第114話 交渉


「な、なるほど……」


 途中からあまりにもベルナさんの話に熱が入っていたので、少しだけ驚いてしまった。それほどこの方位磁石がすごいと伝えたかったのかもしれない。というか、方位磁石って地下にあるダンジョンの中でも使えたんだな……


「実は私も初めは常に一定の方角を指し示すような便利な道具が本当に存在するのか信じられなかったのですが、実物を見せてもらい、実際にダンジョンで使用してみました。すると本当に探索にかける時間が大幅に減るようになりました」


「……超楽になった」


 確かに迷宮といわれるダンジョンで常に一定の方角が分かるようになれば探索が楽になることは間違いないだろう。そしてフェリーさんてそんな話し方もするんだな。


「そういった理由もありまして、早々にダンジョンを攻略したい国が冒険者ギルドに依頼し、方位磁石を販売しているこのアウトドアショップに商談を持っていくという緊急依頼を私達が受けたのです」


「……リリアがここにいるのは冒険者ギルドで聞いた」


「ええ。こちらのお店へ向かう前に必ずアレフレアの街の冒険者ギルドに寄るように伝えられ、そこでリリアがこのお店で働いているということを聞いたのですわ」


「なるほど、そういうことでしたか」


「というわけで、テツヤさん。こちらが王都の冒険者ギルドからの正式な手紙ですわ。方位磁石をこちらの街で販売している値段の10倍で100個購入させてほしいという内容です」


「「10倍!?」」


 俺もリリアも驚いた。今方位磁石は銀貨2枚、つまりは約2千円で販売している。その10倍ということはひとつ2万円だ。方位磁石が1個2万円てどんだけだよ……


 本来なら大きな商店の商人に依頼して値段交渉するところを、Aランク冒険者をよこして元値の10倍ので買い取るなんてことを言い出すとは、それだけ冒険者ギルドも本気なのだろう。


「むしろその値段でも安いくらいですわ。街や村を移動する時、道に迷うことが減りますし、ダンジョン内で魔力も使わず、かさばらずにこれだけの性能がある道具を銀貨2枚で販売しているなんてとても信じられません」


「……この店で販売している他の道具もあまりに安すぎる」


「この店は趣味で始めたようなものですからね。俺がこの街の駆け出し冒険者に命を助けてもらったり、この街のみんなに手助けしてもらったから、今のこの店があるんですよ。だから、駆け出し冒険者の人達に手の届く値段にしているんです」


 最初この世界に来た時、ロイヤ達に助けてもらえなかったらそこで死んでいたかもしれない。それにリリアやフィアちゃん達に助けてもらって、駆け出し冒険者のお客さんが来てくれて、ようやくこの店ができたんだ。


 ……決してダンジョンの中で方位磁石が使用できるという可能性を考えたことがなく、ダンジョンの中で使用できるならもっと高値で売れたと後悔しているわけではないぞ! ……本当だからな。


「理由も問題ないので方位磁石の販売については了承しました。値段も普段うちのお店で販売している値段と同じで大丈夫です。その代わりに、今後うちのお店に何かあったら手を貸してほしいと、王都の冒険者ギルドに伝えてください」


 地図の利益の一部を得たり、図鑑の情報料をもらったりと、今はお金にはある程度余裕がある。お金をもらうよりも、王都の冒険者ギルドにひとつ貸しを作っておいたほうがいいだろう。


「……本当にそれでよろしいのですか?」


「ええ、構いませんよ。それと今回販売するのは100個ですが、ちょうど今後は少しずつ別の街の冒険者ギルドにも方位磁石などを販売していこうと考えていたところなので、もうしばらくお待ちくださいと伝えておいてください」


「……本当に本当でしょうか?」


「はい、本当に本当ですよ。実際にダンジョンで使用したのなら大丈夫だとは思いますが、使えない階層とかがあっても責任は取れないですけど」


 やけに念を押すな。そこまで信じられないのだろうか? 今はお金よりも王都の冒険者ギルドに貸しを作りたいだけなんだけどな。


 それに冒険者の役に立てて、ある程度のお金を稼げ、のんびりと生活している今の生活をとても気に入っている。今はその生活を守ることを優先していきたい。


「わかりました。本当にありがとうございます。断られたらどうしようかと思っておりましたわ」


「……いざとなったら洗脳魔法でもかけようと思っていたところ」


「洗脳魔法っ!?」


 こえーよ! この世界って洗脳魔法なんてあんの!?


「……さすがに冗談」


「………………」


 無表情で口数の少ないフェリーさんが言うと冗談には聞こえないんだが……


「フェリーも相変わらずだな。テツヤ、フェリーはたまにこういう冗談を言うんだ」


 どうやらフェリーさんはこういう性格らしい。いまいちこの子のキャラクターが掴めん……


「本当に素晴らしい考え方ですわ! テツヤさんみたいな方が王都の商人にもっとたくさんいれば良かったのですが……」


「……商人としては失格。でもとても偉い」


 まあ商人としては失格ということは自覚している。


 それに王都だったら商人同士の争いが激しくて、そんな甘っちょろい考えの商人なんてすぐに淘汰されてしまうのだろう。そういったことも踏まえて、この始まりの街で店を出せたのは正解だったな。


「リリアも本当に良い店で働かせてもらっているようで安心しましたわ。個人的にもぜひ力になりたいです。もし何かありましたら、冒険者ギルドだけでなく、私達も協力させてもらいますわ!」


「……リリアのためにもこの店に協力する」

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