第29話 相手にする暇なし!
世界が異なろうと食べ物は同じ。
ファンタジー異世界にジャガイモがあるのだから、別の異世界におにぎりがあってもなんらおかしくない。
おにぎりは宇宙食に最適だと、かぶりつくイクトは常々思う。
粘り気のある米を使うことでご飯粒同士がくっつき、無重力空間での飛散を防止する。中に具材を詰め込み、栄養をコントロールできる。パンとて具材を挟んでサンドイッチなどにできるも、かじった拍子にパンかすが飛び散ってしまう。そのパンかすがコンソールの隙間に入り込み、動作不良を起こすリスクがあった。
「ぬがだ(敵か)?」
おにぎりにかぶりついていたイクトは接近警報が響くなり、迷いもなく火器管制システムを解除する。
後少しで白き月面に到着する、というところでの襲撃。
食べかけのおにぎりを飲み込み、密封ボトルに入ったお茶を吸い上げて流し込む。
「ああ、知ってたよ! お約束って奴をな!」
ヘルメットをかぶり直せば、バイザー裏にデータが展開されている。
接近する物体はMA03<レッドラビット>。
小惑星群では謎の艦隊を引き連れては、交戦の末、惑星ノイに突き落としたいらだつ相手だ。
「<ラン>、スパイラルフィールド形成! 無視して突き進むぞ!」
『え、戦わないの? 仕返しするチャンスだよ?』
「相手にする暇なし!」
本来の目的を見失うな。<レッドラビット>は前座にも至らぬ相手。イクトの目的は白き月面基地でリコの手がかりを見つけだすこと。ちんたら相手にする暇などない。
『はっはっは、何かと思えば驚いた! お前、まさか生きていたなんて! それにしっかり改造までしていやがる! ああ、最高だ! まさかこのオレのためにわざわざ戻ってきてくれるなんて嬉しいよ!』
歓喜した相手から通信が入ろうとイクトは聞く耳持たず。
接敵次第、倍返しも視野に入れていたのだが、いざ直面すると怒りも苛立ちも沸き上がらない。
現状、相手にする価値すらないのがイクトの認識だった
コンソールに指を走らせては<グラニ改>のブレード先端に粒子の渦を集わせ、車両全体を包み込ませる。
そのまま推力を全開、一条の流星となって<レッドラビット>を置き去りに白き月面へと猛進した。
『て、てめえ、このオレを無視するのか!』
「邪魔だ、どけ!」
流石は高速車両。あっという間に引き離された距離を詰めては真横につけてきた。
<レッドラビット>底部の折り畳まれた六つの車輪が光る。ロックオンアラートが鳴り響く。六つの光の帯が蛇のように鎌首をもたげながら撃ち出され、<グラニ改>に食らいつくも光の渦に弾かれ霧散した。
『月面まで残り八四キロメートル! フィールド展開限界時間まで十分持つよ!』
イクトはただ正面だけど見据え、横には目を配らない。
<レッドラビット>から、すかさずホーミングレーザーが放たれているようだが、その全てが光の渦により弾かれていた。
「撃つだけ無駄だ! もう止めろ!」
『止めろといわれて、はい止めますと返事するバカがいるかっての!』
ごもっともな返答である。
言葉では通じぬからこそ行動で示さねばならぬとは、人間とはなんと罪深い生き物か、自嘲する。
「<ラン>、スパイラルフィールド解除! テストしこねた追加オプションを使うぞ!」
『へっへ、粒子ビーム兵器搭載の<レッドラビット>相手にはおあつらえ向きのやつだね! オーライ!』
相手は光の渦が切れたのは時間切れだと判断したのか、底部にある粒子ビーム砲の使用に移っていた。
<グラニ改造>の背後に回り込んでは一対の砲口の武威を見せつける。
『ほれほれ、降りるなら今のうちだぞ! 降りないと消し炭になるだけだ!』
<グラニ改>の車内にロックオンアラートが鳴り響く。それでもイクトはハンドル操作による回避行動を取らず、<ラン>もまた回避を提示しない。ただ愚直なまでに月面へと猛進し続けている。
『今度は月の海に沈めてやるよ!』
そして<レッドラビット>より破壊を宿した光が放たれる。
一条の光は鋭き矢となり、後部装甲を展開させた<グラニ改>に突き刺さった。
粒子を弾けさせながら、展開した装甲に吸収され消える。
『な、なんだと!』
息をのむ声がしようと遅い。直撃しようと無傷の<グラニ改>に幻かと現状を直視できないようだ。
『ビームアキュムレーター動作正常! 後部コンテナも無傷の大成功! いえ~い! ひゃっは~!』
<ラン>が歓喜の電子音声を上げる。
地上でのテストを行えなかったもう一つの追加オプション。
これは対MA戦用に<ラン>が開発した粒子ビーム吸収システムである。
全MAには粒子ビーム兵装が標準装備されている。
これは物理に対して高い攻撃耐性を持つ<アマルマナス>を消失させるためのものだ。
開発者はMA同士の連携は想定しても戦闘は想定していなかった。
時間がなかったのか、最初からなのかはさておき、どこか抜けているのは隠しきれない。
もっとも拡張余地を残していたのは評価したい。
『クソが、クソが、クソが!』
「お前の攻撃はもう通じない! 言ったはずだ! 無駄だから止めろと! 退け! 今ここで引けば追撃はしない!」
<レッドラビット>から断続的に粒子ビームが放たれようと、<グラニ改>の着弾地点の装甲が展開し、鏡面状に輝く部位が粒子ビームを吸収する。
『なら吸収できなくなるまで攻撃するだけだ!』
