第29話 浄水器とアウトドアスパイス


 そう、俺がロイヤ達に頼んでいたお願い。それは例の森にあった川の水を汲んできてもらうことだった。念のために川の離れた3箇所くらいから水を汲んできてもらった。


「でも川の水なんて何に使うんだ?」


「わかっていると思うけど、そのまま飲んだりしたら駄目よ」


「ああ、大丈夫だよ。そのまま飲んだりはしないから」


 アウトドアショップのレベルが3に上がったことにより、購入できる商品の中に浄水器が出てきた。最初にこの世界にやってきて森に迷った時、飲み水がなくなって川の水を少しだけ飲んだ。


 しかし、あれだけ透明で綺麗な川の水であっても、川の水の中には目には見えない細菌や病原菌が含まれていたりする。煮沸していない川の水を大量に飲むと、お腹を壊して下痢になったり、嘔吐などの症状が出たりしてしまう。


 しかしこの浄水器さえあれば、煮沸しなくても川の水や湧き水、窪みなどに溜まっている雨水を比較的安全に飲むことができるようになる。


 とはいえ、何事にも検証は必要である。さすがにこれを他の人で試すわけにはいかないので、ロイヤ達に頼んで川の水を汲んできてもらい、俺自身で検証してみることにしたのだ。


「検証の結果が大丈夫だったら、ちゃんとみんなにも伝えるからな」


「検証?」


「まあみんなは気にしなくてもいいから。それよりも、もうひとつみんなに試してほしいものがあるんだ」


「ん、なんだ?」


 俺は懐からひとつの木でできた容器を取り出した。


「テツヤ、これは?」


「これは俺の故郷で使われている香辛料だ。これを料理にかけて食べてみて感想を教えてほしいんだ。あ、この店のおっちゃんには許可をもらっているから大丈夫だ」


 アウトドアショップがレベル3に上がって、増えた商品の中にアウトドアスパイスがあった。アウトドアスパイス、またの名を万能スパイスといい、様々なスパイスをブレンドしたもので、肉や魚や野菜のどれにでも合うように調合されている。


 ありがたいことに俺が愛用しているアウトドアスパイスと同じ味だった。しかも値段はたったの銀貨2枚である。ただし、容器のほうは別になる。アウトドアショップの能力で購入すると、指定した容器の中にスパイスを入れることができるみたいだ。確かに方位磁石とかファイヤースターターなども、包装紙や入れ物なんて付属していなかったもんな。


 新たに購入できるようになったガラスの瓶と一緒に購入すると、容器に入れた状態で出すことも可能だった。しかし、この世界に来た時に商業ギルドに持っていったように、これほど精密な円柱の形をしたガラスの瓶は高価な物であったため、この世界のお店で買った木でできた容器に入れて持ってきたのだ。


「へえ〜もしかしてコショウとか?」


「確かコショウも入っていたな。その他にもいろんな香辛料が混ぜてあるんだよ」


 パラパラと煮込み料理や串焼きや焼き魚などにアウトドアスパイスをかけていく。


「コショウなんてそんなに安いものじゃないのに、本当にいいの?」


「ああ、ちょっとした伝手で安く手に入れられそうになったんだ。遠慮せずに食べて、感想を聞かせてくれ」


「そういうことなら遠慮なく……おっ! これをかけたほうがめちゃくちゃうまくなっているぞ!」


「本当! ちょっと辛くて独特の香りがして、とても美味しくなっているわ! それに肉の臭みもなくなっているわね」


「うん、食欲をそそる香りもするし、妙にあとを引く味だ。これはうまいな!」


「こっちのお魚もとっても美味しくなっているです!」


 ふむふむ、みんなにも好評のようだ。この宿のおっちゃんの料理はとても美味しいのだが、値段がかなり安いこともあって、そこまで香辛料を使っていない。そこにこのいろんな食材にあうアウトドアスパイスをかけると、更にもう一段階上の味になった。


「はいよ、追加の煮込みと串焼きお待ち。おっ、それが朝言っていた香辛料か?」


「あ、どうもです。はい、俺の故郷の香辛料ですよ。よかったら少し試してみませんか?」


「おっ、いいのかよ?」


「ええ、そのかわりに味の感想を聞かせてください」


「どれどれ、おっといい香りがしやがるな。……ほう、こりゃあいい香辛料だ! 塩やコショウだけじゃねえな、香りの強いハーブや辛いもん、微かな甘味のするもんまで入っているようだ。それが絶妙な割合で調合されてやがる!」


 ……おう、さすがだ。たった一口でアウトドアスパイスの複雑な味を分析している。見た目はマッチョなおっさんだが、中身は立派な料理人らしい。


「こりゃあすげえな。最高品質のコショウなんかよりもうまいんじゃねえのか?」


「ちなみにこれくらいの量だと、どれくらいの値段で売れると思いますか?」


「う〜む、これだけの量でも金貨3枚くらいはするんじゃねえのか? 他に売っていないなら、もっと高値でも売れそうだな」


 やっぱりそれくらい高価になってしまうよな。商業ギルドでの買取も、この容器より少ないくらいの量で金貨2枚の買取だった。

 

「なるほど、いろいろと参考になります」


「もし売り出すようなら教えてくれよ。ちと高いからこの宿で使えるかはわからねえが、家族で楽しむ分として使いてえな」


「……う〜ん、たぶん売り物にはしないかな。あっ、この残りでよければ差し上げますよ」


「なに!? 本当にいいのかよ?」


「ええ、いつも美味しい料理をご馳走になってますからね。でも俺からもらったということは秘密でお願いします」


「ああ、もちろんだ! こりゃいいもんをもらっちまったな。お礼に今日の飯代はいらねえからよ、腹一杯食ってくれ!」


「ありがとうございます」


 いつも宿でうまい飯を食べさせてもらっているからな。もう少しこの宿に滞在する予定だし、宿の人とは仲良くしておいたほうがいい。それに酒は飲まなかったとはいえ、5人で結構な量を食べたから、食事代の金貨1〜2枚浮いたのはラッキーだった。

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