第113話 Aランク冒険者の依頼


「あらあら……」


「……リリア、嬉しそう」


「少なくとも以前の冒険者の日々と同じくらい、ここでの生活はとても充実しているぞ。テツヤにはとても感謝している」


「リリア……」


 本人の口からそういってもらえると、これまでずっと一緒にこの店を続けてきた俺としてはとても嬉しい。さすがに冒険者の日々と同じとまではいかないかもしれないが、このお店での生活に満足してくれているみたいだ。


「ふふ、ご馳走さまです。リリアも素敵な殿方を見つけたようで何よりですわ。まさかリリアが結婚していたなんて」


「……結婚羨ましい」


「「結婚!?」」


 いきなり何を言い出すんだこの2人は!?


「ななな、なにを言っているんだ! わ、私はテツヤと結婚なんてしていないぞ!」


「えっ、そうなのですか? 冒険者ギルドマスターのライザックさんはそう仰っていましたが……」


 ちょっと、ライザックさん!? この人達になにを言っているんだ!


「……この店で一緒に暮らしていると言っていた」


「たた、確かに普段はこの店で世話になっているが、そそ、それはテツヤの護衛のためというだけで、テツヤと結婚しているわけでは断じてないぞ!」


「怪しいですね」


「……怪しい」


 リリアが顔を真っ赤にして反論するが、その否定の仕方だとむしろ逆に勘違いされてしまいそうだ。


「リリアの言う通り結婚なんてしていませんよ。俺には戦闘能力が皆無なので、護衛のためにこのお店にいてもらっているんです。もうひとりの従業員もここに泊まっていますからね」


 ランジェさんは2週間に半分だけではあるがな。


「あら、そうなのですね」


「……そうなんだ」


 あからさまに残念そうな顔をするベルナさんとフェリーさん。少なくともリリアとは悪い関係じゃなさそうだな。それと、とりあえずライザックさんに次に会った時には一言もの申すとしよう。


「……フェリー、どう思います?」


「……リリアは分かりやすいけれど、こっちの店長のほうは分からない」


「……他にも綺麗な従業員や、可愛らしい従業員もいましたし、リリアも苦労しそうですね」


「……同感」


 なにやらベルナさんとフェリーさんがひそひそと話をしている。さすがに目の前で俺の陰口を言っているわけではないと信じたい。


「そ、それで2人共今日はどうしたのだ? 私に会いに来てくれたのはとても嬉しいが、理由はそれだけではないのだろう?」


 リリアがあからさまに話題を変えようとしているっぽいが、確かにその理由は俺も気になる。


「そうですね、リリアに会いにこの街へ来たのも本当ですが、私達にはもうひとつ理由があります。こちらはこのお店の店長であるテツヤさんへのお願いとなります」


「はい、なんでしょうか?」


「実はこちらのお店で取り扱っている方位磁石という商品を大量に購入させていただきたいのです」


「方位磁石ですか。大量というのは具体的にはどれくらいですか?」


「少なくとも100個ほど購入させていただきたいです。可能でしたらある分だけ購入させていただきたく思います」


 100個ときたか。となるとおそらく個人で使うというわけではあるまい。とはいえ2人は冒険者ということだし、商売をするわけでもなさそうだ。


「こちらの店では商品の購入制限をつけております。大量に購入したいという理由を聞いてもよろしいですか?」


 この店ではほとんどの商品に購入制限を付けている。いくらAランク冒険者でリリアの知り合いと言っても、はい分かりましたと簡単にうなずくわけにはいかない。


 多少の融通はしたいが、100個以上となるとさすがに理由を聞かないわけにはいかない。


「ええ、もちろんです。実はこちらの方位磁石をダンジョン攻略のために使用したいのです」


「ダンジョン攻略ですか!?」


 なんだその男心をくすぐるワードは! この世界にはダンジョンが存在するのか!


「テツヤさんはダンジョンのことはご存じですか?」


「いいえ、詳しいことはまったく知りません。よろしければ、教えていただいてもよろしいですか?」


「はい。とはいえダンジョンにはまだ謎も多いので、私が知っている範囲となりますわ。ダンジョンとは突如現れる地下に広がる迷宮の総称となります。主に魔力の多い場所に発生することが多いようですが、ダンジョンの発生する条件などは未だに解明されておりません。


 その規模もダンジョンによってさまざまで、10階層のものもあれば、100階層まであるダンジョンも存在します。ダンジョンの中には魔物が発生するようです。


 最下層にいる一際強いダンジョンの主を討伐すると、とても珍しい武器や装備品などが入った宝箱が現れ、そのダンジョンは消滅します。競りなどに出せば、金貨1万枚を超えるようなこともよくあります」


「なるほど」


 どうやら元の世界のゲームで出てくるダンジョンと基本的な仕組みは同じっぽい。金貨1万枚ということは約1億円か……どうやらダンジョン攻略には夢はありそうだな。


「ダンジョンに出現する魔物の素材が優秀な場合には、あえてダンジョンを攻略せずに残そうとする場合もありますわ」


 ふむふむ、出てくる魔物の素材が優秀なら、むしろダンジョンを残して利用するというわけか。


「最近王都の付近に新しいダンジョンが出現したのですが、そのダンジョンはそういった需要もなく、早々に攻略するべきだと国が判断しました。ダンジョンを放っておくと、魔物が溢れる可能性がありますからね」


「なるほど」


 いわゆるスタンピードというやつか。国の中心である王都でそれが起きたら大変だな。


「このダンジョンは1階層ごとがとても広く、部屋がいくつもある階層だけでなく、見渡す限り目印になるものがない砂原や森林の階層などもある厄介なダンジョンです。そこでこの方位磁石という道具がとても役に立つのです!」

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