第9話「そして、昼休みの食事も命懸け」


 そんなわけで。


 みんなの心配を無視できなかった俺は、カツカレー大盛りを頼むことになった。

 俺の意思がもっと固ければ、彼女たちの心配を振り切って素うどんを注文したんだが。女の子を前にするとどうしても豆腐メンタルになる。


 しかも、この状況で大盛りご飯とは……苦行を経験しすぎて仏になれるレベルだ。高校を卒業したら就職先はお寺になるかもしれない。


 そうして——食券の前に並び、各々好きなご飯を購入していく。

 俺たちが来るまで人が多かったが、幸いなことにまだ売り切れていなかったらしい。


 ちなみに美玲みれいが頼んだのはハンバーグ定食の並盛りで、若葉わかばはハヤシライスの小盛りだ。

 瑞原みずはらとは違ってヘルシーなご飯を注文している所から、彼女たちの女子力の差というものが浮き出ている。絶対に瑞原には言わないけど。今度は強めの光里ひかりパンチが飛んでくるからな。


 カウンターでご飯を受け取り、奥のテーブル席へ戻ってくる。


 みんなが席について水を手に取ったことを確認し、俺は自分のコップを持ち上げた。


「そんじゃ、久々にグループ全員で集まれたことに感謝して——かんぱい!」

「「「「「かんぱーい!」」」」」


 全員のコップをぶつけ合い、俺たちは一気に水を喉に流し込んだ。

 「プハァー!」と美味そうに息を吐く瑞原。ただの水でこんなにいいリアクションができるのはコイツぐらいだろう。


 あきら慎司しんじはガツガツとカツ丼を食べ始め、瑞原もそれを見て競うようにから揚げマヨ丼をかきこんでいく。

 美玲はまず熱々の味噌汁に息を吹きかけながらすすり、若葉はスプーンで小さな一口分をあむっと頬張った。


 そんな彼女たちに対して俺は——震える手を必死に抑えながら、トンカツを一口齧った。


 わ、わぁー、美味しいなー。全然味しないけど。だって目の前で女の子たちがモグモグお食事をしてるもの。ホラーすぎる。次に食べられるのは俺ですか? 俺の体美味しくないよ?


 ていうかこのカツカレー量多すぎる。調子に乗って大盛りとか頼むんじゃなかった。誰だよ最初にご飯大盛りとかいう概念考えた奴。今すぐ連れてこいボコボコにしてやる。


「——それで、みんなはゴールデンウィークどう過ごしてたの?」


 久藤グループの面々を見回しながら美玲が言う。


「俺は部活しかしてねぇな。朝早くから体育館行って練習して、夜に家に帰るって生活をひたすら繰り返してた」

「私も同じー。男バスほど練習時間は多くないけどね。それに、一日だけ休みはあったけど、疲れて家でずっとゴロゴロしてたから」


 丼をかきこみながら答える彰と瑞原。

 どうやらバスケ組は部活漬けの日々を過ごしていたらしい。


「この高校のバスケ部ガチだもんね、凄いなぁ。ほぼ毎日練習してたなんて」

「でも、バレー部とかバド部とかいない日は体育館全面使えるから、割と楽しかったよ?」

「それな。普段はハーフコートしか使えないから、ゴールデンウィーク中の練習はだいぶ捗ったぞ」


 美玲の感心したような言葉にも、瑞原と彰は平然とした様子だ。

 根っからのスポーツマンである二人にはむしろ充実した連休だったのではないだろうか。


「サッカー部はどうだったっけ? お前らもほぼ毎日練習してただろ?」

「まあね。でも僕らの場合は終日練習と午前練習の日に分かれてたから。午前中に終わった日は部活の友達と遊んだりしてたし、そこまでサッカー漬けってわけでもなかったかな」


