第7話 本末転倒じゃねえかよ!

 イクトが組み立て部屋に入るなり、扉近くにいた男性スタッフの一人と出くわした。

「おつかれさん」

 ねぎらいの言葉をイクトがかけようと、目を逸らされては足早に離れていく。

 熱気に組み立てる光景に水を差したような気がして、イクトは頭皮をかいた。

 見ればインナーフレームしかなかった戦車には真紅の金属板が取り付けられ、工作機械が溶接の火花を散らしていた。

 車体底部より幾本ものケーブルが壁際の機材と繋がり、白衣を着た大人たちが忙しなくタイピングを続けている。

「まあ悪かったよ。いきなり殴る蹴るしてさ」

 何度詫びたか、イクト個人、身体を張っているからこそ仲間意識が生まれると思ったが、ここの人たちと絆が生まれる可能性は皆無のようだ。

「まあ自業自得だが」

 周囲と壁ができている原因に思い当たりがありすぎた。

 足蹴後往復ビンタで起こすのだからトラブルにならぬはずがなく、当然のこと一悶着。

 四名ほどストレートパンチで殴り飛ばせば、さらなる乱闘になるかと思えば大人の一人が止めに入り、今に至っていた。

 戦車を組み立てる者たちの声をイクトの耳が拾う。

「救援が来たと思えば子供なんて、外はどうなってんだ」

「けどよ、チキュウなんて星聞いたことないぞ」

「言語だってそうだ。ニホンゴってどこの言葉なんだ? 顔つきはカアンの人間ぽいが」

「ったく見かけとは裏腹に腕っぷし強すぎだろう」

(だからカアンってなんだよ?)

