第6話「体育会系少女との会話はやっぱり命懸け」


「——おっはよ〜!!」


 ガラガラッと、勢いよく教室の扉が開かれる。

 その音にクラス全員の注目が集まるが、他人の目を気にする素振りなど一切見せず、元気のいい明るい声音が飛び込んできた。


 現れたのは、活発そうな一人の女子生徒だ。


 栗色の髪の毛をポニーテールに結い上げ、朝練の汗が僅かに残ったうなじが妙に色っぽい。

 すらりと長い手足にめりはりのある体つきと、魅力的なスタイルにも関わらず性格は天真爛漫そのもの。太陽のように明るく華やいだ表情は、周りの者をみんな笑顔にしてしまう。


 ——瑞原みずはら光里ひかり。女子バスケ部所属。

 勉強は苦手だけど運動は好きだという、あきらと同じく素直な体育会系の陽キャ女子であり、久藤グループ最後のメンバーだ。


 瑞原は、教室の中で集まっている俺たちの姿を見て「おお」と声を漏らし、


「みんな〜〜! 久しぶりじゃ〜ん!!」


 と目を輝かせて走り寄ってきた。

 そのまま美玲みれい若葉わかばの二人の体へいっぺんにまとめて抱きつき、美玲が「きゃっ」と声を上げる。


「ちょっと光里ってば……」

「二人とも、ゴールデンウィークで見ない間に変わったんじゃない〜? 若葉なんか、ちょっとおっぱい大きくなった?」

「い、言いながらツンツンしてこないで光里ちゃん……! たった数日で変わるわけないでしょっ」

「いやいや、この張り具合にたゆんとした重み……私の目は誤魔化せないぞ〜?」

「こら光里、セクハラはそこまでにしときな? 変なとこ触ったら若葉が困っちゃうでしょ」

「美玲ちゃんもさっき変なとこ触ってきたじゃん……」


 仲良し女子三人のキャッキャウフフが唐突に始まり、俺たち男子組はサッと目を逸らす。

 美玲も若葉も瑞原も、女子高生にしては恵まれた体つきをしているので、体をくっつけ戯れ合っている姿は非常に艶かしいのだ。


 彰と慎司しんじは紳士的に目を逸らしているのだが、俺に関しては怖すぎるので目を背けている。

 さっき終わったと思っていた怪獣大戦争が再び幕を開けて、世界が危険に晒されているのだ。矮小な人間にできることは、必死に身を縮こまらせて余波を食らわないようにすることだけである。


 恐ろしや恐ろしや……と怯えていると、瑞原は女子二人との戯れを堪能したのか、クルリとこちらに顔を向けた。


「男子たちも、久しぶりだね〜!」


 そう言って明るい笑みを浮かべながら近寄り、まずは慎司の所へ移動。


「いぇーい!」

「いぇーい」


 特に意味のないハイタッチに、慎司はニコニコと微笑みながら応じる。

 瑞原の高いテンションにも嫌な顔一つ見せず対応する慎司は、流石ノリのいい陽キャといったところだ。


 そして、次に向かう先は——


久藤くどうもほらほら、いぇーい!」

「…………」


 この俺の所。

 まあ来るよなそりゃ……。

 差し出された瑞原の手のひらを見つめながら、俺はヒクッと頬が強張るのを感じた。


 この瑞原光里という女の子は、何なら

 天真爛漫で純粋と、体育会系らしく真っ直ぐな性格をしているため、彼女の行動に他意はない。美玲なら大体の行動に打算があるが、瑞原にはない。


 他意がない故に、美玲よりも積極的に異性とスキンシップを行うのだ。

 手を触れ合うなどの身体接触は日常茶飯事で、仲の良い男子なら肩に腕を回すことも躊躇わない。その豊満なスタイルを遠慮なくぶつけてくる。


 つまり、超天然の男たらし。

 美玲とは正反対の女子生徒。

 考え方によっては——俺と世界一相性が悪いと言っていいタイプの女の子である。


「い……」


 瑞原の手のひらが非常に禍々しい呪物に映る中、俺はハイタッチをするべく右手を上げる。


 だが、思うように腕が上がらない。

 指も広がらないし言葉も喉につっかえている。

 くそ……覚悟を決めろ! 動けよ俺の腕!!


