第163話 味噌と醤油


「ああ、ランジェくんだね。もちろん知っているよ」


「僕のことを知ってくれているとは光栄です」


「大きな取引をする相手の身の回りにいる者くらいは知っておかなければね。それにランジェくんはソロのBランク冒険者としても、その名は知っているよ。これでもこの王都の冒険者ギルドマスターだからね。さすがに冒険者全員は無理だが、この付近で活動している高ランク冒険者くらいは頭に入っているさ」


 ……いや、それでも十分すごくないか?


 この辺りにどれくらいの高ランク冒険者がいるのかは分からないが、数十人では収まらないだろう。ルハイルさんが女性ながらに王都の冒険者ギルドマスターの地位にいるのはそういう優秀さも含めてなのだろうな。


「さすがルハイルさんです。今回はご縁がありませんでしたが、次回王都へ来た際にはぜひとも個人的にお話させていただきたいです」


 ランジェさんがものすごく丁寧な話し方をしている……


 ランジェさんはイケメンエルフだから、こうして紳士的な行動をしていると本当に様になっているな。


「ふむ……そうだな、ぜひ今度王都に来た際には話をしてくれるとこちらも嬉しいぞ」


「はい、それでは失礼します」


 ルハイルさんの本気か社交辞令か分からない言葉を受けつつ、礼をして踵を返すランジェさん。う~ん男の俺から見ても格好いいと思えるからイケメンはずるいよな。


 とりあえずルハイルさんに無礼を働くようなことはなかったか。……いや、もちろんそこはランジェさんを信用していたよ!






「いやあ、それにしても冒険者ギルドマスターのルハイルさんが実際にはあんなに美人だっなんてね!」


 ルハイルさんの見送りを受け、行きと同様にフェリーさんの召喚したスプレが馬車を引いてアレフレアの街へと向かっている。ランジェさんはすぐにいつもと同じ話し方に戻ったみたいだ。


 そういえば、結局ランジェさんとドルファにはルハイルさんの容姿やその大きな胸の話については伝えていなかった。


「確かにギルドマスターは綺麗な女性ですよね。なのにまだ未婚なのですから、王都にいる人たちはとても不思議がっていますわ」


「仕事もできるし、とても美人だし、胸も大きい……羨ましい」


 どうやらルハイルさんは未婚らしい。同性のベルナさんとフェリーさんから見てもとても美人のようだ。


 ……あと、フェリーさんは胸が大きくないことを気にしていたりするのかな?


「いやいや、ベルナさんとフェリーさんの人気の方がもっと凄かったからね! 2人ともAランク冒険者で綺麗だから人気なのはよくわかるよ。一緒に街を歩いていたら、とんでもない数の男の人たちに睨まれていたからね!」


 すかさずランジェさんからのフォローが入る。こういうことをサラッと言えるのは結構羨ましかったりもするな。


「確かにアレフレアの街でも凄かったけれど、王都はさらにすごい数の人に睨まれたよ。2人とも本当にすごい人気だったよね」


「ふふ、気を遣ってくれてありがとうございます。王都では高ランクの女性冒険者はとても珍しいですからね」


「ただ単に珍しがっているだけ」


 いや、あれはそんな生やさしい視線なんかじゃなかったぞ……


 十分に殺意が籠っている視線だった。こちらの世界のガチのファンはマジで怖い……


 改めて、とんでもない2人に護衛をしてもらっていたんだよなあ。


「いやあ、次に王都に来る時が楽しみだよ。王都までは遠いから、気軽に行けないのが残念でしょうがないね」


 どうやらよっぽどルハイルさんのことが気に入ったらしい。俺としても今はランジェさんが月の半分くらいはお店を手伝ってくれているから、遠くて助かったとも言える。




「うわあ、おいしい! ちょっとしょっぱいのがご飯とよく合ってるね!」


「こっちのご飯にはほんのり甘くて香ばしい香りがしてとてもおいしいですね!」


「俺の故郷のご飯を使った焼きおにぎりっていうんだ。シンプルだけどおいしいよね」


 王都を出てからしばらく進んで、今はスレプに休憩してもらいつつ、俺たちも昼食を食べている。今日の昼食はアルファ米と醤油と味噌を使った焼きおにぎりだ。シンプルだが、醬油と味噌の味を味わうのに焼きおにぎりは最適なんだよな。


 王都ではアレフレアの街では売っていない様々な香辛料や調味料を手に入れることができた。その中でも、こちらの世界の豆を使った醤油もどきと味噌もどきを手に入れることができた。


 もう面倒だから、今後は醤油と味噌と呼ぶが、この2つの調味料を早く使いたかったわけだ。フィアちゃんとアンジュも焼きおにぎりをおいしそうに食べてくれている。


「確かにこっちの方は魚醤とは少し味が違うようだな。この醤油という方がサッパリとした味で、俺はこっちの方が好きだ」


「そうだね。ドルファの言う通り、醤油の方が豆を原料としている分、少しサッパリとした味になっているんだよ。それに魚醤の方だと少し独特の香りがするから、あの香りが苦手な人もいるんだよ」


 魚醤は小魚なんかを塩漬けにして発酵させたものだから、少し独特な臭いがして味もしょっぱい。とはいえ、この香りが好きな人もいるし、俺も煮物なんかに使う時はこっちの方が好きかもしれない。


「こちらの味噌というのもうまいな。味噌ということは、インスタントスープの味噌汁と関係があるのか?」


「おっ、さすがだねリリア。あのインスタントの味噌汁はこの味噌が元になっているんだ」


 味噌の方は砂糖と醤油を少し加えて混ぜたものを、握ったおにぎりにたっぷり塗って軽く焼いたものだ。とても焦げやすいから焼く時には注意が必要だな。


 この甘じょっぱい味噌と醤油の味の焼きおにぎりは日本人にとって、とても懐かしい味だ。やっぱり、日本人は米と醤油と味噌である。この件に関してだけは異論は認めないからな!

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