 知りたいが誰もが素直に教えてくれる状況ではなかった。

 多少の顔をしかめるイクトは無言のまま開いているパイプ椅子に腰を下ろした。

 ライフル銃の安全装置をかけるのもしっかり忘れない。

「ほれ、おつかれさん」

 椅子に座るなり横からコーヒーが差し出される。

 世界が異なろうと住まう種が同じ人間ならば、同じ飲み物もあるのはある意味道理か。

 黒色の飲料が紙コップの表面に波紋を描いている。

「ブラックでよかったかな? それとも砂糖を四つ入れた方がよかったかな?」

 コーヒーを差し出したのは髪と髭がボーボーの浮浪者にしか見えない白衣の男だった。

 イクトはこの男を知っている。

 あわや乱闘になりかけた時、間に入って止めた男だからだ。

 一触即発だった他の大人たちを止められたのも、この男がこのプロジェクトのリーダーなのが大きかった。

「ブラックでいい」

 口に含むコーヒーは苦く、香りは疲れを和らいでくれる。

 ただ変哲もないコーヒーのはずが、イクトはどこか脳裏がチリリと焼けるような違和感があった。

 いやこの場合、既視感、に近い。

 近いが、それをイクトは言語化できなかった。

「君が突然現れた時は驚いたけど、君のお陰で計画通り組み立てが進められる」

「礼を言うのはこっちのほうだ。この翻訳機といい、武器といい、それらがなければ今頃のたれ死んでいた」

 この男は気さくに話しかけてくる。

 警戒すべき外部者のはずが、警戒するそぶりがない。

 ただ一定の距離は保っており、互いに名乗ってすらいなかった。

「なかなかの腕っ節だけど何か格闘技でもやってたのかな?」

「いやおはようからおやすみまで子守りをしてた」

 誰かが、返答になってないだろうと呟くが、重なるように生じた作業音に上書きされ、イクトの耳に届くことはなかった。

「子守りとは?」

「自信過剰でお調子者な天才幼なじみの子守り」

 苦笑いするイクトに男の口端が微かに動いたような気がしたがモサモサの髭で分からない。

 自慢ではないがイクトは腕っ節に自信がある。

 リコが天才であったせいか、絡んでくる輩は何かと多かった。

 嫉妬が大半であり、筆箱や上履きを隠すなど序の口。

 人間を誘拐して人体実験をしている噂を流す。

 足を引っかけて転ばす。運動能力をからかうなど多かった。

 そのような輩の相手をしてきたのがイクト当人である。

 リコ当人は確かにお調子者で自信過剰な性格だが、他人を貶めることはせず、なおかつ天才だと自らを鼻にかけたことはない。

 むしろ天才であるのを誇らしげにしていたし、分からぬ勉強があれば親身になって教えてくれた。

 定期的に開かれる勉強会では教師よりもわかりやすく面白いと生徒たちの間で好評だ。

 中には万年最下位の生徒、天竹イクトが学年一〇位に上り詰めるほどの効果があるほどだ。

 一方で成績上昇の恩義を不義として、リコをからかい、危害を加える恩知らずな奴らとの殴り合いは日常茶飯事だ。

 ……人体実験は、前科はある。あるも被害範囲は今のところイクト一人のみ。

 乳首が七色に光る薬とか、鼻毛だけが雑草のように伸びる薬とかetcetc。

 恐ろしいことに悪戯目的で開発されたこれらの薬、癌の早期発見に繋がると期待されているから悪戯を受けたイクトは頭が痛かったりする。

「そう、か」

 男の口調はどこか重い。

 他人なのだからそこまで重く受け止める必要はないはずだ。

 それとも共感性が高い故か。

「このまま予定通り行けば後二日でこのメテオアタッカーは完成する」

 ふと男は話を切り替えてきた。

 伸びに伸びた前髪から覗く瞳は何かを言いたそうに震えているが、押し切るように瞼を閉じる。

「そうか、ようやく脱出できるのか」

 イクトは肩の荷が下りた気がした。

 一つ目綿飴たるFOGの再出現も一週間の始まり。

 その間、邪魔されることなく組み立て作業に集中できる。

 手伝うのが流れだが、ド素人の参入は現場を乱すため、イクトの出番はない。

「だが、ここに来て二つの問題があるんだ」

「組み立てて皆で脱出じゃないのか?」

 イクトは表情を曇らせ目を細めた。

 てっきり完成と同時にメビウス監獄から自動的に解放されると思いこんでいたからだ。

「このメビウス監獄の一週間のループを変えるには現実世界側にある装置を切り替える必要がある」

「セキュリティーとしては下の下だな」

「現実世界に出た瞬間、最悪戦闘になる恐れがある。皆で出るにはリスクが高い」

 重大なシステムを外に設置しては意味がない。

 かといって内部に置くのも金庫の鍵を金庫の中に入れてロックするもの。

「仕方なかったんだよ。あの時はFOGの大規模侵攻のせいで律儀に装置をこの中に組み込む余裕がなかったんだ」

「なるほどね。FOGが一匹入り込んだタネも読めたぞ」

「機材を運んでいるどさくさに紛れて侵入を許してしまった。そしてだ。もう一つは、このメテオアタッカーのドライバーがいないこと」

「本末転倒じゃねえかよ!」

 イクトはツッコミの喚声を上げる。

 フルコース料理を作ろうと、食する人間がいなければ料理は無用の長物。伝染病の特効薬が完成しても打つ人間が絶滅しているようなものだ。

 もしかしなくとも大侵攻のせいでドライバーを用意できなかったか、外に置き去りにされたかのどちらかだろう。

 現実世界より人員が追加派遣されないのも大規模侵攻の影響が高い。

「そこでだ。君は腕っ節も強く、なおかつフェイズⅠのFOGとはいえ立ち向かえるだけの胆力がある。どうかな、メテオアタッカー<グラニ>のドライバーになってはくれないだろうか?」

 男の発言は一瞬にして全員の作業を止めてしまった。

 予期せぬ発言にイクトは両目を見開くだけで即答などできずにいる。

「しゅ、主任! どこぞの馬の骨に虎の子の<グラニ>を渡すなど!」

「そうですよ! 人類の命運をこんなガキに託すなどどうかしています!」

「自分だけ脱出して俺らを放置するオチが丸見えですよ!」

 当然のこと、周囲から大反対の怒号が飛ぶ。

 信頼関係がない故の非難にイクトは自嘲気味に肩をすくめるしかない。

「黙れ」

 男の重く、静かな一声が非難の声を一瞬にして沈めてしまった。

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