びではない。
一気に距離を引き離したくとも、速度では相手が上だ。
距離を詰められるのがオチであった。
「速度? そうか!」
速度で負けるのならば、速度で勝てばいい。
答えなど案外単純であった。
そしてここにはその答えを実現させるものがある。
「<ラン>、04の区画をスキャン! 使える部品を見つけろ!」
『ああ、そうか、その手があったか!』
実用データは経験として<ラン>に記録されている。
爆炎に包まれる中、<グラニ改>は野ざらしとなった倉庫を駆ける。
いくつもの部品が気圧差にて外に吸い出されたが、奇跡的にそれはあった。
『はい、あった! パーツ単位でも<アマルマナス>対策に作られたものだからね、この程度の炎でダメになるのほど柔な作りはしていないよ!』
<グラニ改>より伸びるアームが両端のない翼を瓦礫の中より取り出した。
MA04<ペガスス>の翼。
専用に設計された車両でなければ、その機能を十全に発揮できないが、今はほんの少し、白き月から黒き月に飛ぶ間だけで良い。
「すぐに使えるか?」
『もちのろんよ! 大気圏突入のこと、もう忘れたの? イクトには悪いけど後部コンテナはデッドウェイトだから分離するよ!』
「背に腹は代えられないか! やれ!」
『ほい、行くよ!』
アームを介して<ラン>は翼を稼働させる。そのまま帽子をかぶるように、車体上部に移動させてはアームで固定。後部コンテナを切り離せば、翼後部より光の粒子が集い、後はもう一条の流星となって白き月より飛び立っていた。
『て、てめええええっ! また逃げるのかっ! 逃げるなっ! オレと戦え! 戦えええええええええええええええっ!』
遙か後方より<レッドラビット>の怒声が通信機を震わせ届く。
<レッドラビット>は車両に接続したウェポンコンテナを強制分離させるなり追跡を開始している。
だが<グラニ改>との距離は縮まらない。
「置きみやげだ。もう一度、月とキスでもしてろ!」
コンソールに指を走らせたイクトは<グラニ改>の武装コンテナを解放した。
段ボールサイズの金属ボックスが<レッドラビット>に向けて投擲される。
『キミみたいに機敏に動く相手向きのクレイモアだ! 受けきれたら相手してやるよ!』
金属ボックスは<ラン>より送られた信号にて爆発。
中に充填された無数のベアリングを四方八方にばらまいた。
「<ラン>、再加速!」
『よ~そろ~!』
光芒に包まれる後部カメラの映像を確認することなく、イクトはただ前だけを向いていた。
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