第5話「男友達は救世主」
「うぃーす」
「おはよ〜」
何の緊張もなくクラス全体に向けて挨拶をする、二つの低い声。
陽キャ特有の物怖じしない自信に満ちた声を聞いて、俺はバッとそちらに顔を向けた。
まず目に入ったのは、背の高い色黒の男子だ。
スポーツで鍛えた体は制服の上からでも分かるほどにガッシリとしていて、ツーブロックに刈り上げた短髪や鋭い目つきは、荒削りながらも端正な顔立ちを表している。
彼の名前は
その外見に違わず運動神経抜群であり、二年生にしてバスケ部のエースを務めているという、まさにバリバリの体育会系。俺たちの学年を代表するパワー系陽キャだ。
その野生味のある性格や口調も相まって、正直並の男子生徒では話しかけることすらできないであろう圧倒的トップカーストの彼からは、近寄り難いオーラが放たれている。
——だが、今の俺にとっては救世主だった。
美玲と若葉という二人の女(恐怖)に囲まれているこの状況で、頼れる男が来てくれたのはマジで泣くほど嬉しかった。いやマジで。
「ん、よう
手を上げて短く声をかけてきた彰に対して、俺はシュババッと近寄り彼の肩を強く掴む。
「やっと来てくれたか……! ったく、朝練長すぎるだろ! お前らが来るのをどれだけ待ったと思ってるんだ!」
「お、おう。朝練はいつも通りの長さなんだが……何でそんな涙目なんだ?」
「気にすんな! やっぱ持つべきものは友だってことを再認識しただけだからな!」
「意味が分からん。朝から何があったんだよ……」
万感の思いを込めてそう言いながら彰の肩をバンバンと叩く俺に対して、彰は呆れた様子だ。
教室に入るなり変なテンションの俺に絡まれたらそりゃ困惑するだろう。
そして、俺の後ろ。
美玲と若葉のキャーキャーとしたやり取りを目にした彰は、「ああ」と合点がいったような顔をして。
「何だ、いつもの痴話喧嘩か。ビビって損した」
「おい、いつものとは何だいつものとは」
「だっていつもだろ。ほら、いつも通り美玲の相手してやれよ」
「いつもいつもうるせえな。ゲシュタルト崩壊しちゃうだろうが」
「崩壊してもいいから、とりあえずそこ退いてくれ。席に荷物置くから」
やれやれといった顔で俺の言葉を受け流す彰は、さっさと自分の席に向かってしまう。救世主だと思ったが、どうやらこの男は頼りにならないらしい。
くそう、一年の頃からの親友だというのに素っ気ない野郎だぜ。いや、気安い仲だからこそ素っ気ないのか。男同士の絆ってのは淡白らしい。
そんな風に彰の態度に肩を落としていると、
「——実際、蒼が女の子を泣かせるのはいつものことだし、彰の反応も間違ってないでしょ」
と、爽やかに笑いながら背中をポンと叩かれた。
「おはよ、蒼」
「……人聞きの悪いことを言うなよ
教室にやって来たもう一人の男子生徒だ。
クリンと曲がった癖のある髪の毛が特徴的で、他にも女子かと見紛うほど綺麗な肌に垂れた目元。
その中性的な甘いフェイスで数多くの女の子を落としてきた、女子力高い系陽キャだ。
その優れた容姿に加えて文武両道であり、二年生ながらサッカー部の主力。彰と比べればチャラい一面もあるが、女の扱いに長けているため悪い噂は聞いたことがないくらいだ。
「それで? 今回はまたどんな理由で美玲を泣かせたの?」
席に荷物を置きながら、面白がるようにそう聞いてくる慎司。
すると、その言葉を聞きつけた美玲がむっとした顔で近寄って来た。
「ちょっと、変なこと言わないでよ西澤。別に私は蒼に泣かされたわけじゃないし」
「あれ、そうなの? てっきりいつものパターンだと思ったんだけど」
「今回は、蒼が若葉と遊んでたことを私に隠してたから怒ってるの。別に隠さなくていいのに。堂々としてればいいのにー」
ジト目で美玲が俺の脇腹をチョンチョンとつついてくるので、思わず「ひゃんっ……!?」と本気の悲鳴を出しそうになる。
「若葉も若葉だよっ。私を差し置いて先に蒼の家に遊びに行くなんて……羨ましいー!」
「で、でも美玲ちゃんもほぼ毎日蒼くんとお出かけしてたし……お互い様じゃないかな?」
「それはそうだけど……でも、普通のデートよりお家デートの方が特別感あるし……」
子供っぽく頬を膨らませてムゥと拗ねる美玲は、俺たちの前でしか見せない可愛らしい姿だ。
勿論、本気で怒ってるわけでもないので、若葉も美玲に対してクスクスと笑みを溢していた。
そのやり取りを見て慎司が大袈裟に溜息を吐く。
「やれやれ、蒼は相変わらず罪な男だね。二人の女の子をいいように弄ぶなんて」
「別に弄んでるわけじゃねーし。お前の方こそ罪作りな男だろ。部活のマネージャーを一体何人落とせば気が済むんだ? お前の罪状を数えたらキリがないぜ?」
「僕は蒼と違って女の子を泣かせてないもん。ちゃんと平等に愛してるからセーフだよ」
ニコニコと余裕の笑みを浮かべながら言う慎司に対して、俺は頬を引きつらせながら「こんにゃろう……」と苦笑する。
すると、戻ってきた彰が鋭い目つきをフッと緩めて口を開いた。
「ま、そこが蒼と慎司の違いだよな。蒼はいつか女に後ろから刺されるぜ?」
「蒼がグサリといかれちゃった時は僕がみんなのフォローに回るから、安心して逝ってくれていいよ?」
「こらこら、刺される前提で話を進めるんじゃない。まるで俺が女遊びの激しい酷い男みたいじゃないか」
「そうだろ」
「そうでしょ」
「その返事だけ仲良くハモらないでくれる?」
俺のツッコミにそれぞれ笑い合う彰と慎司。その二人のイジリを受けて、俺もまた力が抜けたように笑みを浮かべた。
——この二人は言うまでもなく、久藤グループの一員である。
一年の頃から同じクラスの彰とは当然仲が良い。慎司とは今年同じクラスになったばかりだが、付き合いは去年からあったので仲の良さは彰と変わらない。
それに加えて、俺たち全員が学内トップカーストに位置するので価値観が合うのだ。傍から見ても自然な組み合わせだし、気安く接することができる大事な親友たちだ。
そして何より——恐怖(女)に囲まれる学校生活において、頼れる男友達がいるというのがデカい。あまりにもデカすぎる。
凄まじい負荷がかかる日常の中で、こいつらといる時だけは気が抜けるのだ。
精神的にもだいぶ休ませてくれるし、この二人には感謝してもし足りないくらいである。いやホント、足向けて寝れないレベルです。
——そして、俺はふと周りを見渡す。
美玲に若葉、彰に慎司。
俺も含めて五人いるが、グループにはあと一人が足りない。
「なあ彰、あいつはまだ来ないのか?」
「おう。女バスは朝練の片付け長引いてたからな。つってももうすぐ来るとは思うけどよ」
どうやらそうらしい。
彰と慎司に加え、俺たちのグループには活発な運動部がもう一人存在するのだ。
いつ来るのかと思っていると——廊下の向こうからタッタッタッと軽快な足音が聞こえてきた。
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