第28話 彼の宇宙快賊<フリーダム・リボーン>も現状でオレ一人とは泣けてくるね
白き月面を一台の車両が斥力場を車輪に宿して駆ける。
レーシングマシーンを鋭利に進化させたような車両。
MA03<レッドラビット>。
かつて<グラニ>と交戦し熟練度と高機動性で優位に立ちながらも、痛手を受けたMAだ。
その狭き操縦席にてハンドル握るドライバーは苛立ちを隠そうとしなかった。
「クッソ、何が白い月のここにあるってんだ。あの情報屋、いい加減な仕事しやがって!」
白地に青のアーマーを纏うドライバーは悪態つく。
全体的に丸みを帯びたアーマーは無駄がなく精錬されている。
もっともこの身体の特性上、直接戦闘を行う気はなく、あくまでアバターボディを守る殻という認識しかなかった。
「残りのMAが月面基地に運ばれたのは確かなんだ。これならあいつらを引き連れてくればよかったよ」
苛立ちを隠すことなく言う。
数に物を言わせて人海戦術で月面基地を特定できた。
それをしなかったのは単に全員の都合が悪かっただけだ。
急な仕事が入った。彼女の両親に結婚のご挨拶に行ってくる。浮気相手の家に殴り込んでくる。亜空間維持装置の定期メンテナンスなどなど理由は様々であった。
「彼の宇宙快賊<フリーダム・リボーン>も現状でオレ一人とは泣けてくるね」
ヘルメットの上から涙拭う演技をする。
ドライバーの名前はリューブ。
メタクレイドルに住まう一人であり、当然のこと、現実世界で活動するこの身体はアバターである。
正直言ってメタクレイドルの居心地は最悪だ。
遜色ない生活を送れるといえども、どこか閉鎖的な空気が気にくわない。
リューブは飢えていた。誰もが亜空間に引きこもり、現実世界に見向きもしない。ただいつ来るか分からぬFOGに怯える一方、現状に満足して亜空間の息苦しさを改善しようとしない。
そんな時だ。偶然、退屈しのぎで現実世界の孤島に躍り出た時、墜落した輸送機を発見する。
「これを見つけた時は魂が震えたよな」
原因は不明だが、機内にパイロットはおらず搭載されたコンテナに一台の車両が収納されていたのみ。
退屈に飢えていたリューブが乗り込まぬはずがない。
あらゆる乗り物を凌駕する速度、FOGすら消し去る粒子ビーム、退屈に飢えたリューブにとって最高の玩具であった。
製造目的など知る必要もない。
ただ車内データから同シリーズがあると判明するなり、退屈しのぎに思いつく。
全てを一つにすれば最強のマシーンができるじゃないかと。
最高の退屈しのぎになるんじゃないかと。
一方で、一人で限界があると実力を把握もしていた。
後の行動は早かった。
メタクレイドル内でリューブと同じく退屈に飢える者たちを募集する。
そうして結成されたのが宇宙快賊<フリーダム・リボーン>だ。
入るのも出るのも自由。現実世界で暴れるのも自由と自由主義の集まりであった。
人類のいなくなった惑星ノイに出入りすれば、放置された宇宙舩を艤装する、この車両をカスタマイズする、FOGを見つけてはちょっかいをかける。
メタクレイドルの住人は惑星ノイを見限って移住した者ばかり。
だからどこで何を壊そうが、物を奪おうが罪に問われることはないし、メタクレイドル内の住居に警察が押し掛けるわけでもない。
加えて仮にFOGに襲われようと、アバターを失うだけで本体が無事なら何度でもコンテニューできるから死を恐れる必要もない。
現実世界に自由が確立されているのだけは評価できた。
「どこだ。どこにある?」
ヘルメット内の眼が厳しく動く。
神経が逆立てるようにいらいらを募らせる。
今、リューブが血眼になって探しているのは白き月にあるとされる軍事施設だ。
情報屋から高い金を払って得た情報では、メタクレイドル転移直前、その基地に何隻もの貨物船が離発着を繰り返しては物資を運び込んでいた。
転移するなら物資など必要ないはずが、そこがMAの製造工匠であったなら話は別だ。
「一号機は残念にも燃え尽きたからな。ちぃ、今思えば惜しい車を燃やしてしまったぜ」
思い出しても悔恨しかない。
特に一号機の換装機能は捨て難い。
状況に応じて装備を交換できる機構は汎用性が高い。
とある火山で見つけた四号機<ペガスス>の翼との接続強化に不可欠だった。
光の翼は高い出力がある分、専用の車両でなければ接続不良にて航続距離を縮めさせる。故に高い汎用性を持ち、換装機能を持つ一号機で強化するのをメカニック担当から提案される。
相手ドライバーが間抜けにも譲渡を拒否したため、大気圏で燃え尽きた。
五号機もそうだ。
惑星暮らしごっこをしている連中から頂こうとしたが、血眼の抵抗に遭い、二度も追い返された。
「まあいいさ。その基地さえ見つければ、設計図ぐらいあるだろう」
惜しむ気持ちも今では一時の波でしかない。
製造元であるならば、データなりペーパーなり設計図があるはずだ。
一から製造する手間があるだろうと、その手間こそ最高の退屈しのぎとなる。
「ん、広域センサーに動体反応だと? FOGか?」
月軌道上で移動する物体をセンサーが補足する。
まだ距離があるため望遠カメラでも完全に全容を捉えられない。
熱量なしなことから、純粋なまでの慣性で宇宙を進んでいるようだ。
「暇つぶしにいいか」
リューブはヘルメットの中でペロリと舌を舐めた。
相手がFOGならばシステムが反応している。
反応なしならば別なる勢力だろう。
「オレと同じように基地を探しにきたのか、それとも遊覧を決め込んだ暇人か、さあどっちだ!」
スロットルを全開に<レッドラビット>は月面から飛び上がった。
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