 彰からの質問に、思い出しながら話す慎司。

 すると、美玲は何やら悪戯っぽい笑みを浮かべて口を開いた。


「部活の友達〜? 先輩マネージャーとでしょ? 西澤にしざわが年上の女の人とショッピングモールで歩いてた姿、私の友達が目撃してるよ?」

「あはは、見られちゃってたか。でもデートじゃないよ? ただの備品の買い出し。僕は荷物持ちに任命されただけさ」

「そうかなぁ? 相手はそう思ってないかもよ?」

「そうだと嬉しいけどね」


 美玲のからかいを涼しい顔で躱す慎司。

 こういった話題は慣れているのか、流石の受け流しスキルだった。


「僕の話より、他の人の話も聞きたいな……小桜こざくらさんはゴールデンウィーク中にも部活あった? 確か文芸部だったよね?」

「うん、そうだよ。でも私たちの部活は普段も週に二回しか活動しないから……連休の間は一回だけ集まったくらいかな?」

「ええ!? 文芸部ってそんなに楽なの!?」

「フフッ、光里ちゃんたちに比べたらそうかもね。自分で創作した小説や詩なんかを、部のみんなで読み合うだけだから」


 ガーンとした表情で驚く瑞原に、若葉は穏やかな微笑みを浮かべて頷く。


「普段の活動もそれぞれで読書をするだけだし、凄く静かだと思うよ」

「私……一回ぐらい文芸部に遊びに行こうかな?」

「光里ちゃんがいいならおいで? 練習の疲れをちょっとでも癒せるように、私が頑張って本の読み聞かせをするよ」

「うわぁ……若葉に膝枕をされながら読み聞かせをBGMにしてお昼寝……最高の時間か?」

「誰も膝枕をするとは言ってないんだけどね……」


 目をキラキラと輝かせる瑞原に対して、困ったように笑いながら頬を掻く若葉。

 瑞原は若葉を相手にするといつもセクハラ親父みたいになるのは何故なのか。


「私も若葉と一緒で、連休中はあんまり部活なかったなぁ」

「テニス部ってそんなに緩いのか?」

「うん。ザ・エンジョイ部って感じ。楽しめればそれでいいから必要以上に練習はしないし、連休の間も三、四回ぐらいしか集まらなかったもん」


 彰の言葉に美玲がコクリと頷く。

 美玲が所属しているテニス部は、この高校の運動部の中で一番雰囲気が緩い。文化部には入りたくないけど帰宅部も嫌だという者が集まった部活だ。


「へぇ。じゃあ二人はゴールデンウィークでたくさん時間があったんだ?」

「そういうこと。それで、空いた時間はいつもあおいを誘ってお出かけしてたんだー」


 そう言って美玲はニンマリとした笑みをこちらに向けてきた。


「ねっ、蒼」

「——ふぇっ?」


 しかし、今の俺はカツカレーを食すのに必死でそれどころではなかったので、つい間抜けな返事をしてしまう。

 精神統一をしながら無心で食べてたのに、邪魔をするんじゃないよ。気を抜いて吐いちゃったらどう責任をとるつもりだ。


「あ……ああ、そうだったな」

「蒼はどんな連休の過ごし方してたんだ?」


 とは言え——精神統一の妨害をされたのは予想外だったが、一旦食事を止めて休憩できるチャンス。


 彰の問いかけに、俺はゆっくりと箸を置いた。


「俺は……特にやることもなかったし、基本的には家で勉強してたな。んで、昼過ぎに美玲と買い物に行って、そこから晩飯も一緒に食べるって生活だった」

「ほーん、相変わらず仲良いなお前ら」

「ふふ、そうでしょ。私たち仲良しなの」


 彰の相槌に対して上機嫌に頷く美玲。

 仲良しという言葉をわざわざ強調してくるところが怖いんですよ、美玲さんや。


 そう思っていると、彼女は途端にジト目を向けてきた。


「でも、蒼は私の他にも若葉と遊んでたけどー」

「だから、それは謝ったじゃんかよ。遊んでたこと隠してごめんって」

「そうだけどぉ……ていうか、若葉はいつ蒼の家に上がってたの?」

「大体午前中だったかな。それで、蒼くんがこの後美玲ちゃんとお出かけするって言うから、昼前には帰ってたんだよね」

「あ、改めて聞くと生々しすぎない……? 他の女が来る前に退散って、それ完全に愛人ムーブだよね……?」


 愕然とする美玲に、若葉は「なに愛人ムーブって……」と苦笑を浮かべている。俺も美玲の言うことは時々よく分からない。分からないまま怒られるので余計怖い。


「あはは、ダメじゃん美玲。小桜さんに一歩リードされちゃってるんじゃない?」

「うっ………西澤、もしかしてさっきの仕返し?」

「さてさて、どうかな?」


 爽やかにイジってくる慎司に対して、美玲は悔しそうにムゥと唇を尖らせた。


「確かに、この連休で若葉には一歩リードされた感があるんだよね……」

「り、リードって……私別に何もしてないよ美玲ちゃん」

「若葉にとってはそうでも、私にとっては由々しき事態なのー」


 言いながら美玲はこちらを見つめてくる。


 ……え、何ですか急に。

 そんなに見られると死んじゃうんですけど。女の子は全員邪眼の持ち主だという自覚を持とう?


「ここから頑張って、連休の遅れを取り返さなきゃだよね……」


 そう呟き、食べかけのハンバーグをフォークで一口分切り分ける美玲。


 一体何をするつもりなのか、戦々恐々としていると。


 彼女はハンバーグをフォークに突き刺し、それをこちらに向けてきて。



「はい、あーん」



 少しむくれた顔のまま、恥じらいに耐えるように頬を赤く染め——学年一の美少女の名に相応しい可愛らしい様子で、美玲は『あーん』をしてきた。


 ………………え、嘘でしょ?

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