第6話 天星万能戦術車両製造計画
「やろう、待ちやがれ!」
ジャージ姿のイクトはライフル銃を手に廊下を駆ける。
そのライフル銃は銃身の中程から下部に合わさる形で折れ、二つの銃口を露わとしていた。
いわゆるモードチェンジ。
狭い室内で取り回しをよくするため銃身を折り畳むことができた。
折り畳むことで一発の威力は落ちるが、その分、連射性能に長ける。
追いかけるのは金属板で潰したはずの一つ目綿飴だ。
右に左と天井にとGの如く素早く逃げ続け、狙いを絞らせない。
移動音を頼りに位置を把握しようと無音であり、勘と眼球運動で追うしか手がない。
イクトはライフル銃をターゲットとは反対方向に構える。
「おっらっ!」
引き金が引かれると同時、銃口から放たれた光の弾雨が吸い込まれる形で一つ目綿飴に命中する。
立て続けに注がれる光の弾は一つ目綿飴の動きを鈍らせ抑え込む。
威力の低さを数でカバーし、一つ目綿飴は悲鳴を上げることなく消失した。
何度目――記憶では七回目のはずだ。
「これで六日のアドバンテージは稼げたはずだ」
ライフル銃を右肩に担ぐイクトの額には玉の汗が浮かび、肩でで息をしていた。
「おい、綿飴はぶっ潰したぞ」
左耳に指を添えては一人声を発する。
独り言ではなく、左耳には通信機兼翻訳機のイヤホンが装着されていた。
言葉が通じぬ分からぬイクトに主任たる男が用意してくれた。
加えて生体電気接続にて網膜スキャンによる文字の読解機能まである優れものときた。
通信先は組立途中の戦車がある部屋である。
「ああ、適当に休ませてもらう」
整いつつある息の中、イクトは通信を終えた。
「はぁ~惑星ノイね。ここが俺たちのいた世界と別の世界か、それとも地球から離れた別惑星か、分からんが非科学的だろう」
イクトは役目を終えたとして、壁を背にし床に座り込む。
そのまま今一度、脳内で現状を整理する。
非科学的な現状だろうと自らが直面し実体験している以上、空想だと非科学的だと笑い飛ばせるはずがない。
広場から如何にして移動したのか、その原因と謎がはっきり解明されてないからだ。
「一週間がループしているこの亜空間から時間内に戦車を組み立てれば脱出可能とか、どんな罰ゲームだよ」
メビウス監獄。
ここの大人たちはそう皮肉っていた。
現実世界とは違う別なる亜空間。
一週間の始まりと終わりを繋ぐことで一週間を延々とループさせる。
ループしているからこそ誰が負傷しようが、誰が死のうが、物が壊れようが、物資を浪費しようが一週間経てば最初に入った状態に戻る。
当然のこと、脱出の要となる戦車も組立が順調に進もうが一週間経てばパーツの状態に戻される。
唯一ループにてリセットされずに蓄積されるのは記憶と経験のみだ。
「当初の計画では一週間以内に組み立てて脱出できたが、
先ほど潰した一つ目綿飴のコードネームらしい。
一〇年前、惑星ノイに突如として出現した正体不明の怪物。
出現の前兆として濃霧が立ちこめることからコードネームの一つとなった。
「機械も生き物も関係なく取り込んで喰らうとかどんだけ好き嫌いないんだよ」
羨ましいと口に出しては心底感心する。
イクトが最初出くわした化け物もメビウス監獄内の人間がFOGに取り込まれ変容した姿ときた。
リコが取り込まれていないことに安堵したが、この空間にいなかった不安は今なお胸を掻きむしる。
「んで、こっちの人類は絶滅寸前らしいし、倒せるに倒せるが粉々に砕いても復活するときた」
無際限なく有機無機取り込み成長し続ける人類の敵。
その身体がケイ素で構成されていること以外不明。
確かなのは四つの脅威度に分類されていることだ。
先の綿飴の状態はフェイズⅠ
無機物を取り込んだ姿はフェイズⅡ。
人や獣などの有機物を取り込んだ状態をフェイズⅢ。
有機物と無機物の生機融合化した状態をフェイズⅣ。
フェイズⅡまでは手持ちの火器程度で倒せるが、その実、消滅したわけではない。
一定の期間を経て復活し、再度人類を襲い、結合する。
「そもFOGって宇宙生物か? それともどっかの企業が作った生物兵器か? 自然発生した純粋なナマモノか?」
大人たちに問おうと誰もが分からないと首を縦に振る。
惑星ノイの行政を総括する連合政府も疑心暗鬼に落ち合う暇なく対応に追われていたようだ。
酷い場合、森林にて起きた自然現象の濃霧をFOG出現と捉えては先制ミサイル攻撃をした。
結果は、大規模森林火災のできあがりである。
「
組立途中の戦車もその一台らしい、が文字を並べれば格好いいと思った開発者は頭がおかしいと言いたい。
別なる亜空間にて他のメテオアタッカーが製造されているだろうというスタッフ同士の会話を耳に挟んでいた。
鉄のメタルではなく隕石を意味するメテオなのは、FOGの弱点とされる隕鉄をメイン素材として開発されているからだ。
「世界で最初に確認されたFOGは博物館の展示化石……」
聞かされたことを脳裏で反復する。
展示物の化石が濃霧に包まれた瞬間、化け物となり人々に襲いかかる。
「現場は阿鼻叫喚だが、その化け物は暴れる最中、展示されていた隕石に激突し、身体を崩壊させた」
原理は不明だが隕石に含まれる鉄分、隕鉄に体組織の結合を分解させる効果があるとの仮説が有力視されていた。
確固たる実証実験を重ねる暇などなく、効果があるならと藁をもすがる思いで実用化させんとする。
それがメテオアタッカープロジェクトであった。
「隕鉄って確か儀礼剣とかに使われるとかどっかで見たな」
主に権力者が手にしていたと記憶していた。
宇宙より落ちた石だからこそ希少価値は高く、何より天の金属故、時の権力者にとって手にすることは天=神が支配を認めたのを意味していた。
「亜空間とか同時翻訳機で見る限り地球より、かなり進んだ技術を持っているのは確かだ」
技術力の高さに感心するしかない。
雑談程度で聞いたが、FOGが出現する前まで、一〇〇年もの間、惑星ノイには大きな戦争どころか紛争すらなく、週末は家族で宇宙旅行と一般化していたようだ。
宇宙渡航技術があるからこそ、地球上では希少な隕鉄をふんだんに使用できるのは納得である。
「喰われたのはいないよな」
一抹の不安がよぎる。
左腕の時計型端末を起動し亜空間内の人数を確認した。
バイタルサインから一人も欠けていない。
もう一つ腕に巻かれているのはバッテリーの切れたスマートウォッチ。
リコ手製の世界で二つしかないオリジナル。
悪戯で一〇秒間、筋力を増強させるシステムが組まれた、はた迷惑な一級品であった。
「……リコの奴、今どこにいるんだよ」
漠然と天井をイクトはただ見上げる。
バッテリーを切らし、ただのバンドとなろうと外す気はなかった。
今唯一のリコとの繋がりであり、外せば顔と声を忘れてしまいそうだ。
「一旦戻るか」
休憩もほどほどにイクトは立ち上がる。
ゆったりとした足取りで組み立て室に戻るのであった。
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