「い、いぇーい」

「いぇーい!」


 パチンと、瑞原と手を叩き合う。

 その時女の子の柔らかい手の感触とか指の細さとかがダイレクトに伝わり、俺の肩がビクッ!と跳ね上がりそうになるが、我慢。……が、我慢。


「うぷ……」

「あれ、なんか元気なくない久藤? 眠たいの? それとも寝坊して朝ご飯抜いた?」

「——いや、全然元気だけど。この久藤あおいくんのどこをどう見て元気がないと思った?」


 瑞原が小さく首を傾げた瞬間、俺はキリッと表情を戻し、バシッと姿勢を正す。

 危ない危ない、俺としたことが瑞原にバレかけてしまった。確かに「いいいいいぇーい……」ぐらい気持ちは動揺していたが、それを表に出すわけにはいかない。


「あははっ、そのキメ顔うざー」

「うざいとは見る目がないな。若葉なら『蒼くんカッコいい!』って真っ先に褒めてくれるところだぞ?」

「そっちこそ見る目ないんじゃない? 若葉は久藤じゃなくて私にゾッコンなんですぅー。さっきのセクハラも嫌々言いながら実は喜んでたりして……」


 恐れを誤魔化すため、勢いに任せて瑞原と軽口の応酬を交わし続ける。

 すると、めちゃくちゃ怖い笑顔の若葉がズイッと近寄ってきて、


「——二人とも、あんまり調子に乗っちゃだめ。ね?」

「「マジですみませんでした」」


 すぐに謝る俺たちだった。

 怒った若葉の圧力ぱねぇっす。野生動物が本能を無視して生を諦めるレベル。俺の首差し出すので許してください。


「おい光里、俺んとこには来ねえのか?」

「彰とは連休の間に体育館で何回も顔合わせてたでしょ? 正直言って何の新鮮味もないもーん」


 ハイタッチをスルーされてちょっと不満気味の彰に対して、瑞原は気安い口調で首を振る。

 

「だからこそ、久しぶりに美玲と若葉の美少女二人を見た時はテンション上がったもんね——あぶっ」

「はいはい、私たちが美少女なのは分かったから抱きついてこないで? ちょっと汗臭いし」

「は、はぁっ!? こちとら練習の後はシートとかスプレーとかでしっかり汗ケアしてるし! 花も恥じらう乙女だし!」

「光里の場合は花より団子でしょ? 私が本当の乙女ってやつを教えてあげようか?」


 ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべる美玲に、瑞原が子供のようにムキーッと声を上げてポカポカ叩き始める。


 その微笑ましい光景は、今年みんなが同じクラスになってからずっと繰り広げてきたものだ。

 久藤グループの面々は、またいつもの仲間と過ごす日常が始まったと実感し、自然と頬が緩んだ。


 ——そう、これが俺の日常だ。


 俺は美玲たちから目を離し、グルリと教室の中を見渡した。


 友達がおらず、いつも一人で過ごしている生徒。

 少人数のグループで集まり、教室の端で細々と過ごしている目立たない生徒。

 身だしなみに気を遣い、そこそこ交友関係も広く、それなりに声が大きい生徒。


 そして、様々なクラスメイトがいる中それら全ての注目を一身に浴びながら——仲間と楽しくワイワイ過ごしている、俺たちトップカーストのグループ。


 仲間になりたそうにこちらを見ている者もいれば、逆に嫌いだという感情を隠さずに見てくる者もいる。

 リア充。陽キャ。言い方は何でもいいが、クラス内や学年内で大いに目立ち、人気を集めている生徒に向けられる感情は、大体が『羨ましい』か『妬ましい』の二択だ。


 そんな清濁を併せ呑み、あるいは気づかないフリをして、俺は美玲たちとデカい声で楽しくじゃれ合う日常を過ごしている。


 ——たとえその過程で女の子からの注目を集め、好意を寄せられ、血を吐くような思いをしたとしても。


 俺は、この生き方を続けるのだ。

 それが、みんなの人気者である久藤蒼の姿なのだから。


「……ま、今日もなんとかやっていきますか」


 仲間たちに聞こえないように、俺は溜息を噛み殺しながら呟いた。


 ……とりあえずあとでもう一回トイレに行ってリバースしてこよう。瑞原とのハイタッチや若葉の圧によってまた胃液がせり上がってきちゃっ……うぷ。

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