「それも無駄だ! こっちは優秀な相棒がいるからな、既にその対策は設計段階から解決しているんだよ!」
飽和攻撃によるオーバーロードの自爆を引き起こすのは定石であるが、既に対策は施行済みだ。
『はい、吸収した余剰エネルギーを光波推進に回して加速! 加速するよ! ブーストゴー!』
追加装備された光波推進に吸収したエネルギーを回す。
当然、粒子ビーム兵装に威力を上乗せして撃ち出すことも可能だ。
『はっはっは、MA03<レッドラビット>は最高速を出すために実弾兵装はデッドウェイトとなるからって粒子ビーム兵装しか積んでいないんだよね! や~いや~い、悔しかったら一発入れて見ろよ~』
ここに来て<ラン>が相手を煽ってきた。
大気圏に突き落とされた恨みを晴らすかのように煽っていく。
イクトが、止めろと言い掛けた時、相手の怒りが爆発した。
『舐めるなああああああああっ!』
<レッドラビット>が動く。稲妻のような鋭角的な動きで<グラニ改>の前に回り込んだ。そのまま激突するかと思えば、車両先端が開き、スリットが現れる。そこより溢れ出す粒子ビームが車両前面を覆い尽くし、車両そのものを刃として突撃してきた。
恐らくだがイグニションライフル・ソードモードと同じ展開ギミックのはずだ。
車両ボディの先端部を粒子ビームのレールとすることで鋭利な刃とする。
イクトはすぐさま即座にスパイラルフィールドを再展開した。
粒子の渦と粒子の刃が月面上空で激突する。
『その手の吸収する奴は撃ち出すビームに強くても切りつけるのには弱いんだよな!』
粒子と粒子の激突によりバイザー裏が閃光に染まる。
互いの車両は譲ることなく激突を維持し続ける。生じた慣性により、鍔迫り合いのような状態で接触点を軸に回転していく。
『こ、こいつ、もうこっちの弱点見切ってきたよ!』
「まあ切りつけられると吸光パネルが破損するから、普通に気づくっての!」
粒子ビームを吸収する特性上、どうしても避けられぬ仕様であった。
また砲弾やミサイルなどの実体弾は当然として、高い質量攻撃にも弱い。
その弱さを補うために電磁皮膜装甲と適切に併用するスキルが求められた。
「言っておくが、こっちは散々吸収したエネルギーが上乗せてあるんだ! 我慢比べになったら不利なのはお前だぞ!」
呼びかけようと怒り心頭の相手にイクトの声は届かない。
当然、激突状態を維持しているため、互いの攻撃もまた届かない。
『よし、そろそろ保険が発動する頃合いかな!』
互いに譲らぬ拮抗状態が続くと思った矢先、<ラン>が動いた。
電子アイを煌めかせ続け、計算処理に走る。入れ替わるようにキラリと惑星ノイの端に無数の輝きが走った。
『イクト、そのまま右、あ、そこ斜め上、そこ! そこで固定!』
「なるほど、そのための保険か! どんだけとんでも計算してんだ! ホント、お前は戦闘になると役立つよな!」
くるくると激突にて生じた慣性で回転する両車両が宙で停止する。
<グラニ改>が斥力推進にて車両バランスを取ることで回転を止めたのだ。
当然、新たに回転が起こらぬよう微調整も怠らない。
『てめえ、次は何を企んでいやがる! 粒子バリアの中から攻撃でもする気か!』
「生憎、モノフェーズじゃないから内側から攻撃はできないんだよな」
バリア張った相手に攻撃しようと無駄でしかない。
『ふっふ、その突撃は当たったら痛そうだけど、加速に威力を上乗せするために推進部を粒子ビームで覆わず、むき出しにしないとダメみたいだね』
『何を笑って、高速飛翔体の接近警報、ぐああああっ!』
<ラン>が不適に笑うなり<レッドラビット>から着弾の炎が上がる。
大気圏離脱直後に撃ちだした砲弾の群が惑星ノイの衛星軌道を周回し、<レッドラビット>に着弾した。
不確定要素の多い宇宙で命中させるなど、どれほどの軌道計算をしたのか、改めてバディポットの能力にイクトは舌を巻く。
粒子バリアに覆われていない部位に命中した<レッドラビット>は後部より黒煙の尾を引きながら大きく車両バランスを崩していた。
推進基部の破壊には至らずとも、あの直撃ではお得意の高機動は行えないだろう。
『まさかの保険が予測以上の効果を出すなんて驚きだよ。流石だボク! ちょ~凄いぞボク!』
自画自賛する<ラン>は専用台座の上でウサギのようにぴょんぴょん跳ねる。
<レッドラビット>はそのまま白き月の重力に掴まれ、降下を開始していた。
推進基部のダメージは重く、再加速すらできず墜ちていく。
『惑星ノイに落とされた借りはバッチリ返したからね』
イクトは無言のままバイザー越しに月にまた一つ、えくぼが増えるのを見届ける。
「だから退けと言ったんだ。バカ野郎が……」
相手が仮にアバターでありコンテニュー可能だろうと、命奪った罪悪感は否応にも芽吹く。
敵を退けた達成感は沸くことはない。ただ空虚だった。勝利感に酔うことはなかった。
『周囲に敵影なし。ついで月面に人工物らしき物を発見したよ。うん、巧妙に隠されているみたいだけど、ちょーすーごーいボクには無駄なことだね』
「なら<ラン>、発進だ」
『りょーかーい、着陸開始するよ』
<グラニ改>は月面に降り立った。
六つの車輪で白き無の大地を踏みしめて進む。
その中でハンドル握るイクトはただ願う。
(リコ、もしいたのなら手がかりぐらい残しといてくれよ)
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